第38話 魔王領
一面赤黒い色をした地面が広がる荒野。
上空には灰色の厚い雲が広がり、時々紫の稲妻が走る。
生き物は見えない。それどころか青々とした草木が一本も生えておらず。生えているのは茶色に変色した枯れ草と、葉が一本も生えていない痩せ細った枯れ木。
ここは魔王領。神に見捨てられた、とても生き物が住むとは思えない最果ての大地。
そんな荒野に……、
「ひーーまーーーー!!!!!」
およそにつかわしくない声が響く。
魔王領の真ん中、マーガレットたち3人は魔王が住むと呼ばれる魔王城を目指して進み続けた。
そんな中、ついに楓の我慢が限界を迎えた。
「ひまひまひまひま! 見渡す限り岩、岩、岩! 魔王領に入ったら強力な魔物がたくさん出ると思ったのにぃ〜!」
「でた、楓のいつもの発作が。いいじゃない。安全な旅路はウチは大歓迎よー」
「だとしても! 変わり映えしなさすぎ! こんなの気が狂いそうよ!」
ぎゃあぎゃあ文句しか言わない楓にマーガレットはため息をつく。
「はぁ……。あのねぇ。私たちの目的忘れてない? 魔王城にいる魔王に匹敵する奴と会うのよ?
相手がどんな存在かわからない以上、こんなところで無駄な体力使うわけにはいかないでしょ?」
「むー! てか、その魔王城ってどこにあるのよ! 全然見えないけど?」
確かに、周囲にあるのは岩ばかりで城どころか小さな小屋すら見えない。
「まあでも確かにそうね。魔王城っていうくらいだからドカンと派手に聳え立ってるんでしょうけど……。
それらしいのは全然見えないわね。
マーガレット、それってあとどのくらいにあるの?」
「え? そんなの知らないわよ」
「「……え?」」
楓とミルル、2人同時に疑問符を浮かべる。
「ちょ、ちょっと待って、マーガレット? あなた魔王城の場所知らないの?」

「当たり前でしょ。そもそも魔王城の場所なんて誰も知らないわよ」
魔王領は枯れ果てた土地。この場所では、作物も家畜も育てることができない。
だからまともに開拓を行われることはなかったし、当然地図のようなものも存在しない。
また歴史上襲来する魔王は全て魔王領の外で最初に確認される。
ゆえに、彼らがどこから生まれて、どこから来るのか、何もわかっていないのである。
「え? じゃあウチたちは目的地もわからない場所をひたすら歩いて目指してるってわけ? この何もない荒野をひたすら? その城がどんな形してるかも分からず?」
「まあ……そうなるわね」
さらっと言うマーガレットに2人は片手で目元を覆い深いため息をつく。
「……マーガレットって、たまにすごいバカになるよね」
「うん……」
「え……ちょ……そんなストレートに……」
頭を抱える2人に、流石に心外だと抗議するマーガレット。
そんな3人の耳に、
「……ュー」
突然、何か聞こえてくる。
「待って、なんか聞こえない?」
「え! 魔物!?」
「いや……もっと弱々しい感じの……」
「……テュー……」
3人は音のする方に歩みを進める。
そこは無数の岩が積み上がっている不可思議な地形。
どの岩も凹凸の激しい無骨な形をし、大きさもさまざま。
にも関わらず、絶妙なバランスを維持しながら高く積み上がっている。
とても自然物とは思えない妙な地形。
その岩の塔がひとつ崩れている。
声は崩れたうちのひとつの大きな岩の下から聞こえてくる。
「テュー」
「……この下から……聞こえる……。
ねぇ! 誰かいるの?」
「テュー、テュー……」
ミルルの声に応えるように弱々しい鳴き声が聞こえる。
「待ってて! ウチがなんとか出して……」
「待って! ミルル!」
マーガレットはミルルを静止させる。
「ここは魔王領よ。この下に何がいるかわからない。もしかしたら凶悪な魔物かも……」
「じゃあ、このまま見捨てるの?」
「そうは言ってないわよ。でも慎重にならなきゃ。
楓。うまく上の岩だけ壊せる?」
「ええ。お安い御用よ。
2人とも離れてて。ミルルは念の為銃を構えて準備してて」
「わ……わかった」
2人は楓の後ろに下がり、楓は岩に手を触れる。
「ふぅー……はぁ!」
楓はシンプルな正拳突きで崩れ落ちた岩を吹き飛ばす。
岩が退かされた場所には直径1メートルほどの穴が空いている。
3人が警戒しながら穴を見つめていると……、
「……テュー!」
もふもふとした丸い球体状の生物が飛び出してきた。
飛び出した生き物は嬉しそうに、背中に生えた小さな羽をばたつかせてぴょんぴょん跳ねている。
鬼が出るか、蛇が出るか。警戒を敷いていたマーガレットたちがその姿を見て最初に思い浮かべた言葉は。
(((……か、かわいい!)))
その不意打ちに来た拍子抜けするような姿に3人は心奪われる。
「かわいい!」
最初に飛びかかったのはミルル。
出てきた生物を手のひらに収め掬い頬ずりする。
もふもふとしたその肌触りがなんとも心地よくミルルは口元を緩めてしまう。
対してその生物も特に抵抗することなく、嬉しそうにするように体をすりすりと擦らせてくる。
「いや、待って待って待って!」
我に帰ったマーガレットが静止する。
「ちょっと待ってよミルル! どう見たって魔物じゃない! そんなのに無警戒で接触するのは危険よ!」
「ええー! だってこんなにかわいいんだよ!」
「かわ……いいけども! それでもよ! 楓からもなんとか言ってよ!」
「……ミルル……。次は私にも……!」
「あんたもかい!」
マーガレットは、大きく深呼吸して冷静さを取り戻そうとする。
そして改めてミルルの手のひらに収まるその生物を観察する。
白銀に光るもふもふとした毛並みに、クリクリとした黒い大きな瞳。額には小さな角が2本生え、背中には蝙蝠のような小さな翼が生えている。尻尾の先端には棘が付いているが逆さにしたハート型に見えとても愛らしい。
一通り見てマーガレットが思い浮かべた感想は。
(か……かわいい……)
マーガレットも観察する中で絆されかける。
「あらー? あなたももふもふしたいんじゃなーい?」
ニヤニヤと笑いながら問いかけるミルルにマーガレットはっと我に帰る。
「いや……私は別に……」
「じゃあ私が!」
我慢できなくなった楓が手を伸ばす。
魔物もそれに応えるように、伸ばした手にニコニコとした表情を浮かべながら体をなすりつける。
(……見た感じ、体毛に毒がある魔物じゃなさそうね……。本当に無害なのかしら……)
「そうだ! ウチがあんたに名前つけてあげる! うーん。名前、名前……」
「テュー?」
魔物はミルルの手のひらの上で不思議そうに見つめる。
「テューって鳴く鳴き声……。そう! あなたの名前はテュテュね!」
「テュー! テュー!」
そういうと魔物は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。
「そんなに気に入った? よろしくね! テュテュ!」
こうして、この正体不明の魔物の名前は、ミルルの命名のもと、「テュテュ」となった。
「ところでテュテュ? あなたなんであんな岩の下敷きになっちゃったの?」
その言葉にテュテュはハッとした表情を見せた後、突然飛び立ち始める。
小さな羽を必死にばたつかせながら進み、時折こちらを振り返る。
「……ついて来いってこと?」
「どうする……? マーガレット」
マーガレットはしばらく考え込む。
「……行ってみよう。魔王城への手がかりは何ひとつないし。もしかしたら、あの子が知ってるかも」
そう言って3人はテュテュの後を追った。
テュテュを追って後を追いしばらくすると、景観が少しづつ変化していく。
先程まで自然物の岩ばかりが広がっていたが、人工物のような景色が見え始める。
床には石レンガを並べた通路が存在し、至る所に破損した柱が点在する。まるで放棄された遺跡のような景色だ。
「……すごい。魔王領にこんな物があるなんて」
建物のデザインから考えてかなり以前からあるようだった。人間界の古い遺跡の中でも見られるものもある。
ただ殺戮を続け、知性など存在しないと考えていた魔物たち。
その前提がマーガレットの中で揺らぎ始めている。
「いったい……魔物ってなんなのかしら……」
マーガレットが遺跡を見て考え込んでいると。
「おい! さっさと歩け! グズどもが!」
突然、前方から怒声のような声が聞こえてくる。
そちらに視線を向けると柱の横でテュテュがぴょんぴょんと飛び跳ねている。
怒声はその柱の先から響いているようだ。
3人は慎重に進み柱の影に隠れながらその声の方角を見る。
そこに広がっていたのは、手足を鎖で繋がれている人々が、重い資材を運び込んでいる光景。
運び出す人々はみんなボロボロで全身傷だらけ。
そして、頭部に角が生えているもの、全身鱗で覆われているもの、身の丈が3メートルはあるもの。
どのものも異形の姿をしている。
「あれって……魔物?」
「多分……あんなに人の形に近い魔物がいるなんて……」
「ねぇ、マーガレット。あれ見て」
楓はマーガレットの肩を叩き指を刺す。
命令を飛ばしている人々。その全員がフルプレートの鎧を身に纏っている。
「あの鎧って……聖騎士?」
ミルルの言うように、確かにあのデザインの鎧は聖騎士だ。
魔王領は人類が開拓しきれていない土地。
何故そんな場所に聖騎士がこんなにいるのか。
マーガレットは困惑する。
「テュテュは、これを見せたかったの?」
「テュー……」
虐げられる魔物たちの様子を見てテュテュは悲しげな表情を浮かべる。
彼らを助けて欲しくてテュテュは3人をここに連れて来たようだ。
「……よし! じゃあウチが全員ぶっ倒して……」
最初に飛び出そうとしたのはミルル。
その手にはすでに銃が握られていた。
「ちょ……! 待ってミルル! 今彼らと戦ったら私たちがここにいるって聖騎士に伝わっちゃう! 助けるにしてもここは慎重に……」
「けど! このままじゃ……!」
「きゃ!」
2人が問答をしている最中、資材を運んでいる1人の少女が転んでしまう。
その少女もまた普通の人ではなく緑の肌に尖った耳をしている魔物だった。
その魔物の少女に聖騎士の1人が駆け寄ってくる。
「おい貴様! 何をやっている!」
「ひっ! ごめんなさい……」
体をびくつかせ、なんとか資材を持ち上げようとする。しかし、転んだ時の怪我と、疲労で立ち上がることができない。
「もたもたするな! さっさと立て!」
「ご……ごめんなさい……! でも……疲れてもう体が……」
「おい……何やってる……」
そこに1人の男が声をかけてくる。
その男は明らかに他の聖騎士とは異質。
2メートを越す大男でスキンヘッドの強面な顔をしているが、それ以上に目を引くのはその両腕。
まるで岩石まとわりついているような異様な形をしている。
「ジ……ジルコア様! こいつが勝手に休憩をして……」
「ち……違います! 本当に疲れて……足が……」
「なんだお前?口答えか? ……またこれを喰らいたいか!」
そう言ってジルコアと呼ばれる勇者は革製の鞭を取り出す。
「ひっ!」
それを見た時、少女の目つきは恐怖の色が浮かび、体を小刻みに震えさせている。
「怠け者には躾が必要……だな!」
バシン!
少女の小さな体に鞭が叩きつけられる。
「きゃあああ!!」
耐え難い絶叫があたりにこだまする。
それでもなお、男は鞭を打つのをやめない。
「……あいつ!」
ミルルは眉間に皺寄せ怒りを露わにする。
マーガレットもこれには胸の内に熱いものが込み上げてくる。
「どうだ! この! 役立たず、が!」
「ご……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
何度も何度も鞭を叩きつけられ、涙を流しながら謝り続ける少女。
とても見ていられなかった。
ミルルを静止した手前であったがマーガレットは柱の影から身を乗り出す。
しかし、
「ぐはぁ!」
それよりも早くジルコアの呻き声があたりにこだまする。
顔面に鋭い蹴り技が飛んできたからだ。
蹴り込んだ相手など考えるまでもなかった。
「悪い……我慢できなかった……」
楓がマーガレットが飛び出すよりも早く敵の顔面に蹴りを入れていた。




