第3話 異常な復讐者
「よし! これで治療完了です!」
マーガレットは楓の傷を回復魔術で治した。
戦闘内容はほぼ圧勝だったが、楓の手傷もかなりのものだった。
むしろあれだけ攻撃を受けてなぜ動けるのか不思議なほどに。
「おお! ありがとう、シンフォニー」
「ええ。これでもあなたの召喚士だからね。……それにしても。ものすごい武術ね。古竜拳法? 見たことない戦術だし、見たことない生物のイメージが見えたわ」
「ああ。あれは私の家系に伝わる武術なの」
古竜拳法。
楓の祖父、東雲秀俊が作った独自の武術。
元となったのは中国に伝わる象形拳。動物の動きを取り入れ武術として昇華したもの。
秀俊は若い頃中国に渡り、象形拳に感銘を受け自ら独学で学んだ。
そしてより強力な動物をモデルとした武術を考え始めた。
結果、行きついたものがかつて中国で発掘された巨大な竜の骨、
後に恐竜と呼ばれる生物の動きだった。
「なるほど……。それで……何というかその……野蛮な……いや、ワイルドな戦い方なのね!」
「ははは。言いたいことは何となくわかるよ。どうしても戦いになると気分が高揚して、ああなっちゃうのよねー」
今の楓と、戦闘時の楓はかなり違う。
今は物腰穏やかで親しみやすそうなのに。
戦闘時は言動が荒っぽくなり、一人称も変わる。
まるで別人のようだ。
「あっ。そうだ。シンフォニー、私もひとつ気になることが」
「なあに?」
「さっき、あいつが、たった一人の魔術師に召喚された勇者って言ってたけど、あれどういう意味?」
「ああ。それは勇者召喚の法則のことよ」
勇者召喚の儀は、本来複数人で行う儀式だ。
その理由はより多くの魔力を使って、より強力な勇者を召喚するため。魔法陣に加えられる魔力量が多ければ多いほど強力な勇者を召喚できる確率が上がる。
だから複数人で行い、魔力量の底上げを行う。「サンクティア王国」では、50人の魔術師で行われてる。
「ふーん。なるほど。じゃあ私は1人の魔術師から召喚されたから……、相当な雑魚ってこと?」
楓は怪訝な顔をする。
今の話を元にすれば確かに、楓は最底ランクの勇者ということになる。
「あー、いやいや、そんなことないよ! あなたは私1人で召喚したけど、実際の魔力量は30人分使ったから」
「ん? 1人だけど30人?」
楓は不思議そうに首を傾げる。マーガレットが言ったことが理解できなかったからだ。
「そうね……。実際見た方が早いかも」
2人は再び小屋の中に入り、マーガレットが近くにあった鉄の棒で床板を剥がし始めた。
「この家ね。実は地下室があるんだ。多分食料とかを備蓄するために作られたんじゃないかな?」
そんなことを言いながらベリベリと剥がす。
そして人の頭が入るくらいの穴が空いた。カビ臭い嫌な匂いが吹き出してくる。中は真っ暗で何も見えない。
「"光よ"」
そう唱えると突然空間に光の玉が出現した。
「おお! ほんっと魔術って便利ね!」
「ふふ。さあ中を見てみて」
そう言って光源を暗い地下室の中に入れた。
楓はしゃがみ、中を覗き込む。
真っ暗な地下室の様子が少しづつ見えてくる。
「私ね、気づいたんだ。魔力量が勇者の実力を左右するなら別に詠唱を大人数で行う必要はないんじゃないかなって。だから私は実験したの。詠唱は1人、だけど魔力量は30人分の儀式を……。
他人の体を使って」
そこには、複数人の人間の死体が並んでいた。
ざっと数えただけでも30人。
その人数が狭い地下室の中で、椅子に縛り付けられ並べられている。
よく見ると、彼らが座らされている椅子には何か文字が刻まれている。
これは魔力を抽出するための術式だ。この椅子に座らせ、その上で勇者召喚の儀を行う。
そうすることで、椅子に座っている者は自動的に魔力が魔法陣に流れていく。
言ってしまえば彼らは生きた魔力電池だ。
「この人たちは……」
「ああ! 勘違いしないでね! 関係ない人じゃないよ。彼らは私を追ってきた聖騎士なの」
マーガレットは勇者召喚の儀を持ち出し逃亡した。
その時30人ほどの聖騎士が彼女を追跡した。
マーガレットは彼らを蒔くために、そして儀式に必要な魔力を確保するために、彼らを逆に捕まえることにした。
「大変だったんだよー。殺しちゃうと魔力が霧散しちゃうからなんとか生け捕りにして……。そして一人で全員椅子に縛り付けたんだから」
確かに、この死体からは腐敗臭があまりしない。
おそらくさっきまで生きていたんだろう。しかし、どの死体もひどく痩せていて、一部体が欠損しているものもいる。
狭い空間に監禁し、罠に掛かった傷をそのままに、儀式の贄にしたのだ。
「ねえ、なんでここまでするの?」
楓はこの状況を見てそう尋ねる。
あまりに常軌を逸した彼女の行動。何が彼女をそうさせたのか。
楓はまっすぐ問いかける。いったい自分は何に呼び出されたのかを知るために。
マーガレットはその問いかけに対し静かに笑う。最初に見せてくれた無邪気な笑い方とは全く違う。冷たく、空虚な微笑みだ。
「そういえば……話してなかったね。私ね、壊したいんだ。この勇者を中心とした世界の仕組みそのものを」
彼女は話し始める。
彼女が復讐を決意したきっかけを……。
マーガレットの両親は、マーガレットと同じサンクティア国に仕える召喚しだった。
二人は優秀な召喚士で、国のため勇者召喚の研究を日々行っていた。
マーガレットはそんな両親の下で魔術を学び、将来は自分も召喚士として国のために仕えると決めていた。
しかし、そんな想いはある日唐突に終わった。
それは今から一年前、二人がいつものように研究室で勇者召喚についての研究を行っていた時のこと。
突然聖騎士が押しかけ、問答無用で二人を殺害。
マーガレットはその場に居合わせることはなかったが、人伝に彼らの悲惨な最期を聞いた。
その後の彼女の生活は一変した。
今までサンクティアのために積み上げてきた知識を、サンクティアに仇名すために駆使し、己の人生を狂わせた聖騎士、ひいては勇者という存在そのものに復讐するため、歩み始めた。
「だから私は復讐するの。私の両親を殺したあの国に。そして、私たちを狂わせたこの勇者という存在そのものもに! その復讐の対象を私がどうしようと私の勝手でしょ?」
マーガレットはなんの疑問も持たずにそう答えた。
彼女は気づいていない。
彼女が話し、そして協力を願っている相手も、彼女の復讐対象であるということに。
あまりに狂気と異常に満ちた復讐心。
例え人道に背く行いをしても、己の復讐を成し遂げるために彼女は止まることはない。
「ねえ。あなたはどう思ってるの? 私の復讐心がおかしいと思う? 」
マーガレットは楓に詰め寄る。
その瞳はさっきまでのキラキラと輝いていた無邪気な色とは程遠い、漆黒に染まった暗い目をしていた。
まるで彼女の歪な心を表しているかのような。
「……私は……」
マーガレットはローブのポケットに手を当てながら楓の返答を待つ。
「私は……。
どうでもいいわね」
しかし楓から出てきた返答はあまりに予想外のものだった。
異常な復讐心。
常軌を逸した行動。
これらを目にしてなお、彼女はまるでどうでもいいとあっさりとそう答えた。
「え?」
マーガレットはおかしな声を上げる。
今まで誰にも理解されることはなかった彼女の胸中。
それをどうでもいいの一言で片付けられた。
「少し気になったから聞いたけど、そもそも私にあなたの人生にとやかく言う資格なんてないし。あなたが鬼畜外道なら、私は獣畜生。人喰いの化け物よ。そんな私にあなたの復讐についてとやかく言えるわけないじゃない」
楓は立ち上がり、窓の外を眺める。
外にはまださっき殺した聖騎士の死体が転がっている。
「どんなに歪だろうとこの世界に呼ばれた以上私はあなたに従う。殺しでも、拷問でも、あなたの目的のためならなんだってしてあげる。でもね、その分しっかりと報酬ももらう」
「報……酬……?」
楓はクルッと回り、マーガレットと再び向き直る。
「そう、報酬。それは、強者との戦闘! 私は強い奴と戦いたい! そのためならなんだってやってあげる! 今まで見たことのない敵を用意してくれるのならね」
楓はマーガレットに詰め寄る。
息が当たるほど顔を近づけ、マーガレットの目をのぞき込む。
その目はあの時のように、鋭い爬虫類のような目つきに変わっていた。
「あんたに、俺が満足できるほどの敵を用意できるか?」
そう言って楓はニヤッと笑いながら詰め寄る。
マーガレットはその言葉を聞いて目を閉じ顔を落とす。
そして嬉しそうに笑う。
「……ええ。最高の敵を用意してあげる。私たちが相手にするのは世界最強の国。異世界から召喚された名だたる強者たちが集まる最強の軍隊。難攻不落、千辛万苦、無理難題。そんな言葉が似合うような強敵たち。保証してあげる。絶対あなたを退屈させない!」
マーガレットは言い放つ。
これから相手にする敵の大きさを。
相手はこの世界最大の国家。対してこちらはたった二人だけ。比べるまでもなく戦力差は絶望的だ。
それを聞いた楓は顔を離し、目を瞑りながら上を見上げる。
彼女は想像していた。これから自分が出会うであろう強敵たちのことについて。
「ああ……。最高だ……!」
恍惚とした表情で楓は呟く。
圧倒的な戦力差。
絶望的な状況。
楓はそれを心からから楽しみ、胸を高鳴らせている。
まるで遊園地に来た子供がこれから始まる楽しい時間に目を輝かせているような……。
「よし! じゃあやってあげる! あんたのその復讐劇を私が成し遂げて見せる! よろしくねシンフォニー!」
「……マーガレット」
マーガレットは呟く。
「マーガレットでいいわ。これから一緒にいるんだし。私も楓って呼んでもいい?」
「! ええ! もちろん! よろしくマーガレット!」
そう言って二人は握手を交わし、見つめ合う。
片や戦いに喜びを覚える人喰いの怪物。
片や復讐に支配された異常な復讐者。
二人の狂気がここに交わる。
皆さんこんにちは! 「折太。」です!
この度は「反逆召喚士と、人喰い勇者の異世界転覆物語」を読んでいただき、ありがとうございます。今回のエピソードから登場する勇者たちの本編では語られない転生前のエピソードをここに描きたいと思います。気になる方は、ぜひ読んでいってください!
鎖縛の勇者 ベリル
ギフト "妖魔封鎖"
元フランス出身の貴族。軍人として戦場で戦った英雄でもあるが、彼の本質は捕虜に対する拷問の時に発揮された。非人道的な拷問を繰り返し、何人もの捕虜をなぶり殺しにした。彼が最も好んだ拷問器具は鎖。まるで手足のように扱い、捕虜をじわじわと弱らせて必要な情報をはかせることに長けていた。戦場では華々しい活躍を見せ、戦争に必要な情報を必ず入手する。この時の彼は間違いなく英雄にふさわしい名声を持っていた。
しかし、彼が捕虜だけではなく、民間人にも私的な拷問を繰り返していたと知れると、その名声は一気に地に落ち、英雄から異常な快楽殺人鬼の汚名を着せられることとなった。その後自暴自棄になった彼は自ら鎖で首を吊り、自殺するという最後を迎えた。
いかがでしたか? 皆さんのこの作品に登場するキャラクターの補完になれば幸いです。