第32話 悪辣の十将 その1
――太陽! 早くしないと授業に遅れるよ!
なに? 昨日あおいと映画見て夜更かした?
まったくあなたたちは……仲が良いのは良いことですけど
――ふへへ。太陽氏……これ昨日放送の神アニメ……ヒロインめっちゃ尊い……。
あたし、このヒロインめっちゃ推し……。
凛としてるところが真澄ちゃんそっくりで……
あ! あ、後こっちのキャラ!
なんだかあおいさんに似てませんか!?
――おい太陽! 学食早食い勝負しようぜ! 負けた方が昼飯奢りな!
おう! あおいも一緒に来いよ!
――太陽ちゃん! 見て見て! こんなに綺麗に咲いたの! 育てた甲斐があったわ
ほら、何本か持ってっていいわよ。あおいちゃんに持ってってあげなさい
――太陽さん! またテストで赤点取ったのですか? いけませんわ! わたくしたちの部長がそんな状態じゃみんなに示しがつきません! 今からわたくしが教えて差し上げますわ!
あら? あおいさん。これから太陽さんとお勉強会をと。そうですわ! あなたも一緒に……ちょっと! 太陽さん! どこいくんですの〜!
――……太陽。この間言ってた部活で使うアプリ、完成したぞ。
我ながら効率のいい、素晴らしい出来だ。
……気にするな。このくらい大したことない……
……なに? あおいと夕食を食べにいくからついてくるかって?
……それは僕も付いていっていいのか?
――……太陽ったら、またこんなところで寝て……。あんまりうたた寝してると……あら、起きてたの?
おはよう。ほら、あおいが向こうで呼んでたわよ。
行ってあげなさい。
……残念
――太陽。起きてください。
朝ごはん、できてますよー
ふふ。これ以上寝てたらまた学校遅れて真澄ちゃんに怒られちゃいますよ
「……はぁ」
薄暗い部屋の中、仰向けで横たわる男が目を覚ますなりため息をつく。
部屋の内装や家具は英国の貴族が住むような絢爛豪華なものだ。
しかし昼間であるにもかかわらずカーテンを全て閉めているため華やかさは全くない。それどころか大気には埃が舞い、装飾には蜘蛛の巣が張っている。
貴族が住む一室というよりは、放棄された幽霊屋敷といった印象の部屋だ。
とても人が暮らすような環境ではない。
そんな中、男は1人ベットに横たわっている。
(気が重い……体がだるい……。彼らに会わなくてはならないのが心底嫌だ……)
両手で顔お覆い、伏せる。
部屋の陰鬱とした雰囲気が霞んで見えるほど、男は暗く澱んでいた。
そこに、
「太陽? どうしたの? もうみんな集まってるわよ」
突然、声をかけられる。その声はとても優美で甘い声色をしている。
男が顔を上げるとそこには、長い黒髪を地面まで垂らし、露出度の高いドレスを身に纏った美しい女性が立っていた。
「……瑪瑙か……。いや、すまないすぐに行く」
太陽と呼ばれる男は体を起こし、ベットから降り立ちあがろうとする。
すると、
立ち上がる前にまるで縋り付くように瑪瑙と呼ばれる女性が太ももに手を置く。
その手つきはまるで絡みつく蛇のようにしっとりとしていて妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「……瑪瑙……いつも言っているだろ? そういうことはやめろと」
「えー。だって2人っきりなんだよ? あの子達はいくら待たせてもいいじゃない。それより私と……」
瑪瑙は触れた腕を太ももから腰、腰から胸、そして頬と、這うようにして触れていく。
そして太陽の頬に触れた顔を近づけようとする。
太陽はその手を叩き振り解きながら立ち上がる。
「……やめろと言っている。さあ、行くぞ」
「……はーい」
そう言って太陽と瑪瑙はすたすたと玉座の間を後にする。
薄暗い廊下を抜けた先、彼らが入るのは長い机がある大広間。
既にそこには5人の男女が席についていた。
「……おい茉莉。変な匂いさせてくんなっていつも言ってんだろうが! 隣に座る俺の鼻が曲がりそうだぜ」
赤毛の男が隣いるの人物に苦言を呈する。
顔に傷のある仏頂面の男。
小柄で165センチほどの身長しかなさそうだが、服の上からわかるほど逞しい肉体をしている。
彼の名は本多景晴
またの名を「貪欲の勇者」
「あらやだ。変な匂いなんて失礼ね。
珍しい肉食植物の花が見つかったからその匂いをつけて来たのに。あんたには美的センスっていうものが無いのかしら景晴?」
一方その隣にいる人物は紫のドレスを見に纏い、長い金髪をたなびかせている。顔立ちも整い化粧をしているため女性のようだ。
しかし、その190センチはあろうかという体躯とドレスから浮き出ているゴツゴツとした肉体を見れば誰でも男であると気づく。
隣にいる景晴と筋肉量では少々劣っているように見えるが、その身長が相まってかなりの威圧感を生んでいる。
さらに、その体には植物のつたのようなものが巻き付いているため異様さはより際立っている。
彼の名は花綵茉莉
またの名を「綺語の勇者」
「あなたたちうるさいですわよ! まったくここの人たちはどうしてもっと上品に振る舞えないのかしら」
対面から女の甲高い声が部屋中に響く。
アメジストのように光り輝く縦ロールの長い髪。
髪飾りや首飾り、指輪などあらゆる装飾品を身につけ、絢爛豪華に着飾っている女。
しかし、そのどれもが派手すぎるため美しいと感じる前に、目を逸らしたくなってくる。
彼女の名はセチア・モルガナ・ゴールドハント
またの名を「偸盗の勇者」
「……セチア、お前もだ。だいたいその格好はなんだ? 趣味が悪いにも程がある。あまりに効率が悪い」
淡い瑠璃色をした髪をショートヘアに整えてた男が心底うんざりしたように話す。
眼鏡をかけテーブルの上に置いてあるパソコンから指を離さず、隣に座るセチアと違い、黒を基調とした学ランのようなシンプルな服装をしている。
彼の名は氷室昴
またの名を「両舌の勇者」
「はぁ? なんですってぇ? 年中地味で陰気なあなたの格好に言われたくありませんわ!」
「……地味で結構。これは最も効率のいい服装だ。君のように無駄に派手な女とは違う」
「言いましたわねあなた! いいですわ八つ裂きにして差し上げます!」
「ちょ、ちょっと2人ともやめてくださいよぉ……」
そんな2人に止めに入ろうとするものが1人。
少し茶色みがかった黒髪。襟足が伸び、前髪は右目を隠している気弱そうな男。
彼の名は朽野虚
またの名を「妄語の勇者」
「あなたもですわよ朽野さん! どうしてそんな地味なのですか? 茉莉さんを見習いなさい!
わたくしのように美しい装いと違い毒々しいですが、こっちが恥ずかしくなるほどの派手な服装でしてよ!」
「あらセチアちゃん、褒めてると見せ掛けて貶してるわね。派手さであなたにとやかく言われたくないわ〜。
あたしのこの服は毒花を表現した美しい服装なのよ」
「何が美しいだよ。どいつもこいつも趣味が悪いっての」
聞こえてくるのは誰かの罵倒ばかり。
この状況に太陽は心底うんざりする。
「お前たち……いい加減にしないか……」
「おや? 太陽。
愛人との密会は終わったのかい?」
小馬鹿にするようにニヤニヤしながら言う景晴に太陽は睨みつける。
「……くだらないことを言うな」
「おーこわ。お前まだ堕とせねぇのかよ瑪瑙」
その言葉を尻目に瑪瑙は席に着く。
「ええ。でも、その方が堕とし甲斐があって楽しいじゃない?」
不気味な笑みを浮かべて太陽を見つめる。
彼女の名は墨染瑪瑙
またの名を「邪婬の勇者」
ここに集まるのは合計7名。
全員勇者であり、ひとりひとりが国一つを掌握できる力を持った強者たち。
そしてそれらを束ねまとめるのが、
蔦野太陽
またの名を「邪見の勇者」
かつて存在した大陸を支配し、現在最大の領土を持つ「サンクティア王国」の約2倍の領土を支配していた巨大な帝国。
そこに召喚された10人の勇者たち。
1人は死に、1人は怪物となり、1人は離脱した。
こうして残った7名は結託し、帝国をわずか2日で陥落。
領土を7つに分割し、それぞれがそれぞれの土地を支配した。
帝国を7名で陥落させたその力。
攻め入るものを恐怖させるその伝説。
人々は、最初に召喚された10人を畏怖を込めてこう呼ぶ。
「悪辣の十将」と。




