第31話 想定外
メドローデ地方での死闘から翌日。
森の中で、気絶したマーガレットたち3人はを近くの村の人々が救助され、ひと時の休息を取っていた。
なんでも、名前も名乗らない女性が人手をよこして欲しいと頼んできたとか。
「本当に、ありがとうございます!」
深々と頭を下げるのは、「鉄壁の勇者 アーサー・ミュール」と死闘を繰り広げた楓だ。
「いやいや、気にせんでいいですよ。ゆっくり養生してくだされ」
そう答えてくれたのは立派な長い髭を蓄えたこの村の村長。
楓たちが泊まっているのは村長が暮らす家。来賓用にいくつか余っている部屋があり、そこを使わせてもらっている。
「それにしても、あの怪物に遭遇してその程度の怪我で済むとは奇跡的じゃの」
村長は楓たちの直接的な怪我の理由を知らない。
聖騎士と敵対しているなど、知ったら追い出されてしまうかもしれない。
「ええ……。でも、本当にありがとうございます。後で何か人手が必要な時は呼んでください。力仕事なら得意なので!」
「いやいや、あんたも軽傷じゃないんだ、ゆっくり休みなさい。それより大丈夫かい? お連れさんの容態は……」
村長は心配そうに尋ねる。楓もその答えに黙り込んでしまう。
「……わかりません……」
村長との会話を終えた楓は自分たちが泊まっている部屋に戻ろうとしていた。
すると、奥の部屋からドタドタと軽快な足音が聞こえる。
「楓ー!」
その足音はミルルのものだった。血相を変えて楓の元に駆け寄ってくる。
「楓! マーガレットが……、マーガレットが……!」
その名を聞いた瞬間、楓は目の色を変え、急いで部屋に戻る。
半開きになった扉を開け放ち部屋の中に急いで入ると……。
「いたい〜! だるい〜! 楓お姉ちゃん? 楓お姉ちゃんどこ〜!」
なんとベットの上で子供のようにジタバタと泣き喚くマーガレットがそこにいた。
「もうだめ……。ウチじゃどうにもならない。楓……看病してあげて……」
部屋に入ってきたミルルはぐったりとした様子でその場にへたり込む。
「はいはい。マーガレットー。帰ってきたわよー」
「あ! 楓お姉ちゃん〜!」
楓の顔を見た瞬間、パッと明るい笑顔を見せて手を伸ばす。
楓はそれを見て、優しく頭を撫でる。
「で? なんでこんなことになっちゃったわけ?」
まるで赤ん坊に戻ったような状態。
いったいなぜこうなってしまったのか楓はミルルに尋ねる。
「た……多分ウチのポーションが原因かと……」
マーガレットは戦闘に入る前からすでに疲労困憊の状態。
それを無理やりあのポーションで戦える状態にした。
疲労を一時的に忘れさせ、体の調子を100%以上に向上させるミルル特製の秘薬。
その代償は後日来る壮絶な反動。
無理やり動かした反動は後日数倍になって帰ってくる。
それはミルルもわかっていた。
が、予想外のことが起きる。
なんと、マーガレットは体が弱るだけではなく、精神まで退行してしまった。
「なんでそれで幼児化しちゃうのよ」
「う……、た……多分、ミルルは体だけじゃなくて脳みそフル稼働させたから……副作用が脳みそまで行っちゃったのかも……」
ミルルは申し訳なさそうに、歯切れ悪く答える。
「……ほんっとごめん……。ウチが飲ませたばっかりに……」
「いや、ミルルのせいじゃないわ。
話を聞いた感じそれは仕方ないし。しばらくしたら戻るんでしょ?」
「うん……、副作用は1日ゆっくり休めば治ると思う」
「そう……じゃあ、今はゆっくり休んで……」
「楓お姉ちゃん……」
突然、マーガレットがなでていた手のひらをギュッと握る。
「……ふへへへ。大好きー」
「「うぐっ!」」
楓、及びミルルの胸にクリティカルヒットする。
普段しっかりしているマーガレットが突然の幼児退行。かなりまずい状況だが、このギャップによる可愛さは悪くない、むしろ良いと正直2人は思っている。
「私も大好きだよー! マーガレット!」
我慢できない楓はベットに眠るマーガレットを抱き寄せ頬擦りする。
「ま……まあでもよかった泣き止んで。ウチじゃ安心できないらしくて……」
「ミルルちゃんも大好きだよ〜」
「がわ゙い゙い゙い゙!!!」
あまりの可愛さにミルルが泣き崩れる。
こんな調子の会話が半日は続いている。
「さ……さて! ウチはここにいても何もできないし、村長さんのところ行ってなんか手伝ってくるわね!」
「あ、じゃあ私も……」
と、立ちあがろうとした瞬間。
マーガレットがギュッと袖も摘む。その目は今にも泣き出しそうなほどうるうるしている。
「……行っちゃやだぁ……」
「くぎゅううう……」
またも楓が被弾。悶絶しその場で動けなくなる。
後ろで流れ弾を喰らっているミルルもふらつく。
「じゃ……じゃあ! ウチだけ行ってくるわね! 楓はマーガレットのそばについてて」
「え、ええ。お願い。」
そう言ってミルルだけ、部屋から出ていった。
そばに座る楓に対しマーガレットは潤んだ目で見つめてくる。
「……どこにも行かない?」
「ええ。どこにも行かないわ。
だから少し休みなさい。ゆっくり寝たらすぐに治るわ」
楓が頭を撫でながら優しく答えると。マーガレットは安心したように頷き、目を閉じた。
そこから寝息を立てるのはそう時間は掛からなかった。
(相当疲れてるのね……。無理もないか、頑張ったもんね……)
楓はマーガレットの寝顔を見ながら優しく頭を撫でる。
こうしてみるとまだまだ子供なのだと感じる。
「……なさい……」
ふと、何か呟いていることに気づく。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……お母様……お父様……出来損ないでごめんなさい……」
それはマーガレット両親への謝罪の言葉。
涙が頬を伝い、体を少し震わせながら、何度も謝罪の言葉を述べている。
それは、愛する両親への言葉というより、恐怖からの謝罪に聞こえた。
(……この子は、両親のために復讐をしていると言ってる。でも、今の様子からは両親への愛を感じない。
今までもそう。この子から両親への愛情のような言葉を一度も聞いたことがない……)
楓はなんとなく気づき始める。
彼女の歪さ。異常な復讐心の正体を。
(まあ、でも今は……)
涙を流すマーガレットの頬を優しく撫で涙を拭う。
そして耳元で優しく囁く。
「……あなたは出来損ないなんかじゃないわ……」
その言葉と共にマーガレット安心したように微笑み、穏やかに寝息を立てる。
その様子を苦笑したように楓は見つめる。
(……家族に好かれないのは……お互い様ね……)




