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第29話 遭遇



 歌声。

 

 ――――♪

 

 この世のものとは思えない美しい歌声。

 誰も彼もが聞き惚れ心奪われる神秘の歌声。

 

 しかし、あたりにこだまするのは美しい旋律の歌ではない。

 心地よい音色を奏でる歌ではない。

 聞こえてくるのは……。


()()()()()()()()()!!!!!!」


 絶え間ない、絶叫だけだった。


 






 「はーなーせー!!」


 マーガレットとの死闘を終えたヴェレーノは拘束されてじたばたする。

 その様子をマーガレットとミルルはは無慈悲に見下ろす。


「ほーらジタバタしない。お・ば・さ・ん? 今楽にしてあげるからねぇ」

 

「誰がおばさんよ! 私はまだそんな歳じゃない!」

 

「その発言がもう……なんか……(笑)」

 

「あんた絶対ぶっ殺すわ! ネコ耳天パ!」

 

「はぁ!? 誰がネコ耳天パよ!」


 言い合いをする2人を横目に、マーガレットは準備を始める。

 

 ポケットから紅色の縁が綺麗な鏡を取り出し、空に掲げる。


「さぁ、始めるわよ」


 マーガレットが詠唱を始めようとした。





 その瞬間。


 ――――♪






 突如、聞こえてくる。

 それは歌声。

 誰かがどこかで歌っている。


「な……なに……? この歌……」

 

「なんだろう……綺麗な歌声ね……」


 マーガレットは周囲を見渡し、ミルルは呑気なことを言う。

 

 そしてヴェレーノはこの状況に戦慄する。


「やばい……! ちょっと! あんたたち! 今すぐこの鎖を外しなさい!」

 

「はぁ? 外すわけないでしょ?」

 

「いいから! あんたたちを攻撃しない! 約束するから!」

 

「そんな言葉……だ……れが?」


 突然、ミルルの言葉が止まる。


 自分の体に違和感を覚えたからだ。

 

 (なんでだろう、

 

 何故か舌が回らない。

 何故か足に力が入らない。

 何故か……、

 ()()()()()()()()()()()()()())


 


「ミルル!」


 マーガレットはミルルの変わりようを見て急いで駆け寄る。

 

 何故なら、ミルルが膝から崩れ落ち、()()()()()()()()()()()()()()()()


「あ……アアアアアア!!! 頭がぁああ!!」


 ミルルが頭を抑えて……否、耳を抑えてのたうち回る。


「ミルル! 落ち着……い……て……」


 マーガレットもまた足に力が入らなくなり、目の前が真っ赤になる。

 

 そしてそれと同時に襲ってきたのは。

 

 耐え難い頭の痛みだ。


(うぐ……ぁああ!! 頭が……頭が割れる……!)


 歯を食いしばり、体を丸める。

 

 痛みでぼやける視界の中、マーガレットはヴェレーノの方を見つめる。


「アアアアアア!! 耳を……耳を塞がせてぇ……!」


 鎖が巻き付いた状態でゴロゴロとのたうち回っている。


 (ヴェレーノも苦しんでる……? ということは毒のせいじゃない……。まさか……ほんとうに……!?)

 

 この地方に入る直前、ミルルから聞かされた話を思い出す。

 

 歌声が聞こえたらその怪物は近くにいる。

 

 なんとか周囲を見渡して歌の源を探そうとするが、頭に針を突き刺されたような激痛が走り体が思うように動かない。


 2人も同様。

 耳を塞ぎのたうち回ることしかできない。

 

 そんな3人に歌声は更に増大し、彼女たちの頭に突き刺さる。


「「「()()()()()()()()()!!!!!!」」」


 誰も彼もが叫び声を上げる。


 しかし、どれだけ叫ぼうと、どれだけ耳を塞ごうと、その音がかき消されることはない。


 

 そこへ、地面の中から現れるのは巨大な"黒狂犬(ブラックドッグ)"から現れる。


 そしてその口が開くと中からアーサーと、ウォーカーが顔を出す。


「ヴェレーノ!」

 

「せ……先輩……」

 

「まずい……。待っていろ、今遮音具を」


 そう言ってアーサーが握っているのは特別な術式があしらわれている耳当てのような形の魔道具。

 

 すでにアーサーもウォーカーも装着している。

 

 アーサーはヴェレーノを抱き寄せ、耳につける。

 

 ヴェレーノの表情は次第に穏やかなものとなり、そのまま力がどんどん抜けていく。


 (気絶したか……。無理もない……)


 ヴェレーノを抱き抱え、"黒狂犬(ブラックドッグ)"の中に入れる。


 そして振り返り、うずくまるマーガレットたちを見つめる。

 

「今回は見逃してやる。

 だが次に会った時、必ずお前たちを捕まえる」


 アーサーはそれだけ言い残し、"黒狂犬(ブラックドッグ)"の口の中に入り、再び地面の中に姿を消した。


 (くそ……逃げられた……! いや、今はそれどころじゃない……!)


 なんとか打開策はないかと、頭痛に耐えながら模索するマーガレット。

 

 すると突然、音色が止んだ。

 それと同時に頭痛もいくらかマシになる。


 (いきなり何……? いや、今はとにかくここから離れないと……!)


 マーガレットは重い体を起こし、ミルルの元に駆け寄ろうと視線を向ける。

 

 すでにミルルも体を起こそうとしていた。

 

 しかし、奇妙なのはその表情。

 ミルルは少し上の方に視線を向けて青ざめていた。


「ミルル?」

 

「あ……あ……!」


 口をぱくぱくさせ、震えた手で指を刺す。

 

 マーガレットはその指の先に視線を向ける。

 そこにいたのは……。





 ()()()()()()()()()()()()()()



 まるで人間の頭蓋骨が露出したような出立ち、目玉に当たる部分はピタリと閉じている。

 

 そして頭部に鬼のようなツノが2本生えている。

 

 木々を悠々と越す体躯。先のクラーケンより一回り小さいもののその緊張感は桁違いだ。

 

 怪物は開いていない瞳でこちらを見つめてくる。


 (そんな……なんでこいつがこんなところに……!)


 マーガレットは知っているこの存在について。


 そいつは歌を歌うことも、

 巨大で恐ろしい体を持っていることも、

 決して近づいてはいけないことも。


 今すぐ逃げたいが足に力が入らない。

 悲鳴を上げたいが声すら出ない。

 

 絶体絶命の状況下。


 マーガレットはただその怪物を見つめることしかできない。





 だが次の瞬間、

 

 ()()()2()()()()()()()()()()()()()





 漆黒に染まった髪を頭の後ろにひとつ縛りにした髪型。

 いつだってピンチの時は駆けつけてくれて身を挺して矢面に立ってくれるかっこいい後ろ姿。


「楓……!」

 

「しっ! 静かに! 相手を刺激するな……!」


 2人に呼びかける楓の表情は決して穏やかではなかった。

 額に汗を滲ませ、眼前の敵をただただ見つめる。


 (こいつはやばい……!

 

 戦うとか、戦わないとかそう言う話じゃない!


 本能が逃げろと告げる化け物だ!)

 

 せめて2人だけは……。そう考え両腕を大きく広げ構えを取り、眼前の怪物を睨みつける。

 

 一方怪物もなにをするでもなく、3人を見つめて動かない。


 両者の間に思い沈黙が流れる。


 どれほど時間が経っただろう。睨み合いを続けてしばらく経ったその時……。


 ギャッ、ギャッ、ギャッ!


 突然怪物の後方で鳥が飛び立つ。

 怪物の歌声を聞いて気絶していた鳥が今目覚めたのだろう。


 羽を必死にばたつかせながら一目散に逃げていく。

 

 その音に反応し怪物はマーガレットたちから視線を移す。

 

 そして……。







 ……アァアアアアアア!!!!!






 羽ばたいた鳥に向かって咆哮する。

 

 耳をつんざくような轟音。

 先程の歌声とは全く違った音の暴力。


 3人は耳を塞ぎ顔を地面に伏せる。

 脳が揺れ、心臓が飛び出そうな衝撃が体中に走る。


 しばらくすると音が止み、3人は恐る恐る顔を上げる。


 すでにそこには怪物の姿は無い。

 その代わりに広がっていたのは、


 一帯の木々が丸ごと無くなった巨大なクレーターだった。


「あ……あんなの食らってたら……ウチたち……」


 自分たちの未来を想像し、ミルルは身震いする。


「でも、怪物の姿も歌声も聞こえない。

 なんだかよくわからないけど、引いてくれて……よか……った……」

 

「楓!」



 楓が膝から崩れ落ちる。


 マーガレットまだ力の入らない足を引きずりながら近づく。

 

 手足に血が滲み、体中もあざだらけだ。アーサーとの戦いがどれだけ苦戦したか物語っている。

 

 そんな状態で楓はマーガレットたちを助けるために駆けつけてくれた。

 

 マーガレットは静かに楓を抱き寄せる。

 

「楓……こんなになるまで……ありが……と……」


「あ! マーガ……レッ……」


 楓に続いてマーガレット、ミルルと倒れ込む。

 極度の疲労と、敵が退き緊張が解けたことが重なり気絶した。

 

 3人は平原の上で倒れ込むように眠りにつく。

アーサー・ミュール

堅牢なる城壁(キャッスル)

かつてとある王国に仕える騎士。剣や槍より肉体を使った格闘技を得意とし、戦場でも武器を一切使用せず己の拳のみで敵を屠っていった。

アーサーの最後の戦いは国王並びにその家族を逃す撤退戦だった。周辺国から総勢一万の軍勢が侵攻し国王の命が危ぶまれた。だが、アーサーはたった一人で敵軍の足止めを務め国王たちが逃げる時間を稼いだ。

三日三晩休まず戦いを続け、敵国は軍勢の半分を失い、見事撤退させることに成功。しかしアーサーは戦いの疲労と重傷でその場に力尽き、死亡する。

その後勇者として転生した。

余談だが彼が守り切った王国はその後力を取り戻し現代まで存続し続けた。首都には国を守った英雄として、アーサーの銅像が建てられ今なお国民から尊敬を集める英雄として語られている。


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