第28話 鉄壁と猛毒の強襲 その4
「あーんたーたちー! こんっなことして、ただですむとおもってんのぉおおお!!!」
視力が回復したヴェレーノは身動きが取れない状態で2人を睨みつけながら喚き散らす。
「もう終わりよ。身動きが取れないんじゃあなたはどうすることもできない」
「はっ! 調子に乗るんじゃないわよ! 私に勝ったからって終わりじゃない! まだ先輩がいる!」
「先輩……。アーサーのことか。彼はは楓が相手してくれてる。絶対に負けない」
「あり得ないわ! あんたたちがもう一度あの女に会うことは絶対にあり得ない!
だって……先輩は誰よりも強いんだから!」
「はぁ……はぁ……。」
アーサーと楓、2人の死闘が繰り広げられている街道。
今ここに死闘の決着が着こうとしていた。
肩を揺らしながら荒く息をするアーサー。その目の前にいたのは……。
うつ伏せに倒れる楓の姿だった。
手足は青あざが出来、血を大量に流している。
どれだけ殴り、蹴ったのかそれが物語っていた。
対してアーサーの鎧は傷ひとつなく、戦いが始まる前と同じように純白に輝いていた。
しかし、その内側のアーサーの肉体は鎧ほど無傷というわけではなかった。
鎧に守られているため目立った外傷はないものの、筋肉は痙攣し、骨が軋み始めている。
(まさか……ここまでダメージを負わされるとは。
着実にダメージを与える技術力、鎧を砕く筋力、そして何より、効かないとわかっていてもそれでも攻撃を繰り出してくる精神力。
いったいどれだけの修羅場を潜り抜けてきたのか……)
アーサーは相対している敵の技量を素直に賞賛する。
(……罪人として粛清するのが惜しい。だが、こいつは国家に反逆する罪人。ここで殺さなくては)
ゆっくりと倒れている楓に近づく。最後のとどめを指すために。
楓は近づいてくるアーサーに対して立ち上がることができない。
絶え間なく放った攻撃はより大きなダメージとして自分に跳ね返ってくる。
手足はボロボロ、血も大量に流し最早意識も遠くなる。
途切れそうな意識の中、楓が頭に浮かんだ言葉は……
――お前はほんっとに弱いなぁ。楓
こんなやつと血が繋がってるなんて信じられねぇぜ
――どうしてお前はこんなこともできないんだ……。兄と違って貴様は我が家の失敗作だな……。
「……ほう……、まだ立ち上がれるのか……」
楓は再び歯を食いしばりながらふらふらと立ち上がる。
拳を握り地面を踏み締めるたびに、血が吹き出し、激痛が走る。
例え攻撃を繰り出せたとしても相手にダメージは通らない。
それでも、楓の心から闘志の炎は消えていなかった。
「無駄だ。もうお前に攻撃はできない。大人しく降伏しろ」
「冗談……じゃねぇ。
目の前に強者がいるってのに……。降伏なんて……するわけねぇだろ!」
楓は今まで何度も虫の息になろうとも立ち上がり続けた。
それはさらなる闘争を求めるため、そのためなら何度でも立ち上がり拳を握ることができた。
しかし、今回はそれだけではない。
途切れそうな意識の中、頭に響いたあの言葉。
この世界に来る前、ある人物にかけられた、
忌々しくも、懐かしい言葉。
その記憶が、限界を迎えた楓の体に力を与えた。
「あんた……ほんっとつえぇなあ。
鎧もだが、何よりそれを使いこなすあんたの力量。どんな鍛え方したんだ?」
「……別に大した話ではない。
剣も、槍も、弓も、私は人より不得手だった。
私がかつて仕えた主を守るためにはそれ以外の力が必要だった。
だから体を鍛え続け、己の拳で戦場を駆け回った。
ただ、それだけだ」
「……そうかい。やっぱり、あんた最高だよ」
相手は最高の好敵手だ。
そう感じた楓は拳を握り直し、眼前のアーサーに鋭い視線をぶつける。
「もうやめろ。その傷で技を繰り出せば、四肢がもげるぞ」
「……そうかもなぁ。
だから、これが最後だ。
正真正銘最後にして最大の一撃。これを受けきったらあんたの勝ちだ」
その言動に一切の迷いはなかった。
その様子を目にしたアーサーは驚いたように目を見開き、その後、少し嬉しそうに口元を緩ませた。
「……面白い。やってみろ」
全力を持って応える。
そう宣言するかのようにアーサーは胸の辺りを拳で叩き気合いを入れた後、構を取り直す。
両者が睨み合い、決着の時に備える。
アーサーはまず相手の出方を伺う。
相手のダメージはこちらより上。
とはいえ油断はできない。
こちらもこれ以上ダメージを喰らうのは避けたい。
敵の動きを読み、最小限の力で受け、最大限の一撃を叩き込む。
あくまで堅実に、かつ着実な戦術のロジックを組み立てていた。
(……全力の一撃を受け流しカウンターでとどめを指すか。
あるいは、シンプルに受け切り力尽きたところにとどめを指すか……)
しかし、
「っ!」
アーサーのその思考は全て吹き飛んだ。
楓の取ったその構え。
左腕を前に突き出し、右腕は頭より少し上斜め後ろの位置に拳を握っている。
まるで仁王像のようなその出立ち。
それを見たアーサーは戦慄する。
何故かはわからない。しかしアーサーの本能がこの構えに危険信号を発している。
(カウンターも、受けきった後も考えるな!
今この瞬間、受けきることだけ考えろ!
さもなくば……死ぬ!)
筋肉が硬直する。
汗が止まらない。
まるで獅子に睨まれた獲物のような……。
否。
それよりもっと絶大な捕食者に……。
両腕を顔の前に構え、姿勢を低くしたガードの体制。
この戦いにおいて最も厳重なガードの構えだ。
鎧の装甲を前衛に集中させる。この一瞬を耐えきるために。
「古竜拳法……!」
相対する楓の闘気は最大に達する。
右腕の筋力が硬直し、この戦いにおいて最大の一撃を繰り出そうとしている。
「奥義……!」
大気が揺らぎ、地面が震える。
2人の間の闘気が最高潮に達する。
その時、
「そこまでー!」
「はぁ!?」
「な!」
突然、2人の間に割って入るものが現れる。
「双方矛を納めてもらおうか……。あ、いや、この場合矛と盾かな?」
飄々とした態度でそう答えたのは「黒牙の勇者 ウォーカー・ブラウン」だった。
「やあ。暴乱の、久しぶりだねぇー」
「てめぇ、どういうつもりだぁ?」
「うーわ、こわ。
だから来たくなかったんだよ」
楓は、鬼の形相でウォーカーを睨みつける。
最高のひととき、最高の瞬間を邪魔されたのだ。楓にとってこれ以上不快なことはない。
そして、それはアーサーも同じなようだ。
「おい。ウォーカー。なんのつもりだ?
これは戦士と戦士の戦いだ。それを割って入って邪魔するということがどれだけ無礼なことかわからないはずないな?」
明らかに言葉に棘がある。
その様子にウォーカーは、やれやれ、と言いたげに首を横に振る。
「アーサー殿……あんたもか……。
まったく、ほんっと戦士ってやつは……。
あんたにしては注意力が足りないんじゃないかい?」
「注意力……?」
「今し方、5キロ東、巨大な影が見えた。
悪口の勇者だよ」
アーサーは驚愕の表情を浮かべる。
「……そういうことか……。すまないウォーカー」
「いいってことよ。さ、ヴェレーノちゃんを回収しに行こう」
そう言って指を鳴らすと、地面から巨大な"黒狂犬"が出現する。2人はそのまま口の中に入っていく。
「あ! おい! 逃げんなよ!」
「勝負は取りやめだ。貴様もマーガレットたちの元へ向かったほうがいい」
「は? ふざけんな! こんな中途半端な形で……」
アーサーは楓のその言葉を遮るように人差し指を立てる。
「な……なんだよ……」
「一撃だ。次貴様と相対したとき、最初の一撃をお前にくれてやる」
「……お前……本気で言ってんのか?」
「当然だ。
私としてもこの結果は不服だ。ここで喰らうはずだった一撃を受けた後、その上で続きをしよう」
「……はっ。全く、あんたは本当に面白いやつだなぁ」
「……貴様もな。さらばだ「暴乱の勇者 東雲楓」。次会うのを楽しみにしている」
そう言ってアーサーは"黒狂犬"に飲み込まれ、そのまま地面の中に姿を消した。
「ええ。楽しみにしてるわよ……。」
楓は一瞬ふらつき、倒れ込みそうになるのを地面に手をつきぎりぎりで防ぐ。
「あー全身痛い! まともに立ってられないわね……」
本当ならここで倒れ込みたいところだ。
しかし、彼らの言っていた「悪口の勇者」という言葉がどうしても気掛かりだった。
「……マーガレット、ミルル……」
楓は重い体でなんとか立ち上がり、2人の逃げていった方角に向かってふらふらと歩き始める。




