第24話 断空
「"拈華の冠"……またすごいもの作ったわね」
――ええ。本当にミルルは頼りになるわ。そっちは大丈夫?
「とりあえず無事。あと、なんか変な同居人もいる」
――ど、同居人?
「まあ、あとで話す。それよりやるわよ。クラーケン脱出作戦!」
マーガレットがひと通り念話で話した後、再びエルクの方へ向き直る。
「おじさん! こんな生ゴミ臭いところからさっさと脱出するわよ!」
「ええ? できるのかい? 魔力も武器も使えないよ」
「大丈夫。これを使う」
そう言って手のひらに収まってるのは先程見つけた黒い岩石。
「これは?」
「「火薬石」よ。」
「火薬石」。
「紅サンゴ」同様魔道具の素材としてよく用いられる。
最も貴重性では大きく劣り岩礁帯ならよく見かける石。
その最大の特徴はある程度の高温に晒されると爆発を起こすということ。
「爆発?」
「そう。ここにはこの火薬石がたくさんある。加えてこのメタンガスの量。ここで火薬石を起爆させれば大爆発を起こす」
「な! いやいやいや! それ私たちも危険じゃないかね!?」
「大丈夫よ。……多分」
「多分って!」
「障壁魔術は展開する。
現状これしか方法がない。うまくいけばクラーケンを内側から倒せるし、倒せずとも急激な嘔吐反応を起こせる」
「う……想像しただけで頭痛が……」
「うだうだ言わない!
ここさえでられれば私の仲間が全部終わらせてくれる。
ほら! おじさんも手伝って!」
そう言って2人はあたりいったいから火薬石をかき集めた。
2人で探せばかなりの量が見つかり、最終的にはマーガレットの腰のあたりまで積み上がるほどの火薬石を用意することができた。
「これだけあれば十分でしょ。さあ、私の近くに」
「ああ。最後においしいワインが飲みたかった……。下戸だが……」
「頭痛いの二日酔いのせいじゃない……」
2人は小言を言いながらできるだけ火薬石から離れた隅の壁へ行き障壁を展開する。
すでに火薬石のひとつに点火式の術式が施されている。
点火の合図は指を鳴らすこと。
「行くわよ……。」
そう言ってマーガレットは自分の指を鳴らす。
次の瞬間、凄まじい轟音と閃光が胃の中に響き渡る。
ひとつ火薬石が爆発すれば連鎖的に別の火薬石も起爆していく。
さらに周りのメタンガスにも引火していき壮絶な大爆発が起こる。
あまりの爆発に障壁にヒビが入る。
「くぅぅう……!」
マーガレットはなんとか障壁を維持する。
そこに、
グォオオオオオオ!!
悲痛な轟音が響いた途端、床が、壁が、激しく動き始める。
「来る! おじさん! 息止めて!」
その言葉と共に2人は大きく息を吸い込む。
瞬間、体の奥から緑色の濁流が襲いかかる。
2人はその流れに呑まれみるみるうちに流されていく。
しばらく流された後、肌に触れる水の肌触りが変化する。
マーガレットが目を開くと視界は一変。
緑の液体は少しずつ霧散し、青い水が広がっていた。
(やった! 脱出成功! おじさんは……?)
なんとか外に出たマーガレットは周囲を見渡しエルクを探す。
しかし、その視界は振り返ると同時に黒い影に埋め尽くされる。
それは全長30メートルは下らないクラーケン。
緑色の液体を口元から吐き出しながら、ギョロッとした目でこちらを見つめる。
驚いたマーガレットは急いで浮上する。
少しでも遠くへ逃げるために。
「ぷはぁ!」
浮上したマーガレットは目一杯息を吸う。
そしてクラーケンもまたマーガレットを追い浮上。
何本もの巨大な触手を天高く上げている。
そのうちの一本がマーガレットめがけて振り下ろされる。
「や……やばい!」
なんとか回避しようとするも、クラーケンが浮上した余波でうまく泳げない。
触手が直撃し押しつぶされる。
その時、
「古竜拳法! 砕竜脚!」
凄まじい衝撃が触手を横に逸らす。
巨大な触手すら蹴り飛ばす一撃を放つのは。
「楓!」
「無事か!? マーガレット!」
蹴り飛ばした触手にしがみつきながら楓は眼下のマーガレットに呼びかける。
「私は大丈夫! それよりあれを!」
「ああ! 任せとけ!」
そう言うと楓は、浮上したクラーケンの頭部を見つめる。
クラーケンもまた、自分の触手にへばりついた人間を見つめる。
「クラーケンの弱点?」
――そう。基本どんな攻撃も通さないクラーケンの体だけど、実は一点だけ弱点がある。
それは目と目の間。そこは奴の神経の束がある。そこを貫ければ即死する
「……わかったなんとかする」
――ええ。頼りにしてるわ。
「狙いはあそこか……。」
楓は目と目の間に狙いを定め再び構えを取る。
それは先程見せた飛竜槍の構え。
ただし、右腕にかける力の入れ方が異常だ。
筋肉は強張り、血管が浮き出ている。
「古竜拳法……!」
凄まじい一撃を放とうとしたその時、ケートスが楓目掛けて突進してくる。
今は力を溜めているため無防備、迎え撃つことができない。
「出力調整! レベル6に上昇!」
しかし、飛びかかってきたケートスは全て撃ち抜かれた。
ミルルの手によって。
「いっけー! 楓!」
その言葉に答えるように楓は触手から飛び上がり、鋭い眼光をクラーケンに向ける。
その視線に恐怖したクラーケンは無数の触手で自らの頭を防御する。
しかしもう遅い。
「飛竜槍 断空!」
圧倒的な衝撃がクラーケン目掛けてまっすぐ飛んでいく。
空間を断ち切り一直線に。
防御した触手は全て貫通。
そのままクラーケンの脳を貫通して衝撃は海底に沈んでいく。
脳を貫かれたクラーケンは体の力が少しづつ抜けていき、そのまま力無く海上に倒れた。
「やったー!」
岸で援護していたミルルが飛び跳ねながら喜ぶ。
ここに、クラーケン討伐が完了する。
「ゲホッゲホッ! あーくっさい!」
なんとか岸にたどり着いたマーガレットは飲み込んでしまった水と、胃液の匂いにむせかえる。
ベタベタな体を拭くものを探そうとした時、クラーケンの頭を貫いた楓が岸に辿り着き、マーガレットの元に歩いてくる。
「あ! 楓! やったわね! あのクラーケンを倒し……」
マーガレットが楓に声をかけたその時。
突然楓はマーガレットから抱きしめられる。
「へっ?」
「無事で……よかった……」
楓は力強く抱きしめ、耳元で囁く。
突然のことにマーガレットもあたふたふする。
「えっ、いや、ちょっと楓……!」
「ごめんなさい……。あなたを守るって言っておきながら……こんな……」
耳元で鼻を啜る音が聞こえる。
顔は見えないがどうやら泣いているらしい。
あまり見せない相方の姿に混乱しつつも、マーガレットは抱きしめ返す。
「そんなことない……。楓にはいつも助けられてる。本当に頼りにしてるんだから……」
その言葉を聞いて楓はより強く抱きしめる。
「ああ! でも、今私すごく臭いから……! 離れた方が……!」
「……いいの。もう少しだけ……」
2人はしばらくの間その場で抱擁を交わし合った。
「ゴホッゴホッ!
いやーまさか本当に、ゴホッ! 脱出できるとは……! 本当に君には感謝しかないよ」
だがその時間はエルクの登場により終わりを迎えた。
「あっ! お、おじさん!?」
突然の登場によりマーガレットはいそいそと楓から離れる。
楓は2人の時間を邪魔されて不満そうにエルクを睨む。
そんな様子の2人を見てエルクはなんとなく察する。
「あーごめん、取り込み中……」
「シャー!」
謝罪の言葉を言おうとしたエルクに対して、どこからともなくミルルが現れエルクに飛び蹴りをかます。
「うおっ! なんだね!」
「ちょっとあんた! 今いいところなんだから邪魔しないでよ! てか誰よあんた!」
「ミルル! あなたも無事だったのね!」
「え? あー……うん……。うちも全然無事だよー」
勢いで出てきたミルルは気まずそうに答える。
どうやら少し前から2人の様子を眺めていたらしく、飛び出すつもりはなかったようだ。
「と……ところで! あんた誰よ!?」
ミルルは話を逸らす。
「おお。そうだね。君たちにはまだ名乗っていなかった。私はエルク。クラーケンの腹の中でマーガレットに助けられたものだ」
「へー。なんか冴えないおっさんね……」
「ちょっ! ミルル失礼だって!」
そう言うマーガレットも腹の中では随分と言っていたと思うが。
しかし、ただ1人何も言わない者がいる。
「ねぇ? あなた、相当強いんじゃない?」
「え?」
「いやいやいや、君には到底及ばないさ。
私ではクラーケンは倒せなかったし。そもそも今は武器がないからただのくたびれた中年だよ」
「……そう。まあいいわ。今日は戦う気分じゃないし」
「うそ……楓が戦いを後回しにするなんて……」
楓が強いと認めた。つまり彼は相当な実力者。
そんな男を前にして楓が見逃す。
マーガレット、ミルルは唖然とする。
「では、私はもう行こう。報酬は君たちでもらうといい」
そう言ってエルクはその場を後にした。
「なんなのかしらあいつ……」
「まぁいいわ。それより、討伐成功。報酬をもらいにいきましょう。
ああ、そうそう。これ、お土産」
そう言うとマーガレットはバックから「火薬石」を取り出した。
「あっ! これ! 全部使ったんじゃないんだ!」
「ええ。あなた欲しがってたでしょ? 沢山あったから持てるだけ持ったの。私もほら。こんなに沢山」
そう言ってマーガレットはバックの中の「紅サンゴ」を見せびらかす。
「へぇー。本当に沢山あるのねぇ。……もしよかったらウチが鏡作ろうか?」
「え!? いいの?」
3人はクラーケンの死体を目の前にして、勝利を実感した。
その時にはもう夕日が沈みかけ、空は赤く色づいていた。
――ちょっとどこ行ってたの!? 3日も連絡が途絶えて!
「あー。大きな声を出さないでくれ……頭に響く……。ちょっと油断してね。クラーケンに飲み込まれてた」
水晶から甲高い女性の声がする。エルクはその声を聞いて耳を塞ぐ。
――はぁ!? あんたが? 全くもう! だからやめとけって言ったじゃない! 頭痛がひどい時は戦闘力半減なんだから!
「悪かったよー。すぐに帰るから。もうすでに迎えはキャプテンに頼んでる」
――……そう。じゃあさっさと帰ってきなさい。帰ったら団長にちゃんと謝るのよ!
「はいはい。わかってるよー」
そう言って水晶が暗転する。
そしてそれと同時に……。
サバァ!
大きな水しぶきを上げながら海の中から何かが飛び出してくる。
「ダーハッハッハ! よう!兄弟! 生きてやがったか!」
それは木製の巨大な船。黒い帆の部分には巨大な大きく髑髏の印が描かれている。
「やぁ。キャプテン。3日ぶりだねぇ。あれ、取って来てくれたかい?」
エルクは船に飛び乗りながら尋ねる。
「おう! 感謝しろよ! この俺様、キャプテン・ティーチが見つけてやったんだからな!」
そう言ってエルクに何かを手渡す。
それは白い仮面。
見た目はイタリアのマスカレイドのように顔の上半分が隠れる形状をし、人間の頭蓋骨のように見えるものの、額のあたりに角が生えている。
「そうこれこれ。海底に落としてしまったからもう見つからないと思ってたが……。さすが「海賊の勇者」だね」
「おいおい。やめてくれ。俺様はただの海賊でも、勇者でもない。俺様は海賊王! キャプテン・ティーチ様だ!」
「はいはい。わかったよ」
そんな会話をしていると、船の周辺に暗い影が近づいてくる。
「む? おいおい。まじか。ケートスどもがまだいたか。あらかた片付けたつもりだったんだがな」
ティーチは船の淵に立ちながらぼやく。
「まあ心配すんな。この俺様のギフト|"アン女王の復讐号"《クイーンアンズリベンジ》で……!」
「いや。私がやるよ」
そう言ってエルクは甲板の淵に立つ。眼下には海の中を泳ぐケートスの姿が。
「……大丈夫か? 病み上がりだろ?」
「ああ。今は気分がいいからね。それにこの力が問題なく使えるか試しておきたい」
そう言うとエルクは仮面をつける。
「"偽神の憑依"……」
その瞬間、エルクが黒いモヤに包まれる。
全身を覆い尽くされたエルク体は足元がふらつく。
「ぐぁあ゙あ゙あ゙!!」
苦悶の叫び声を上げるエルク。
その禍々しいオーラを感じ取ったのか、ケートスがエルクに狙いを定め飛び掛かる。
ケートスの牙がエルクを襲おうとしたその時。
「あ゙あ゙あ゙!」
エルクが拳を前に突き出す。
その拳は黒いオーラを帯び、拳の前方に放出される。
一直線に放たれた波動は、喰らったケートスの体をバラバラに霧散させる。
「う……あ……」
膝をつき手をつくエルク。
仮面を外すと、その表情には大量の汗が流れ出ていた。
「大丈夫か?」
ティーチは近づき、エルクの安否を確認する。
「大丈夫……大丈夫……。久しぶりだったんでちょっとくらっとしただけだ。まあ、問題無く使えてよかった」
大丈夫だと言うが、その表情はとても大丈夫そうには見えなかった。
「……そうか。まあ、船内でゆっくり休め。後は俺がつれて行ってやる」
「ああ。助かるよ。じゃあ帰ろうか。僕らの家革命軍に」
「仮面の勇者 エルク」。
ギフト名は"偽神の憑依"。
仮面をつけることで神懸かりな身体能力と魔力を手に入れる。その波動はあらゆるものを霧散させる闇の力。
「ああそうだ。マーガレットと接触したんだって? どうだった?」
「ああ……マーガレットか……。噂ほど凶暴そうには見えなかった。……だが、危うさがないわけじゃない。これからも彼女の動向は追った方がいい」
「ほーん。まあ、俺様としては楓とか言う勇者似合ってみたいがね」
「あー。やめた方がいい。あれは噂以上の怪物だよ。実力、精神共にね」




