第21話 キャリーバッグの中の深淵
「こいつ……。ちょうしにのりやがって……! そのクソアマを殺せ!」
周りの男たちが一斉に武器を取る。
いくらミルルの身体能力でも、この人数相手に丸腰は分が悪い。
ミルルのバックパックは彼らの後方の机。
何とか彼らを突破し、武器をとりにいかなければ。
ミルルはブーツの中に手を突っ込み、その中のものを素早く取り出す。
「エネカ! 目を閉じて!」
ミルルはそう叫んだ後、手の中のものを地面に叩きつける。
それが地面に叩きつけられた瞬間。部屋中に眩い光が充満する。
「うわぁ! なんだ!?」
突然の光に男たちは目を覆いながら狼狽える。
その隙をミルルは見逃さない。
敵の間を掻い潜り、バックパックの方へ移動。
その中から愛銃の「WM25」、「DM27」を取り出し構える。
「出力調整……! レベル3に低下!」
身動きの取れない男たちをミルルを1人ずつ的確に無力化していく。
こうなってはもはや数の有利など関係ない。尽きることのない弾丸と高い身体能力。その力が全ての状況を覆していく。
(ど……どうして……)
この状況にエネカはただ呆然のしていることしかできなかった。
「ちょっと! あなた大丈夫!?」
全ての敵を倒し終わった後、ミルルはエネカに駆け寄る。
「骨は……折れてないみたいね。待ってて今拘束を外して……」
「な……なんで……」
消え入りそうな声で問いかける。
「なんで、助けてくれる?」
「……あなたの言葉。ちょっと他人事とは思えなくてね。
私は貧しい街で暮らしてたから、自由を欲して苦しんでる子達を何人も見てきたのよ。だから助けたくなった。それだけよ」
その言葉に、エネカは顔を伏せる。
「……ありがとう」
「はいはい。泣かないの。さっさと脱出しましょう」
そう言って立ち上がる少女たち。
その後ろでまだ諦めていない男がいた。
(くそ……。楽な仕事だと思ってたのに冗談じゃない! なんとしてでもこの仕事をやり遂げねぇと……さもないと俺はあいつに……)
マチは痛む体を何とか引きずりながら逃げようとしている。
向かう先はこの部屋唯一のドア。
「あ! こら! 逃げんなおっさん!」
その様子を見たミルルはマチを追いかけようと走り出す。跳躍しドアのある上階まで一気に飛びつこうとする。
しかしそこをマチは持っていた魔銃を使って迎撃。
「うわっ!」
ミルルは空中でそれを何とか回避。
弾は当たらなかったものの、その隙にマチはドアに手をかける。
「はっ! 覚えてやがれクソガキども! 今回は取り逃しちまったがいつかぶっ殺してやるからな!」
そう言ってドアノブに手をかけようとする。
その時、
「ミールルー!!」
ドアが外側から勢いよく蹴り破られた。
マチは避けきれず、そのまま階段からドアごと転がり落ちていく。
「大丈夫!? ミルル!」
そこにはミルルを助けに来た楓とマーガレットの姿。
そして、
「アビー!」
エネカのキャリーバッグがそこにはあった。
時間は少し遡る。
捉えた男をボコボコに尋問し、集合場所の情報を聞き出し、2人はそこに全力で向かっていた。
「まったく。よく捕まるわよねミルルも!」
「まあ、とにかく急ぎましょう! ミルルのことだからそう簡単にはやられな……」
突然、楓が走るのを止める。
「ん? どうしたの楓?」
「あれ……」
楓は立ち止まり路地裏を指差している。
そこにはカダカダと1人でに動く、鎖が絡まったキャリーバッグの姿があった。
「こ……これってあの子が持ってた……。そういえばこれって何なのかしら。あの子が召喚した使い魔……かな……?」
不思議そうにキャリーバッグを見つめるマーガレットを他所に、楓はキャリーバッグに触れる。
そして、何かを理解したかのように頷き、鎖を指で切断した。
「ちょ! 楓! 大丈夫なの!?」
「ええ。大丈夫。多分この子は私たちより大事なようがあるみたいだから」
すると、キャリーバッグは1人でに直立する。
そして中のから黒い腕が一本ぬるっと飛び出して、
グッと親指をたててサムズアップをしてくる。
どうやら感謝を伝えたいらしい。
「お……思ってたよりフランクなのね……」
すると今度は出した腕を地面につけ勢いよく加速していく。
その方向は2人がちょうど向かおうとしていた敵のアジトがあるルート。
「もしかして、あれも私たちと同じ場所に向かってる?」
「みたいね。あの子の主人もミルルと同じ場所にいるみたいだし」
こうして2人はキャリーバッグを追いかける形でここまでやってきたのだった。
「アビー! どこ行ってたの!? 心配した!」
エネカはキャリーバッグを抱き寄せる。
それに応えるようにキャリーバッグも黒い腕を出しエネカの頭を撫でる。
「いやーびっくりしたよ。鎖が絡まって道端に倒れてた時は」
「鎖? あーなるほど。そういえばウチ拘束とかないできちゃったからそれでここに来れなかったのか」
ミルルはちょっと申し訳なさそうな顔をする。
一方、楓は周囲の状況を見渡す。
周囲には男たちが無惨に倒れている。
「それにしても1人で全員倒しちゃうなんてね。私たちくる必要なかったかしら?」
「えっへん! ウチだってやるときゃやるんだから! 褒めてもいいのよ!」
すると、楓が優しくミルルの頭を撫でる。
「うん。よく頑張ったね」
予想外に素直に褒められたことでしばらく呆気に取られるミルル。
するとすぐに顔が真っ赤になり飛び退く。
「にゃ! あ、いや、ありがとう……」
「ええ。もっと撫でてもいいのよー」
「いやいやいや! 恥ずかしくて死ぬから結構です!」
そんな微笑ましいやり取りをしている少女たちの傍、ドアの下地になった男が這い出てきた。足が折れうまく動けないでいる。
「おっと。忘れてたわね。こいつの処遇」
そう言ってミルルは銃を向けようとする。
それを見てマチは顔を青ざめさせながら後退りする。
「ひっ! ま……待て……!」
「待って」
しかし、その行動をエネカは制止し、ミルルの前に出る。
「エネカ?」
「エネカがやる」
そしてキャリーバッグを抱えた状態でボスの方へ近づいていく。
「ひっひぃいい! 待て! 待ってくれ!」
「待たない。散々エネカを馬鹿にした。その報い、受けろ」
そう言ってキャリーバッグ扉の部分に指をかけ、男に向かって向ける。
「お……俺を殺したらあの女が黙ってないぞ!」
「あ……あの女?」
その言葉に引っかかるマーガレットだったが、エネカにとってはどうでも良かった。
「知らない。エネカは自由を手に入れる。そのためなら何だってやってみせる。この、「深淵の勇者 アビー」と一緒に!」
「「勇者!?」」
今度はミルルも一緒に驚く。
当然だ。
今までの勇者は全員人の形を取っていた。まさかこんな実態すらよくわからない勇者が存在するなんて。
「アビー 捕食」
その宣言と共にキャリーバッグを持ち上げ、勢いよく開ける。
高さがほんの63センチしかないキャリーバッグ、その中身は吸い込まれそうなほど真っ黒な空間が広がっている。
そしてその暗闇から無数の手が飛び出してくる。
「い、いやだぁああああ!!!!」
泣き叫び、断末魔をあげるマチを手のひらは強引に掴み、無慈悲に引き摺り込んでいく。
頭からキャリーバッグの闇の中に突っ込まれ、190センチはあろう巨体がみるみるうちに収まっていく。
足の先まで全て取り込み終わるとエネカは勢いよくキャリーバッグを閉じる。
「ふぅ……。おしまい」
跡形もなく。全てを飲み込んだ。
いったい何が起きているのか、マーガレットたちには理解できず呆然としていた。
「す……すごいわね……。さすが楓が負けるだけはある……」
「む。負けてない! ちょっとミスっただけ! あのまま戦ってたら勝ってた!」
楓が子供みたいに駄々をこね始める。
「はいはい。てか、楓あなたあのキャリーバッグが勇者だって気づいてたの?」
「え? ああ。うん。なんとなくそうじゃないかなとは思ってた。
あの子からは今まで戦った奴らと同じ雰囲気がしたから……」
野生の勘というやつだろうか、楓にはお見通しだったようだ。
すると、エネカがキャリーバッグを地面に置き、転がしながらスタスタとこちらに歩いてくる。
そして、
「助けてくれてありがとう。あなたたちが来なかったらエネカ死んでた。 特にミルルお姉さん。 本当にありがとう」
3人の前で感謝の言葉を述べ深々と頭を下げた。
「え!? あ、いやいや! そんな改めて言われると照れくさいから別にいいって!」
ぴょこぴょこと癖っ毛を動かしながら頰を赤く染め頭を掻く。
本日2度目の照れ隠しだ。
そんなマーガレットは尋ねた。
「だったら、教えてくれない? あなたが何者なのか、そしてそのキャリーバッグはなんなのか」
エネカはしばらくの沈黙の後、口を開き始める。
「わかった。全部話す」
こうしてエネカは語り始める。これまで自分が何をしてきたのかについて。
数年前。まだエネカが髪の色は茶髪で、目の色も赤ではない、普通の黒色だった頃の話。
当時のエネカは孤児だった。
身寄りもなく、その日その日の食事にすら苦労する毎日。
それでも、周りには同じ境遇の同じ子供達がたくさんいた。どれだけ空腹に苦しんでも孤独ではなかった。
そんな彼女たちの日常に転機が訪れる。
「ヒルベルト教団」の連中がやってきた。
彼らは孤児たちを保護し、より良い食事と生活を保証するために来たと言っていた。何も知らないエネカたちに取ってこれは天からの救いだと思った。
それが地獄への入り口とも知らずに……。
この頃の「ヒルベルト教団」は「エリクシル計画」に使用する実験体を探し、目をつけたのが世界中にいる孤児でありエネカたちもその実験体の1人に過ぎなかった。
そこから先は悲惨だった。
毎日のように薬品と魔術の投与と過剰な実験の日々。
それに対し食事は少量で、とても人間が口にするようなものではなかった。
エネカたちは今まで以上に過酷な生活を強いられた。
何よりも辛いのは唯一の心の拠り所である仲間すら失っていったことだ。1人、また1人と日を追うごとに死んでいく。いつしかエネカの周りには誰もいなくなってしまった。
こうしてエネカのみがこの過酷な実験の日々に耐えられてしまった。
実験成功と同時に首筋につけられた03の文字を刻印。01と、02についてはエネカも知らない。
エリクシルとして覚醒したエネカは早速勇者召喚の儀の方法を教わる。
しかし、エネカは忘れていなかった。自らの体を改造した恨み、命より大切な仲間たちの仇。全ての恨みを込めて彼女は単独で勇者召喚を行った。ありったけの怨念を込めて。
「それでアビーを召喚した」
エネカがキャリーバッグをポンポン叩くと、中から腕が飛び出し、手を振る。
「あとは想像通り。アビーを使って研究所を襲撃、全員飲み込んだ」
「なるほど……。ごめんなさい。軽率に聞いてしまったわね……」
謝罪を口にするマーガレットに対し、エネカは首を振る。
「ううん。いいの。エネカの過去はあの日全部アビーが飲み込んだ。もうウジウジ悩まず前に進むってあの日決めたの」
「そう……」
しばらくの間彼女たちの間に気まずい沈黙が続く。その沈黙に耐えられなくなったミルルが口を開く。
「と……ところで! 結局アビーってなんなの? 人間……ではないわよね?」
「ああ……アビーは……」
エネカが全てを言い終わる前に、キャリーバッグから腕が生えてくる。
その手には。
『私はとある世界の谷底に住んでいるものです。あなたたちが言うところの妖怪や、怪異と呼ばれるものに近いでしょう。』
という文字の書かれたプラカードが出てきた。
「え!? そ……そうやって喋るの!?」
「アビー、意外とおしゃべり」
そういうまた新たなプラカードを出す。
『初めまして! 淑女諸君! 私の名はアビー、「深淵の勇者 アビー」さ! 以後よろしく〜。』
軽い。
とてもそのおどろおどろしい見た目からは想像できないフランクさ。
3人は茫然とする。
「えっとー。あなたの中身ってどうなってるの?」
『私の体は無限の暗闇でね。どんなものでも取り込むことができるのさ!』
「そう。だからすごく便利。例えば……。アビー、テント」
エネカがそういうと、キャリーバッグには明らかに入らないテントが出てくる。
「うわっ! すご!」
「他にも出る。アビー、寝袋と、本棚と、机と、ぬいぐるみ!」
エネカが次々と注文したものが全部出てくる。
とてもキャリーバッグには収まらない量だ。
「すっご。しかも全部ピッカピカ」
「アビーはすごい綺麗好き。だから入れたものは基本綺麗に出てくる。優秀」
エネカがキャリーバッグの上の部分を撫でると、アビーは照れくさそうにキャリーバッグの前の部分を覆う。
ちょうど、照れ隠しに両手で顔を隠す仕草に似ている。
キャリーバッグが照れて、顔を隠す。なんとも奇妙な光景だ。
「とにかく。エネカたちは3人に感謝してる。何かお礼がしたい」
「そんないいよ!」
「ううん。それじゃエネカの気、収まらない。
そうだ! この間みつけた美味しいチョコレートあげる!」
チョコレート、その言葉と共にアビーは急にビクッと飛び上がる。
「本当は2人で食べようと思ってたけど……。3人にあげるなら本望。アビー、チョコレート」
その言葉にアビーは答えない。
何故かキャリーバッグの側面に大量の水滴が流れ落ちている。おそらく冷や汗だ。
「ん? アビー、チョコレート」
エネカの催促に、アビーは渋々何かを出す。
それは高そうな装飾がされてるチョコレートの箱だった。見ただけでそれが高いことはわかる。
ただ、唯一おかしなところは、包装がビリビリに破られ、中身が綺麗さっぱりなくなっていることだ。
「……アビー?」
空の箱を見つめながらエネカはわなわなと震えている。対するアビーはさっきの倍以上の汗を垂れ流している。
「アビー! これは一緒に食べようって約束した! 2人で少しずつ分けて食べようって! エネカまだひとつも食べてない!」
エネカの怒声があたり一帯に響き渡る。
それから先は大騒ぎとなった。
一向に怒りが収まらず、ほぼ半泣きになりながら罵倒するエネカ。それをなんとか宥めようとするアビー。2人のやりとりは終始続いた。
「はぁー。いつまで続くのかしら」
「まあいいじゃない。子供はあのくらい元気じゃないと」
うんざりだと言いたげなマーガレットに対し、楓は微笑みながら2人のやり取りを見守っていた。
そしてミルルはそのやりとりを不思議そうに眺める。
「それにしても何であの2人意思疎通ができるのかしら? プラカード無しで」
「ああ。あの2人が勇者と召喚士の関係なら、多分念話で会話してるんじゃない?」
「ああ。そういえばあんたたちも初めて会った時やってたわね。……水晶無しで意思疎通が可能なのか……便利そうね」
そう言うとミルルは口に手を当てて考え込む。
また何か思いついたのかもしれない。
「ま、今はいいわ。こいつら倒して今日は疲れ……あれ?」
突然ミルルが周りを見渡しながら首をかしげる。
「どうしたの?」
「いや……ウチが倒した奴らの中に眼鏡の男がいたんだけどそいつがいないんだよね」
それは終始腰が低く、常に体をびくつかせていた頼りない男。この屈強な男たちの中では浮いてしまっていて逆に目立っていた。
「確か、最初に眉間を打ち抜いて気絶させてたはずなんだけどな……」
「逃げたんじゃない。どさくさに紛れて」
「うーん。まあいいか。なんか一番雑魚そうだったし」
こうしてこれ以上考えるのをやめ再びエネカたちのやり取りを見守った。
深淵の勇者 アビー
ギフト”???”
とある世界の谷底に潜む何か。「あの谷底には怪物が住む」そう言った周辺の住民の迷信が形を持った怪異。生き物とも物体とも言えない。普段は人を襲わずただただ谷の近くを通る人を眺めるだけの存在。常に孤独で誰か谷底に遊びに来てくれることを待っているが、いつだって谷底を覗き込むだけで誰も底までは来てくれない。そのうち誰も谷の道を通る人もいなくなり、外を眺めることもやめたある日。エネカによってこの世界に召喚された。
ちなみにアビーは食事をとる必要は無いが、行商人積み荷から落ちたお菓子を偶然口にし、その味が忘れられず、以後お菓子が大好物となった。




