第20話 エリクシル計画
「おい! 起きろガキども!」
ミルルと少女はその怒声と共に目を覚ます。
そこは石造りの部屋。
日の光が差し込んでいる窓は東側の壁の高い位置にしかない。
そしてその隣の壁、同じ高さにあるドアは壁伝いの階段からしか入れない。
どうやら半地下型の一室のようだ。
体は椅子に縛られ、周囲には数十人の男が立っている。
「こっちの白い髪のガキで間違いねぇんだろうな?」
「は……はい! マチさん! 依頼主からのオーダーは彼女と言うことです」
一際がたいのいいマチと呼ばれる男が、気弱そうな眼鏡をかけた男に尋ねる。
マチは少女の顔を摘んでグイッと前に引っ張る。
「へっ。きんもち悪りぃ顔だぜ。さすが改造人間なだけあるな」
その後、乱暴に少女の顔を乱暴に離す。
「安心しろ。おめぇは殺しはしねぇよ。全く、ガキ1人攫ってこんな大金貰えるなんて、割りのいい仕事だぜ」
そう言ってマチはいやらしくほくそ笑む。
そんな様子を見ていたミルルは椅子をガタガタと揺らして抗議する。
「ね、ねぇ! ウチはあんたたちとは関係ないでしょ!? ウチだけでも逃してよ! 今日のこと誰にも喋らないからさぁ!」
ミルルはわざとらしくうろたえ、巻き込まれた一般人を演じる。
「ダメだ。テメェは俺たちのビジネスを覗いちまった」
「ビ、ビジネス……?」
ミルルの問いかけにマチは答えることなく、ニヤニヤと笑いながら踵を返す。
「マ……マチさん。偵察に行ったやつから、こいつを追ってる妙な集団がいるっていう報告以来、連絡途絶えました」
眼鏡をかけた男がマチに報告をする。
その報告を受けたマチは舌打ちをしながら地団駄を踏む。
「っち! あんの役立たずが!」
その様子を見ながら、ミルルはこの状況について思考していた。
状況から察するに彼らは人攫いの売人たち。
ミルルの育った街では人攫いと人買いが当たり前のように行われていた街。だから売人かどうかは何となくわかる。
奴らの言うビジネスとは間違いなく人身売買のことだろう。
ただ異なる点は、以前カナたちが被害にあった不特定多数の人間を攫う人間狩りとは違い、この子個人をターゲットにした依頼ということだ。
ミルルは少女の方に視線を移す。
少し汚れでくすんでいる白髪、首筋に特徴的な刺青が入っている少女。
特に狼狽えもせず眼前の男を睨み続けている。
(この子いったい何者なのかしら……。改造人間? とか言ってたけど……)
「おい! もう一度連絡してみろ! さっさとこの町から出て、金をもらいてえんだ!」
マチの命令に眼鏡の男はいそいそと通信用水晶で連絡を入れる。
(うっさいわねぇ……。この子を追ってる集団ていいてたけど、いったい誰なのかしら……)
「ま……待ってくれ! 俺は金で雇われただけなんだ! 見逃してくれ!」
「はいはい。そういう定番のセリフはいいから。あんたたちがなんで私たちを監視していたか教えてくれる?」
ミルルたちが捕まっている最中、マーガレットたちは捕まえた男の尋問中だった。
指をバキバキと鳴らし、微笑みながらにじり寄る楓に男は泣きそうになる。
「あ……あんたたちを監視してたわけじゃねぇ! 俺はあのガキを追ってたんだ!」
「あのガキ? あの子がなんだって言うわけ?」
「と、とぼけるなよ! お前らもあいつの価値を知ってるから追ってたんだろ? あの「エリクシル03」を!」
「「エリクシル03」ですってぇ!?」
マーガレットが楓の背後から驚きの声を上げる。
「マ、マーガレット? 知ってるの?」
「え、ええ。正直噂話だと思ってたけど……。ある研究施設が、特別な改造人間を作ってるって言う話なんだけど……」
マーガレットは「エリクシル」について知っている情報を語り始める。
それは、召喚士の間で語られる噂話。
この世界にはどこの国にも属さず、魔術の探究を続けている組織がある。
その名も「ヒルベルト教団」。
彼らが最も力を入れていたものは勇者召喚についてだった。
異世界から名だたる強者を召喚する勇者召喚。
その多くはいまだ謎に包まれている。
「ヒルベルト教団」そんな神秘への研究に熱心に取り組んでいた。
そしてより効率的な方法を求め、たどり着いたのが「エリクシル計画」だ。
「「エリクシル計画」?」
「そう。
前に勇者の召喚って人数が多ければ多いほど強力な勇者を召喚できるって話したじゃない? あれ、理論的にはそうなんだけど実はそんなに簡単な話じゃないの。
それだけ人数が集まると魔力を同調させるのも難しいし、詠唱を寸分の狂いなく合わせるのも難しくなる。だから人数を増やせば増やすほど召喚難易度も上がっていくってわけ。
前に「サンクティア」が年間10人程度の勇者を召喚してるって言ったけど、実際はその数倍の召喚儀式が行われてるの。
それでもこれしか召喚できないのはそれだけ難易度が高いってこと」
「……なるほどねぇ。だからあなたは私の召喚の時1人で詠唱を行ったわけね」
「まあ、あれ自体もかなり無理矢理な方法だけど。
だから、「ヒルベルト教団」はもっと効率的な方法を考えた。
それが1人で数十人分の魔力を保有し、瞬時に魔力を回復できる人間を人工的に生み出すこと。
それが「エリクシル計画」よ」
「じゃあ、あの子がその「エリクシル」の1人ってこと?」
「……そうなるのかしら。なにせ「ヒルベルト教団」の噂はある時期から全然聞から全容がつかめないのよね……」
うーん、と2人が首を傾げながら悩んでいると、縛られた男が喚き出した。
「なあ! もういいだろ!? 俺を解放してくれ!」
「どうするマーガレット?」
「……まあ、面倒ごとはごめんだし、私たちと関係ないならこいつを縛ってる必要ないわね。とりあえずミルルと合流して……」
『もしもし!? どうしましたか? 連絡が途絶えますよ!』
突然、男の懐から声が聞こえてくる。どうやら通信用の水晶から連絡が来たらしい。
『どこで何をしているかわかりませんが、すぐに戻ってきてください! マチさんはご立腹です!
もうこっちはターゲットを捕まえました。 あ、それと捕まえる時に猫耳みたいな髪した女も一緒に捕まえました。彼女の処分については後で考えます。
あなたはさっさと合流地点に来てください』
それだけ言って通信は途絶えた。猫耳みたいな髪した女。2人はその言葉だけで誰だかすぐにわかった。
「くそ……こっちの状況もしらねぇで……!」
「おい」
楓が男ににじりよる。
「ひっ!」
「その子が捕まってるって場所を教えなさい。あんたらが攫ったのは私たちの連れ。たった今からあんたらは私たちの敵よ」
拉致られた男が厳しい尋問を受けていることも梅雨知らず、男たちは捕まえた少女たちについて話し合っていた。
「とりあえず、ガキは手に入ったんだいったんだ。この街から出て、あの女に引き渡すぞ」
「そ……そうですね。では彼女に連絡を……」
「不可能」
先程まで一切口を聞かなかった少女が突然口を開く。
突然喋り出した少女に、男たちも、隣にいたミルルも驚き視線を向ける。
「え?」
「はぁ? 不可能だぁ?」
「ここからの逃走、不可能。お前たち全員、ここで死ぬ」
少女は臆面もなく、そんなことを口にする。
「ははは!! どうやるってんだ? 手足縛られた状態でどうやるってんだよ!」
「縛られてる。勘違い。わざと捕まった」
「はぁ?」
「お前たちの追跡は気づいてた。だから捕まって一網打尽にしようとした。
5秒。後5秒でその扉から助けが来る。そういう作戦」
そう言ってこの部屋唯一の出口、階段の先のドアに視線を向ける。
「な……何言って……」
「あと3秒」
全員息を呑み、ドアに視線を向ける。
彼女の口ぶりからハッタリでは無さそうだ。
いったい何がくるのか、男たちは武器を握り警戒体制を取る。
「2……1……ドン!」
……しかし、何も起こらない。
「……あれ?」
「えーっと、終わり?」
困惑する少女、苦笑いするミルル、一斉に緊張感が解ける男たち。部屋中に妙な空気が漂う。
「ちょ……ちょっとタイム……。アビー……アビー! どうしたの……アビー……!」
(アビー? もしかして……。あのキャリーバッグのこと? 念話で繋がってるのかしら?)
思考するミルルを他所にマチは少女に詰め寄る。
「……はっ。びびらせやがって、お前なんざ助けに来る奴なんかいるわけねぇだろ。人間の姿に作られた化け物が」
化け物。
その言葉が少女の気に障ったらしい。
マチをにらみつけ怒声を浴びせる。
「……好きで……こんな体にされたわけじゃない!」
「ああそうかい! どの道今のオメェは誰かに飼われねぇと生きる資格もねぇ化物なんだよ!」
「黙れ! アビー! 早くきてアビー!」
「うるせぇ! 誰に助けを求めてるのか知らねぇがなぁ、助けなんざ来るわけねぇだろうが!」
そう言ってマチは少女の腹に蹴りを加え、椅子ごと壁に蹴飛ばした。
「うが……!」
「ちょっと! やめなさいよ!」
「そ……そうです! やめてくださいマチさん! 依頼主は傷つけずというオーダーなんですから!」
「テメェらは黙ってろ! こいつが生意気な口聞くからこうなるんだよ!」
激昂するマチに周囲は止めに入ろうとするが、男は聞く耳を持たない。
「……エネカ……は……」
痛みに耐え、涙を堪えながら少女は消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。
「エネカは自由に生きるんだ! 誰にも縛られず、広い世界で!」
「お前が自由に生きる? 笑わせるな! お前はどこに行こうと、誰と居ようと誰かに狙われる! そんな奴が自由なんか手に入るかよ!」
怒り狂うマチは倒れている少女に再び蹴りを加えるべく足を上げる。
「ゴホンゴホン……。あーもしもーし」
そこに間の抜けた声を出すものがいた。
蹴ろうとしたマチも足を下ろし、その声を発した者へ視線を向ける。
それは縛られ抵抗できないミルルだった。
「あ?」
「黙って聞いてればペラペラと。ウチがいるってこと、忘れてるんじゃない?」
さっきまでの怯えた態度から一変。堂々とした態度で喋り始める。
「なんだ急に。引っ込んでろよ。テメェにゃかんけぇねぇだろ!」
額に青筋を浮かべ、怒り散らすマチにミルルはさらに煽るような言動を取る。
「いやいや、関係はあるでしょ? ウチだって捕まってるんだから。そして、その子に倣ってウチも予言してあげる」
そう言うとミルルは、先程エネカが刺したドアに向かって目配せをする。
「今から5秒後、そのドアに誰もが驚くようなことが起こる。あんたたちは全員、度肝を抜くでしょうねぇ」
「……はぁ。またハッタリだろ? 二回目は流石にしらけるぜ」
「そう思いたいならどうぞ? そう思って勝手に死にな。ほら後3秒」
その場にいる者全員呆れ返る。先程のような緊張した空気はないものの、とりあえず全員扉を見つめる。
「3……2……1……。ゼロ!」
しかし、やはり何も起こらない。
「はっ! やっぱり……」
「嘘に決まってんでしょバァーカ!」
マチは後頭部に致命的な蹴りを喰らう。
なす術なくその場に倒れ込む。
いったい何が起こったのか? 揺らぐ視界の中、なんとか後ろを振り向くそこにはいつのまに拘束を外し、構えを取っているミルルの姿があった。
「覚えておきなさい! ウチは人を騙し、金目のものを根こそぎいただく稀代の大泥棒、"プロテシアンシーフ"ミルル・シャーロットよ!」




