第19話 白い少女と黒い腕
「"異界より出で、強欲を抱える咎人よ……。我が呼びかけに答えその姿を現せ……。"」
光が届かない暗い地下室……。
誰かが召喚詠唱を行なっている。
「"我が名は――! 汝の欲を満たすものにして、汝の力を欲するもの!"」
眩い光があたり一体に充満する。
「サンクティア」より北西の廃墟。
ここに新たな勇者が人知れず召喚された……。
「あー美味しい! やっぱり都会のスイーツは最高よね!」
ミルルはうっとりとした笑みを浮かべながらケーキを頬張る。
「キリカラ樹海」を抜けて2日後。
彼女たちは商業都市「ヘチカ」のカフェに立ち寄っていた。
「ここのカフェはね。あの美食都市「アリシカ」にも店を構えるほど有名なんだよー」
そんなスイーツを美味しそうに食べる向かい。
ため息をつきながら頭を抱えるマーガレットの姿があった。
「どうしたのー? マーガレット。せっかくのケーキなんだから楽しまなきゃ」
「ミルルぅ……。あなたねぇ……」
わなわなと震えるマーガレットはポーチに手を突っ込み、財布を取り出す。
それをひっくり返すと……。
「もう私たちには路銀がないのよ!? それをこんなに高いスイーツ食べて!」
中から出てきたのは銀貨3枚。
これでは宿屋にも泊まることができない。
「し、仕方ないじゃない! 「キリカラ樹海」は甘味が食べれなくてスイーツ欲が高まってたんだもの!」
「ダメだよミルル。私たちは観光しているわけじゃないんだ。気を引き締めないと」
「それを言うのはその山盛りの料理を片付けてからにしてくれる!?」
楓の前には山盛りに注文した料理が陣取っていた。
現在、彼女たちの経済状況をもっと圧迫しているのがこの楓の無限の食欲だった。
「はぁー。どこかで路銀を稼がないと……。これじゃあ魔王領に着く前に野垂れ死ぬ」
「うーん。じゃあスリでもやる? 私そう言うの得意だよ!」
「知ってるし、お断り!」
マーガレットは怒涛のツッコミに疲れたのと、今後の未来に憂いてテーブルに顔を伏せてしまう。
「うう……。なんでこんなことに……。本当ならもっと計画的にお金を使う予定だったのに……」
「まあまあ、とりあえずそういうのはあとで考えましょう! 今はこの美味しいケーキを……あれ?」
さっきまでそこにあったはずのケーキが無い。
どこへ行ったのかと辺りをキョロキョロしていると、テーブルの横に小汚いローブを被った少女がいた。
少女がくるっと振り返るとその手にはさっきまでミルルが食べていたケーキが握られている。
少女はこちらに一瞥すると、スタスタと足早に歩いて行ってしまった。
「ひ……ひったくりー!」
さっきまでスリを得意と言っていた人間とは思えない発言があたりにこだまする。
「ちょっと待ちなさいクソガキ! ウチの糖分を返せ!」
そう言って呼び止めても少女はこちらを振り向きもせず足早に歩いていく。
少女の向かう先には大きめのキャリーバッグが置いてある。
少女はキャリーバッグにつくと、その上に飛び乗り、そのまま坂道を猛スピードで下っていく。
「あらー。器用なことするわね」
「感心してる場合!? 追いかけるわよ!」
そう言ってミルルは手首からフックショットを射出。急いで少女の後を追う。
「まったく、しょうがない。マーガレット行きましょう」
「あ! ちょっと待ってよー!」
坂道で加速していても所詮はただのキャリーバッグ。
あっという間にミルルとの距離は詰められた。
「捉えた! 返しなさい!」
ミルルはフックショットを少女に向かって射出。
その様子を後から追いかけてきた楓が止めようとする。
「あ! ちょっとあんまり乱暴は……」
「アビー 防御」
少女のその言葉と共にキャリーバッグの扉が少し開く。
そして中から黒く細長い腕が突如生えてくる。
黒い腕はそのまま通り飛んでくるフックショットをはたき落とした。
「はぁ!?」
「アビー 加速」
フックショットを迎撃した腕はそのまま地面に手をつけ、まるでスケボーを足で蹴って加速するように、地面を叩いてキャリーバッグを加速させる。
その様子に楓は悪寒を感じる。
(な、なんなのこの感覚……!)
全身に鳥肌が立つ恐ろしい感覚。
そして同時に感じる胸の高鳴り。
「あーもう! 取り逃した!」
ミルルが地面に着地した頃には二人の距離はあっという間に離されていた。
もはや追いかけるのは無理かと諦めた時。
「ミルル! 下がってろ!」
凄まじい速度で楓がミルルの横を駆け抜けていく。
その表情は歓喜の笑みに満ちていた。
全く得体の知れない相手。本来であれば恐怖するところだろう。
しかし、楓にとってまだ見ぬ強者との遭遇。例え体が恐怖しようと楓の意思は戦闘を選んだ。
「な……なんなのよいったい……」
「ミルルー!」
今度は後方からマーガレットが追いついてきた。
「どういう状況?」
「それがーなんだかよくわからなくて……」
ミルルは今起きたことを一通り説明する。
「あの子の様子を見て楓がやる気に……?ってことはあの子……勇者?」
「うーん。でもそんな感じしなかったけどなぁ」
「まあとにかく楓を追いかけないと……」
突如、マーガレットは背中に視線を感じ言葉を止める。
マーガレットが振り返るとそこには物陰からこちらを見つめる男の姿があった。
「ん? どうしたの?」
「え? あ、いやなんでもない。それより早く追いかけましょ」
その場は誤魔化し、二人を追いかけることにした。
(なんなのかしらあいつ……。私たちを追ってきた? いやでもそれにしては今まで何も感じなかったような……)
拭いきれない違和感を覚えつつマーガレットは二人を追った。
一方楓と少女は今なお逃走劇を続けていた。
坂道を加速しているため、追いつくことは不可能と思われたが、本気を出したの楓の足の前には無意味だった。
「しつこい……。アビー 跳躍」
その言葉と共に黒い腕は地面を思いっきり叩く。
その衝撃で少女はキャリーバッグごと二階建ての建物を軽く飛び越えるほど飛び上がる。
少女は腰掛けていたキャリーバッグから離れ、側面にあるハンドルを掴む。そのまま上へ持ち上げた。
空中で持ち上げるその姿はまるでキャリーバッグにぶら下がっているようだった。
「アビー 滑空」
少女のその言葉共に今度はキャリーバッグの側面から大きな翼の形をした黒いもやが出現。
少女はそのままパラグライダーのように滑空しながら進んでいく。
飛行することができない常人ならこの時点で追跡は不可能になる。
しかし、一度捉えた強者をおめおめと見逃すほど楓の執念は甘くなかった。
「逃すかよ!」
楓は壁に向かって大きく跳躍。
そのまま壁に指を突き刺し登っていく。
そのまま屋根についた楓は少女に向かって飛び掛かる。
「古竜拳法! 爪竜刃!」
高速で放たれる斬撃が少女を襲う。
「っ! アビー! 迎撃!」
少女の言葉と共にキャリーバッグの隙間から黒い無数の腕が出現。
楓の斬撃を全て捌き切る。
そしてそのうちのひとつが楓目掛けて拳を振るう。
楓は咄嗟に防御したもののそのまま地面に叩きつけられる。
全身に衝撃が加わり楓は立ち上がることができない。
しかし、その表情はとても楽しげな笑みを浮かべていた。
「はは……。強いなぁ……」
「楓! ちょっと大丈夫!?」
後から追いかけてきたマーガレットが、地面に落ちてきた楓の元に駆け寄る。
「マーガレット〜。ごめーん取り逃したー。あいつ強すぎー」
よろよろと立ち上がりながら駆け寄ってきたマーガレットに伝える。
「……あなたがそんな状態なんて……相当ね」
「まあ、次は逃がさないけどねぇ……。ミルルは?」
「あの子を追って私より先に向かったけど、会ってないの?」
「いや……。すれ違ったかしら……」
とりあえず、屋根に叩きつけられた時の傷をマーガレットに治してもらった。
「ありがとうマーガレット。ところで……」
楓が近くにあった石を拾い、突然マーガレットの後方に向かって投げつける。
「うぐぁ!」
「あんた誰?」
石は後方の路地にいた男へ命中。
「あ! ちょっと! わざと放置したのに!」
「チラチラと鬱陶しいのよ。とりあえず聞かせてもらえる? あなたが何者なのか」
「ふぅ……。ここまでくれば……」
楓の追跡を巻き、なんとか川辺の裏路地に着地する。
少女は周りを見て誰もいないことを確認し、フードを外す。
その姿はかなり異質だった。
雪のように白い髪に、
紅色に輝く赤い瞳。
そして首筋に「03」の文字が刻まれている。
「ケーキ取ろうとしたらあんなのに当たるなんて……。不覚」
少女は軽く伸びをすると、キャリーバッグを優しく撫でる。
「とりあえずこのまま……」
「見つけたわよ……」
突然。少女は後ろから声をかけられる。
少女が振り返ると、そこにはミルルの姿があった。
「!?」
「随分と強いみたいね。あの楓を退けるなんて。でも、覚えておきなさい。追手が1人とは限らないってことを」
そう言って少女に向かって銃口を向けるミルル。
それを見て瞬時に行動へ移す。
「アビー! 攻撃……」
「させないわよ!」
少女が命令を言い終わる前に、ミルルはフックショットを射出。
キャリーバッグに鎖を巻きつけ開かないように拘束する。
そのままミルルの方へ手繰り寄せる。
「あっ!」
「よくわからないけど、あんたの武器はこのキャリーバッグでしょ? だったらこれさえ奪えばもう抵抗はできない」
そしてミルルはフックショットの鎖を腕から取り外し、キャリーバッグをその場に置く。
キャリーバッグは拘束されてなおガタガタと1人でに動いている。
「まったく……。いったいこれがなんなのかとか、あなたが何者なのかとか、いろいろ聞きたいことはあるけど……」
ミルルは少女に近づく。
その表情は微笑んではいるものの、額には青筋を浮かべ、殺気が漏れ出ている。
「泥棒の先輩として、キツーくお仕置きしないとねぇ!」
そう言って少女に飛びかかろうとした。
その時、
コロコロ
2人の間に何かが転がってくる。
「「え?」」
2人が視線を落とすと、それは筒状の物体だった。
筒状の何かが2人の間に転がり動きを止めると。
突然、白い煙を吐き出し始める。
「うっ! これは……!催眠……ガ……ス……!」
あまりに突然のことに2人は反応できなかった。
みるみるうちに2人は立ち上がる力を失い、そのまま地面に倒れてしまう。
「へっ……。やっと捕まえたぜ、改造人間……!」
しばらくすると、ガスマスクをつけた男が現れる。
男は2人に投げつけたものを蹴って用水路に落とし、辺りのガスが十分に霧散したことを確認してからガスマスクを外す。
「ったく。飛んだ邪魔が入ったぜ。一緒に眠らせちまったが……。まあいいか」
2人の様子を確認すると、ポケットから通信用の水晶を取り出しどこかに連絡を入れる。
「……俺だ。ああ、ガキを捕まえた。……キャリーバッグ? ああ、気にしなくていいだろ。俺たちが欲しいのはこのガキ、「エリクシル03」なんだからなぁ。
後ついでに知らねえ女も一緒に捕まえちまった。こいつの処分については合流地点で考える」
男は少女に視線を落としながら不気味な笑みを浮かべる。




