第18話 決着
「あはははははは!!!!」
笑い声。
まるで欲しがっていたプレゼントをもらった時のような、歓喜に満ちた笑い声。
とてもこの絶望的な状況に似つかわしくない声。
そんな声を上げるものは一人しかいなかった。
「楓……笑ってる……」
ミルルはその状況を見て小さく呟く。
ミルルだけではない。
今まさに、回避不可能な死を目の前にしてこの場の誰よりも楽しそうに大笑いしている楓を見てマーガレットも、ミコトも、ウォーカーも、その行為に理解ができなかった。
「何がおかしい? とうとうイカれたか?」
ウォーカーはあまりに理解できない敵の行動に対し尋ねてしまう。
その答えに対し楓は満面の笑みで返す。
「だってよお。今俺追い詰められてんだぜ? 腕は上がらない、全身穴だらけ、大分やばい状況だ。
ってことは、お前はそれだけ強いってことだよなぁ? 俺はそれがこの上なく嬉しいんだよ!」
ただ強者との戦闘を望む。
例え自分が私の瀬戸際に立っていようとも、それこそ相手が強い証だと歓喜する。
「暴乱」と名がつけられた楓らしい考えであった。
「……っは。イカれ女が。喰われてる最中同じことが言えるのか!」
ウォーカーは悪態をつきながらブラックドッグたちに命令を下す。
最後の攻撃を放つために。
「くたばれ! 災禍暴食!」
全方位からの猛攻。
最早逃げ場などない。
だが、楓は前へ飛び出す。
その先には大型の黒狂犬。このままでは大きく開けた口の中に自分から飛び込むことになる。
先程のように横へ逃げようにも周りには小型の黒狂犬がひしめき合っている。
どこへ行こうと攻撃から逃れる手段はない。
そう、自分でこじ開けない限りは。
「どぉおけぇえええ!!!」
なんと楓は正面大型の黒狂犬を蹴り飛ばした。
黒狂犬はなす術なく吹っ飛び、包囲網に大きな穴が開く。
「うそでしょ……」
ウォーカーはあまりに予想外の攻撃のため思わず苦笑いしてしまう。
一方楓はこじ開けた道を通りウォーカーに向かって走る。
ウォーカーは我に帰り、近くに侍らせていた大型を向かってくる楓に突進させる。
(あいつは手負だ。ここで足止めしてもう一度ブラックドッグを周囲に展開する。そうすれば俺の勝ちだ!)
楓を食い損ねた後方の黒狂犬たちが向きを変え一斉に後を追う。
楓は前方と後方を挟まれ再び逃げ道を失う。
しかし楓は大きく踏み込み空中に跳躍する。
頭上5メートル。
この状況で唯一黒狂犬のいない領域。
だがそこは同時に次の攻撃を避けることができない死の領域でもある。
「馬鹿が! 空中に逃げれば次の攻撃は避けられない! 血迷ったな!」
黒狂犬たちも楓を追って上空へ向かう。
逃げ場のない楓を追い詰めるために。
だが楓は逃げるため上空に飛んだわけではなかった。
「誰が避けるって言った。攻撃を繰り出すために飛んだんだよ」
足を膝から折りたたみ、空中で停止する。
その視線は眼下の黒狂犬たち。
否。その先にいるウォーカー向へいている。
「古竜拳法……!」
楓は気迫を高めていく。それはやがて形を成していきあたかもそこに存在するように錯覚させる。
「な、なんなのあれ!」
「お、大きい……! 今まで見たどんな技より……!」
マーガレット、ミルルはその姿に驚愕する。
それは今までに見たことないほどの大きさの生物。
現存する魔物だってここまで巨体の個体はそういない。
しかし、ウォーカー、並びにミコトは知っている。その生き物の姿を。
「おいおい……。冗談だろ……!」
「ほぉ……。まさか、この世界でこいつを見るはね……」
天高く聳え立つ長い首。
マルタのように太い足。
ムチのような長い尻尾。
その姿は恐竜の中でも最大、竜脚類に属する恐竜そのもの|。
《・》それが前足を上げている姿だ。
「重竜脚!」
楓は折り曲げた足を勢いよく伸ばし、そのままウォーカーに向けて落下していく。
落下の距離が長くなるほど楓の重量は倍増してく。
まさに巨大な動物が前足で踏みつけるようなその一撃。
最早小さな黒狂犬では止められるわけもなく全て蹴散らし、その先のウォーカーに向けて落下していく。
「獲ったぞ! 黒牙の勇者ぁあああ!!!!」
着弾したその一撃は凄まじい轟音と砂埃を上げる。
あまりの衝撃に、マーガレット、並びにミルルは吹き飛ばされる。
一体どうなったのか、マーガレットは体を起こし、砂埃が少しずつ晴れるその場所を見つめる。
そこにはまるで隕石が落ちたような大きなクレーター。
そしてその中心に足を揃えて直立する楓と、その楓に踏みつけられているウォーカーの姿があった。
キリカラ樹海での戦いはここに決着する。
「ぐっ……ごはっ!」
「おっ。驚いたねぇ。これをまともに喰らって意識があるなんて」
楓はウォーカーの耐久力に素直に感心する。
たが、勝敗は決した。
ウォーカーは血反吐を吐き、腕一本動かせる状態じゃなかった。
楓の技が直撃し胸骨と肋骨が粉砕、内臓に酷いダメージを負っている。放っておけば失血死する。
即死していないことが奇跡と言える状況だった。
「まあ。もう終わりだな。今楽にしてやるよ」
楓はウォーカーから降り、彼の胸ぐらを掴む。首を切断するべく腕を振りかぶる。
「はぁ……はぁ……。そ……それは……遠慮……しようかな……」
ウォーカーの背後、大型の黒狂犬の口が再び出現する。
さっき蹴り飛ばした個体がもうすでに背後に回っていた。
二度目の攻撃。同じ手に引っかかる楓ではなく、難なく後方に回避する。
しかし今回は攻撃のためではなく逃げの一手として使用した。
「また会おう……。「暴乱の勇者」……」
「っ! 待て!」
気づいた時にはすでに遅く、黒狂犬はウォーカーを口に入れ完全に閉じ、そのまま地面に潜っていった。
こうなっては最早追いかけることはできない。
「ちっ。逃げ切りやがった……。」
敵を見失い、殺気を引っ込める。
そして楓に、マーガレットとミルルが駆け寄る。
「楓! 大丈夫!?」
「ええ。この通り全然……。って、いだだだだ!!!!」
突然楓がその場に蹲り絶叫し始める。
戦闘中、アドレナリン全開だったため感じなかった痛みが、ここにきてようやく感じ始めたらしい。
「いや、今更!? 普通に死んでもおかしくないくらい重症なんだけど!?」
「いったーい! マ、マーガレットー! 早く治してー!」
楓は涙目になりながらマーガレットに訴える。
情けない楓の姿を見てマーガレットはため息をつきながらも、張り詰めた緊張がようやく解け安堵の表情が浮かぶ。
「はいはい。治してあげるわよ。というか戦闘中も治療させてもらえるなら、もう少し軽く済むんだけどねー」
「いや! 戦いは一騎打ちじゃないと、面白く……」
「はーい、ちょっと痛くしまーす」
「いったーい! もう少し優しくー!」
子供のように泣きじゃくりながら楓の治療を受ける。
「いやー見事、見事。面白いものを見せてもらったよー。」
どう聞いてもお世辞にしか聞こえない、やる気のない賛辞をミコトからもらう。
「特に最後の技。まさか恐竜をこの世界で見ることになるとねぇー」
「はいはいどうも。で? 私たちはあなたのお眼鏡にかかったわけ?」
うーん、とわざとらしく顎に手を当て考える仕草を見せる。
「力不足ではある……。けど面白そうだ。君たちのことを見ているのも悪くない」
するとミコトは、楓に向かって指を指す。
「だが覚悟はしたほうがいい。この先合相見えるのはあの程度のやつではない。サンクティアが現状倒せないと判断した怪物たち。そんな奴らと戦うと言うことを自覚してるか?」
その問いに対し、楓は笑って答える。
「……上等。私はそんな奴らと戦うためにこの子と一緒にいるんだもの」
「……そうか。じゃあ君はどうだ?」
今度はミルルの方を指す。
「え!? ウチ!?」
「そう。君は彼女たちとは関係ないだろう。まあ、見たところ普通の人間ではなさそうだが。世界を相手取って戦う覚悟が君にはあるのか?」
ミルルはしばらく沈黙する。
そして答える。
「……ウチは今まで何もかもから目を背けてきた。でも、もう背けない。ウチは胸を張って前をむくって決めた! だから二人についてく! 例えその先にどんな地獄が待っていても!」
その言葉にミコトは微笑する。
「……そうか。ならば良し! マーガレット・シンフォニーとその仲間たち。君たちのその大それた願望に免じてこの樹海を通してあげよう」
そう言って手を叩くと、ミコトの後方の木々が一斉に横によけ大きな一本の道を形成する。
その先にはひらけた青空が見えていた。
「さあ。この先が出口だ」
「やったー! ありがとう!」
「あ! ちょっと! ミルルー!」
ついに解放される嬉しさからミルルが先行して走り出す。
その後をマーガレットが追いかける。
そんな中、楓は1人ミコトに向かって気になっていた質問をする。
「ねえ。ところで聞きたいんだけど、なんでミコトなの?」
「ん?」
「命って神様に着ける敬称よね? 私で言うなら「楓さん」の「さん」を名前で呼ばせてるような物よ?」
「ああ。そういえば君は日本人だったね」
ミコトは頬杖をつき遠くを見つめる。
その表情は笑って見えるもののどこかもの悲し気に見えた。
「いいんだよ。僕はこの呼び方が気に入ってるんだ。それに、ハクモクレンよりは覚えやすいだろ?」
「まあ……そうね……」
「ほら、行くよ楓」
そう言って楓はマーガレットに腕を引っ張られて先へ進んでいった。
「……ミコト、そういえば懐かしいな」
――ハクモクレンノミコト? なっがい名前ね! ミコトちゃんでいい? そのほうが可愛いわ!
――私、いつかこの世界みんなが平和に生きられる世界を作りたいの! そのために私は強くなる!
「……あの子はどこでなにをしているのかなぁ……」
「あー。しくじったー」
楓との戦闘の後、ウォーカーは木々の根を掻い潜り、何とか樹海の外に脱出していた。
地表に出たウォーカーは体を引きずりながら、近くの岩に何とか寄りかかる。
「まったく……あいつぁ強すぎだ。人間が戦っていい相手じゃないねぇ」
「そんなところで何してるのかなぁ? おっさん?」
突然、ウォーカーは声をかけられる。
ウォーカーが声のした方を見ると、そこにはアーサーとヴェレーノの姿があった。
「おや、隊長とヴェレーノちゃん。おつかれー」
「なにがおつかれーよ。あんだけ大見得きっといてこのざまなわけ?」
「いやぁーまさかあんな強いなんてねぇ。おじさん見誤ってたよー」
ウォーカーはこんな状況でもひょうひょうとした態度は変わらない。
「ごたくはいいわ。つまりあなたは負けたってことよね? じゃあ粛清対象ってことよね?」
そう言ってヴェレーノは笑いながら手から針を突出させる。
「おい、待てヴェレーノ」
「止めないで先輩。こいつを見てるとほんっとイライラする」
そう言って針をウォーカーに向けるヴェレーノ。
だが、それを手のひらを突き出してウォーカーは静止する。
「なに? 今更命乞い?」
「まあ、待て待て。ここで俺を殺すと、二度とマーガレットたちを追跡できないぜ?」
「はぁ? 何言って……。」
すると今度は、突き出した手のひらの人差し指だけを立て、1の数字を表す。
「マーガレットの髪の毛。その一本に俺の黒狂犬が今噛み付いてる。痛みすら感じないほど小さな小さなものだが、奴らは決して噛み付いた肉を離さない。そして、俺はその位置を正確に把握できる」
先の戦闘で、大量の黒狂犬をあの辺り一帯にばらまいた。
そのうちの一匹を保険としてマーガレットにかみつかせたのだ。
「は……ハッタリに決まってる! 死にたくないための苦し紛れの嘘よ!」
「ま、どう思うかはそちらの自由だがね。正直もうあんな化け物とは戦いたくないし。ここで死んだほうが幸せかもなー」
「……こいつ! 殺す!」
怒りが頂点に達したヴェレーノは、言葉の真偽を知る前に針をウォーカーに振りかざす。
だがそれをアーサーが静止する。
「待て。ヴェレーノ」
「せ、先輩……」
「ウォーカー。その言葉に嘘はないだろうな?」
ウォーカーはその言葉に態度が変わる。
まっすぐな眼差しでアーサーを見つめる。
「……アーサー殿。言ったろ? 追跡は俺の十八番だって。例え闘いに負けてもそれだけは遂行して見せる」
その力強い言葉に、アーサーはしばらく沈黙した後再び口を開く。
「よし。ならば一緒に来い。やつを見つけ出す」
「せ、先輩! こんなやつのことを信用するんですか!?」
「確かにこいつはいい加減な男だが、こと仕事においては常に結果を出している。こいつの実力に関しては、私は信用している」
「ありがとよアーサー殿! あんたなら信じてくれると信じてたぜ!」
アーサーに感謝の言葉を述べたのち、ヴェレーノに対して勝ち誇ったようにニヤけながら視線を向ける。
その表情に対し、奥歯を噛み締め、悔しそうな表情で見つめる。
「さあ、行くぞ。時間が惜しい」
そう言ってアーサーはそんな二人の間に割って入りウォーカーを肩で担ぐ。
「え? ちょっと待ってこのまま? 俺今めっちゃ重症なんだけど?」
「知らん。回復魔術くらいはかけてやるが、休んでる暇などない」
「いやいやいや! 流石に休暇が……。い、いたたたた! もっと丁寧に運んでくれぇ!!!」
さっきまでの余裕の表情が一変。その雑な扱いに喚き始める。
「うるさい。あまり騒ぐと置いていくぞ」
「勘弁してくれぇ! ヴェレーノちゃーんあんたの先輩止めてくれぇ!」
「話しかけんなおっさん。そんなに休みたいなら私が永遠に休ませてあげましょうか?」
「助けてくれぇえええ!!!」
こうして、3人はキリカラ樹海を後にした。
白鹿の勇者 白木蓮命
ギフト "楽園”
とある世界で神として人々に崇められた存在だった。巨大な庭園の中心、その大きな社の中に住み千年以上人知れず人々を見守り続けていた。しかし、時代が進むにつれて人々は神に祈らずとも自らの力で未来を切り開く力を持ち始め、いつしか彼を崇めるものはいなくなっていった。いつしか自分はもう人類には必要ないのだろうと悟り自ら消滅の道を選んだ。
しかし、悔いはなく、むしろ長年見守ってきた人類が自分なしで生きていけるほど成長し満足した気持ちで消滅していった。
こうして白木蓮命は消滅し、この世界に召喚されることとなった。
ちなみに彼が住んでいた庭園内には多くの鹿が住み着き観光のひとつとなっている。白木蓮命も鹿が好きで当時はいつも近くに侍らせていた。しかし、観光客が配る彼らのおやつ、「鹿せんべい」に対する執着具合については若干引いている。




