第12話 圧倒と切り札
「三人とも、ここから逃げるわよ。捕まってる人たちのところに案内して。ミルルは私が運ぶから」
オズワルドの方は楓に任せ、マーガレットは3人をここから逃す準備を始める。
「え……。でも……あっちのお姉さんは……」
「大丈夫。あの人は強いから」
マーガレットはミルルに肩を貸しながら歩き、子供達2人を先に行かせた。
ミルルは朦朧とする意識の中マーガレットの耳元で囁く。
「ごめん……迷惑かけて……」
「その言葉は私じゃなく楓に言って。……私はそもそもここに来ることも否定的だったんだから」
「……それでも……来てくれた……」
目を伏せながらミルルはなんとか言葉を紡ぎ出す。
こんな姿をしている者になんて声をかけたらいいのか、マーガレットにはわからなかった。
「おい! 何勝手に逃げてるんですか!? そいつらは私のものです! 勝手に……」
喚き散らすオズワルドの言葉は、楓が大きく地面を踏み鳴らすことで遮られる。
ビクッとオズワルドは体を震わせる。
「お前の相手は俺だ。あいつらを追いかけたいんなら、俺を倒していけ」
「……は、はっ! たかだか奇襲がうまく行った程度で調子に乗るなよ! 正面切っての戦闘なら私は誰にも負けないんだ!」
オズワルドは再び血流の流れを操作し、身体能力を上げる。
体の体温が上がることで蒸気が発生、肌の色が赤みがかっている。
「死ね!」
勢いよく飛び出し、楓に向かって渾身の一撃を繰り出す。
だが、楓はそれを難なく避ける。
「何!?」
オズワルドは続け様に攻撃。
しかし、どれだけ攻撃を繰り出そうとも、一発も当てることができない。
楓はそれを見てため息をつく。
「はぁーつまらない……。お前、ど素人だな?」
「なっ……!」
「生前は戦士ではなかったんだろう。それをこの世界に来て、なんだか強い力を手に入れてそれを見せびらかしているだけ……」
「ふ、ふざけるなぁー!」
オズワルドは怒声を上げ突進。
しかし楓はそれを意にも介さず正拳突きを腹部に繰り出す。
オズワルドは苦悶の表情を浮かべ、血反吐を吐きながら吹っ飛んでいく。
普段は嬉々として技を繰り出す楓だが、これは技ですらなかった。
それほどに2人の間には差があった。
「うがぁあ……!」
「はぁ……。弱い、見苦しい。お前のような奴はとっとと殺すに限る」
楓は最後のとどめを指すためにジリジリと近づく。
このままでは殺される。
そう頭によぎったオズワルドは力一杯叫んだ。
「ぜ、全員来い! 敵を殲滅しろー!」
その声と同時に奥の壁が破壊。
中から魔物、人間が飛び出してくる。
全員目が虚。
どうやらオズワルドのギフトに操られているらしい。
「ああ、鬱陶しい」
どれだけ敵がいようとも有象無象では楓の相手にすらならない。
当然、オズワルドにも倒せないことは分かっていた。
だがオズワルドの狙いはそこではない。
(あんな化け物敵うわけがない! こいつらだって何分持つかわからないが、この隙に逃げるんだ!)
オズワルドの真の狙いは逃げるための僅かな時間稼ぎ。
もちろん、それも大した時間は稼げない。
しかし、オズワルドにとってそれで十分だった。
彼女たちさえ手に入れば。
楓が戦っている一方、マーガレットは捕まってる人たちを全員助けるべく奔走していた。
「マーガレット! これで全員!」
傷を治してもらったミルルも解放の先導をしていた。
見張りは全員倒し、奴隷たちの枷を外す。
傷を負ったものはマーガレットが治し全員を外に逃がしていった。
「よし。それじゃあこのまま……」
「見つけたぞ……」
その声に、その場にいるもの全員が視線を向けた。
楓と戦っていたはずのオズワルドがそこに立っていた。
腹を抑え、額に汗を滲ませながら。
(なんでこいつが!? 楓は何してるのよ!)
「俺の所有物が勝手な真似を……。まあいい。用があるのはそこの2人だ!」
そう言ってマーガレットとミルルを指さす。
「あの女は強すぎる。だが、お前たちが盾となればあの女とて手出しできないだろう。俺のギフトでお前たちを操らせてもらう!」
そう言ってオズワルドは二の腕あたりを噛み血を滴らせる。
そんなオズワルドの前にミルルが立ち塞がる。
「オズワルドォ!」
奥歯を噛み締め、血走った目で睨みつける。
「あんたはここでぶっ殺してやる!」
「黙れ! 薄汚い野良犬の分際で!」
2人が同時に向かい合う。
互いの戦力差はすでに証明されている。
傷を負っているとはいえミルルに勝ち目はない。
しかしミルルは怒りで我を失い、無謀な戦いを挑もうとしている。
誰が見ても勝敗は見えた戦いが始まろうとしていた。
が、そんな2人の間に、マーガレットは割って入った。
「ここは、私がやる」
一触即発の2人の間にマーガレットが割って入る。
「な、何言ってるの!?」
「ただの人間じゃ勇者には勝てない。それはさっきの戦いでよく分かったはずでしょ?」
「そ……それはあなたも同じでしょ!? あなたに何ができるって言うのよ!」
「大丈夫、任せて。とっておきを使うから」
そう言ってマーガレットはオズワルドに近づく。
「なんだお前……。お前から先に操られたいか!」
オズワルドは体中から凄まじい蒸気を上げ、鬼の形相を浮かべて突っ込んでくる。
それに対しマーガレットは冷静にポケットから皮袋を取り出す。
それはかつてミルルが奪おうとしたもの。
マーガレットがピンチの時握りしめる切り札。
革袋の紐を解き、中のものを取り出す。
中に入っていたのは縁の部分が鮮やかな赤で彩られた、手のひらに収まるほどの鏡。
マーガレットはその鏡でオズワルドを映す。
「"数多を欲する咎人よ。今ここに空虚な契りを断ち、真の姿をその身に写せ!"」
マーガレットは鏡を持ちながら目を閉じ、何かを唱える。
すると鏡が少しずつ光を放ち始める。
「な、なんだ!?」
あまりに眩い光のためオズワルドは目を覆う。
故に気が付かなかった。
同時にオズワルドの体からも光が漏れ始めているということに。
「"天与剥奪"!」
次の瞬間、オズワルドから出た光が鏡の中に吸い込まれていく。
この状況に何かを悟ったオズワルドは光を掴もうと手を伸ばす。
「や、やめろー! それは……それを! それを持っていくなぁああああ!!!」
オズワルドから発せられる光はどんどん小さくなっていく。
それに比例するように鏡の光はより強くなっていく。
「私の家は勇者召喚の儀式についての研究を行っていた……。そしてその過程で見つけ出した。勇者からギフトを奪う魔術を」
全ての光を吸収した鏡をマーガレットは頭上に掲げる。
それは目が眩むほど眩い光を放ち、部屋全体を白く照らしている。
ピシッ。
だがしばらくすると、鏡からヒビが入る音が聞こえてくる。
「鏡を媒介とし、相手の姿を映す。映った虚像の中にギフトを吸収。そしてその鏡が壊れれば……」
音はどんどん大きくなりついに鏡が割れバラバラに地面に砕け落ちる。
「虚像と一緒に、ギフトもこの世から消滅する。これであんたはただの一般人よ」
「ああ……。あぁあ」
オズワルドは両手で顔を覆う。
さっきまで発していた蒸気はもはや消え、筋肉も通常の人間と同じように戻っている。
ギフトを失った。
その喪失感はオズワルド本人が一番よく分かっていた。
「……えない……。」
しかし、その事実を受け入れることはできなかった。
「ありえないぃいいい!!!!」
オズワルドは髪を振り乱しながら、泣きそうな表情でマーガレットに拳を振り上げる。
「往生際が……悪い!」
マーガレットはその顔面を思いっきり殴り飛ばす。
もはやこんな攻撃も避けられなくなってしまったオズワルドは、殴った勢いで後頭部から地面に倒れそのまま動かなくなってしまった。
「これで……よし……」
勢いよくパンチを放ったマーガレットは突然よろめき始め、そのまま倒れ込みそうになる。
そこに、
「よっと」
駆けつけた楓が優しく受け止めた。
「か、楓……。いつから……?」
「うーん。鏡とあいつがめっちゃ光出したときかな」
マーガレットは目を伏せる。
あれは楓にも正体を隠していた奥の手。
楓を含め勇者全てを否定する魔術だ。
「楓……。あれは……」
「いろいろ聞きたいところだけど……。今はとりあえず……」
楓は背中に回した腕をマーガレットの頭に乗せ優しく撫でる。
「お疲れ様。よく守ったわね」
「……あなたが討ち漏らさなきゃ私も戦わなくて済んだんだけどね」
「ご……ごめんなさい。油断しました……」
マーガレットは小言を言いつつもその言葉にほっとしたように楓の体に身を預ける。




