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第8話 人間狩り

 楓、マーガレット達と別れたミルルは住処である経済都市「パルマ」、その端にあるマチル町へ戻った。

 

 「パルマ」。

 サンクティア王国の都市のひとつ。


 規模で言えば商業都市「マルカナ」と同等の大きさだろう。


 しかし、その様子は大きく異なる。


 町は荒廃が進み、あたり一体に廃墟が立ち並び、行き交う人々はみな貧相な格好をしている。


 大通りには市場が開かれているが、カビた野菜や、ゴミ溜めから見つけてきたジャンク品が並んでいる。


 とても同じ国の、同じ都市の風景とは思えない。


 こんな有様になってしまった原因はすべて新しい領主にある。

 

 近年領主が新しくなり、貴族を優遇し平民を苦しめる政策を打ち立てたことで都市内の身分格差が激化。

 

 その結果、都市の中心地には裕福な生活を送っている貴族達が集まり、そのほかの町には明日の生活もままならない浮浪者が住むスラム街となり果てていた。

 

 マチル町もそんなスラムのひとつ。

 

 インフラ設備が行き届いておらず、サンクティアの治安維持のため見回りをしている聖騎士もここにはいない。


 生活するには最悪な場所ではあるが、聖騎士の目がないため外ではまともに生活できないような訳アリの無法者たちが隠れ家として利用している。


 ミルルもまたその無法者の一人。


「ミルル姉ちゃん! おかえり!」


 ミルルが町に入ると、あたりの子供達が駆け寄ってくる。

 

「はーい、ただいまー。みんな元気してた?」


「うん! 元気だよ!」


「ねぇ! お土産は?」


 子供達の中から赤髪の少年がミルルに抱きついてねだる。

 

「あーごめんねーカイン。今日は無いんだー」


 ミルルはカインと呼ばれる少年の頭を撫でながらなんとか宥める。


「えーつまんない!」


「ちょっとカイン! わがまま言わないの! ミルルお姉ちゃんは忙しいんだから!」


 そう言ってカインを無理やり引き剥がしたのは砂埃で少し汚れた長い白髪が特徴的な女の子、カナだった。


「うるせーよカナ! 俺は姉ちゃんと話してるだろ!?」


「なんですってー!」


 やんちゃなカインと、しっかり者のカナ。

 

 性格が合わないこの2人はいつも喧嘩している。

 

 それを宥めるのはいつもミルルの役目だった。

 

「はいはい。2人とも喧嘩しないの。今日はお土産ないけどその代わり……魔道具の実験、手伝ってもらおっかな?」


「「本当!?」」

 

 その言葉に子供達は嬉しそうに見つめてくる。

 

 さっきまで歪みあっていた2人も同じく目を輝かせている。


 ミルルの言う実験とは本物の魔道具の研究を手伝ってもらうわけではない。

 

 あくまで子供のお遊び程度のもの。

 

 それでも子供達にとって不思議な体験ができる人気の遊びだった。


「じゃあ。お昼過ぎに広場でやりましょ。お姉ちゃんは準備してくるわねー」


「「はーい! バイバイ、ミルル姉ちゃん!」」


 そう言ってミルルは子供達と別れ自分の住処に戻った。



 

 人の管理が行き届いていない、放棄された住居。

 

 ミルルはその家のドアを無造作に開け、すぐさま2階に上がる。

 

 2階の部屋には巨大な作業用机、さまざまな素材や道具が入れられたいる棚、そして埃まみれのベットが置いてあった。

 

 部屋についたミルルはバックパックを無造作に床に捨て、ベットに飛び込む。


「あー。疲れた……」


 枕に顔を埋めながら呟く。


「結局何にも稼げなかった……。まったく……。なんなのよあいつら……」

 

 ミルルは楓とマーガレットのことを思い出す。

 

 今まで狙った獲物は逃さなかったミルルも、圧倒的な戦力を持つ彼女達にはなす術がなかった。

 

 挙げ句の果てにこの世界を覆すような大それたことを考え口にする。


 その清々しさはミルルにとってばかばかしくもあり、同時に()()()()()()()()

 

「父さん……。母さん……」


 ミルルは首からかけたロケットの中身を見る。


 そこには楽しそうに笑っている2人の男女、そして女性の方に抱かれている赤ん坊の姿があった。


 ミルルの両親が写っている唯一の写真。

 

 ミルルは常にこれを首にかけているが、これを見ているといつも心がざわつくためあまり中を見ることはない。


 しかし、2人に会ってからどうしても両親のことが頭から離れなかった。

 

「あー! やめやめ! どうせもうあの二人とは合わないんだから忘れなきゃ! それより使った"ドラグスライム"の補充を……あれ?」


 ミルルは腰のあたりを触って違和感に気づく。

 

 あるはずのものがそこにはなかった。

 

 ミルルは急いで全身をくまなく探し、バックパックの中身もひっくり返しながら確認した。


「無い……。ドラグスライムのフラスコが……」


 一体どこで落としたか……。

 

 なんとなく検討はつく。

 

 マーガレットに見せた時だ。


 急いで身支度したから気が付かなかった。


「あーもう! 何やってんのよウチ!」


 ミルルはその場で頭を抱える。

 

 例えあの場に今から戻ってもおそらく2人がもう見つけているだろうし、その場に放置するとは考えられない。

 

 かと言って自分のだから返して欲しいと言っても、持ち物盗られかけた相手の持ち物を快く返すわけがない。

 

 そもそも彼女達がどこに向ったかすらわからない。


「はぁ……。もういい、諦めよう」


 時間はかかるが"ドラゴスライム"の制作はミルルが自分で考えたものだ。

 

 手順も材料も全て頭の中に入っている。


「とりあえず、今日はあの子達との約束があるから、明日から素材調達を始めて……」


 そんなことを考えていると、外が急に騒がしくなる。


 人々の走る足音。

 何かに怯えた悲鳴。

 

 そんな音がミルルの家の前を通り過ぎていく。


 ミルルが気になって窓の外を見ようとすると。


「お姉ちゃん! いるの!? 開けてお姉ちゃん!」


 突然ドアを壊さん勢いで必死に叩く音が響き渡る。

 

 ミルルは急いで玄関に向かいドアを開く。

 

 そこには立っていたのは昼間会った子供達。

 大粒の涙を流し、顔をくしゃくしゃにしながら、手が赤く腫れあがるほど必死にドアを叩いていた。


「ど、どうしたの? そんな慌てて」


「お……お姉ちゃん……! 助け……て!」


 女の子が何かを言おうとするが、涙を流して嗚咽していることとここまで走ってきたことが重なり、うまく話せない。


「落ち着いて。深呼吸して。一体どうしたの?」


 ミルルはその子の肩を掴み、しゃがみ込んで同じ視点から話す。


 女の子は少し落ち着き、ぽつりぽつりと話し始める。


「カインと……。カナが……。()()()()()()()()()()()()()()()()……。助けてお姉ちゃん!」


 ミルルはその言葉に全身から血の気が引くのを感じた。




 人間狩り。


 暇を持て余したパルマの貴族達が行うハンティング。


 パルマは今、危機的経済格差を生んでいる。

 

 しかし領主はその格差を埋めることを行わなかった。

 

 それどころかより残酷な結論を出した。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 あまりに傲慢、あまりに残酷なその言葉。

 

 受け入れられるわけがないその言葉に中央の貴族達は賛同した。


 そしてたどり着いたものが、スラム街の人々を相手に行う人間狩りだった。

 

 彼らを捕まえ中央に連れて行く、そこで競売に賭け奴隷として売り捌く。

 

 奴隷商売は都市の中からも外からも客が来る一大産業。

 

 中央の貴族達は己の暇つぶしとなり、生産性のないスラム街の住民は貴族の利益として生まれ変わる。

 

 あまりに人道を無視した娯楽と産業がここで行われていた。


 そして今日も多くの人々が奴隷として連れてこられた。

 

 狩られた人々は競売かけられる前、領主が所有する倉庫にいったん集められる。

 

 そこはパルマのハズレにある地下室。

 窓が天窓しかないため昼間であろうと薄暗い。

 またろくに掃除もしていないのか埃が宙を舞い、かび臭いにおいがあたりに充満している。

 大きく息を吸い込めば咳が止まらなくなる。

 

「……ミルルお姉ちゃん……」


 そんな地下室の檻の中、カナ膝を抱え、目に涙を浮かべながらミルルの名を呟く。


 腕には手枷を付けられていて逃げることはできない。


「泣くなよカナ! 俺がなんとかしてやるから!」


 そう震えた声で強がったことを言うカインだもまた腕に手枷が付けられている。


「なんとかって……。どうするのよ……」


「そりゃなんとかするんだよ! まだ……何も思いつかないけど……。とりあえずその辺の奴らをなんとか倒して……」


 ガン!


 突然檻の鉄格子を叩く音が響き渡りカインはビクッと体を震わせる。


「静かにしろブタどもが! ったく、なんで俺がこんなところでこいつらの相手しなきゃいけねぇんだよ」


 檻の扉の前に立つひと際体格のいい男が眉間にしわを寄せ、鉄格子を叩きながら心底めんどくさそうに舌打ちをする。

 

「まあそう言うなよ。報酬はいいんだからよ」


 周りの男たちが何とかなだめる。


 この倉庫にいるのは全部で4人。

 全員領主に雇われているごろつきたちだ。


「だかよぉ…」


「騒がしいですねぇ」


 そのやりとりの後ろから声をかけてくる男が1人。


 七三分けの髪型に、黒いタキシードを見にまとった男性。


「オ、オズワルド様……。」


 彼が入ってきた瞬間、男たちは全員跪いた。


 新領主オズワルド・クロード。

 もと聖騎士メンバーにして、()()()()()()


 これほどの圧政を強いる領主に対し、住民は何故反発しないのか。

 

 それは当然な話で、一般人が勇者に逆らうなどできないからだ。

 

 倉庫に入ったオズワルドは、髪を整えながら檻の中を見る。


「どうです? 首尾は」


「はい。本日はざっと40人ほど。品質も悪くありません」


 大柄の男から、捕まった住民の人数を聞いて、オズワルドは顎に手を当て考え込む。


「ふむ……。40人ですか……。でしたら1人くらい使い潰しても……問題ありませんね。ひとり檻から出して奥の部屋に連れてきなさい」


 その命令に大柄の男が檻の中に入り、捕まえて人々の品定めして行く。

 

 そして、ひと際体の小さい少女に目をつけた。


「お前だ。来い」


「いやぁ……。やめて……」


 体を震わせ怯えながら後退りする少女に手を伸ばそうとすると……。


「や……やめてください……!」


 カナがその少女と男の間に割って入る。


「あ? 死にてえのかてめぇ」


 大柄の男は額に青筋を浮かび上がらせ、カナを見下す。


 まるで鬱陶しいハエでも見るかのような目つき。


 カナもその視線を一身に受け体が震えているが、決してその場を動こうとはしなかった。


 「カナに手を出すな!」


 その様子を見ていたカインは男の腰のあたりに組み付く。

 

 精一杯の突進だったが、体格差がありすぎてびくともしない。それでもカインは組み付くことをやめなかった。


 だが、


 「うざってえなあ!」


 「うごっ……!」


 男はカインの腹部に膝蹴りを入れた。

 

 短い嗚咽とともにカインは体を丸めてその場にうずくまる。


「イキがってんじゃねえよクソガキが」


 カインを蹴り飛ばした後、再びカナに視線を向けようとする。


 しかし、カインは諦めなかった。

 

 蹴られた腹部を抑えながら男の足首を掴む。

 

「カ……カナに……!」


「ちっ! 鬱陶しいガキだなぁ!」


 男はカインの手を振り解き、踏みつけるべく足を大きく上げる。

 

「もういいです。やめなさい」


 しかし、その行為はオズワルドの言葉で止められた。


「オ、オズワルド様……、しかし……」


「時間の無駄です。その2人を実験台にすればいい。すぐにその2人をここへ連れてきなさい」


 そう言われた男は舌打ちをしながら2人の服を無造作に掴み持ち上げられ連れていかれた。


 奥の部屋にたどり着くと、二人を床に無造作に投げ捨てる。


 それと同時にオズワルドが指を鳴らす。


 すると奥の部屋から何かの唸り声が近づいてくる。


 銀色の体毛、血走った眼光、そして唾液が滴り落ちている巨大な牙。


 恐ろしい形相を浮かべた巨大な狼のような魔物が部屋の奥から姿を現す。


 「最近捕まえた中型の魔物ですがね。私の能力が魔物に対してどこまで適応するのか少々実験したかったんです」


「血判の勇者 オズワルド・クロード」。

 ギフト名"血の契約(ディアセーケー)"。


 自分の血を相手に飲ませ、洗脳する力。生き物なら人間に限らず、動物、魔物にも有効。


 オズワルドはこのギフトを利用して貴族達を操り、短期間でこの都市の地位を確立した。

 

「さあ。この2人を食い殺しなさい」


 そう言うと魔物はよだれを垂らし、鼻を鳴らしながら近づいてくる。

 

 カナは腰が抜け、動くことができない。

 

 カインも腹部の痛みで意識が朦朧してしているため立つことすらできない。

 

 2人ができるのは身を寄せ合うことのみだった。


「……けて……」


 消え入りそうな声でカナが呟く。こんな時いつも助けてくれる頼りになる彼女の名前を。


「助けて……助けて! ミルルお姉ちゃん!」



 バリン!



 突然、窓が割れる音が部屋中に響きわたる。

 

 誰かが窓をケリ破って侵入してきたのだ。


 全員がその方向へ一斉に視線を向ける。


「ごめん! 遅くなった!」


 そこには二丁の銃を構えながら華麗に着地を決めるミルルの姿があった。

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