夢に目覚める者
また、あの夢だった。
空が割れて、星が逆さに降る。
夜が水のように揺れて、世界が言葉のない叫びで満ちる。
私はそれをただ見ていた。
夢だとわかっていた。けれど、目覚めてからも耳に残るあの「音」は、現実のものだった。
目を覚ましたのは、いつもの部屋。
カーテンの隙間から、灰色の朝が覗いていた。
スマホの時計は、2:22を示していた。
また、“あの時間”だ。
私は、昔からちょっと変だった。
夜、誰もいないはずの廊下に誰かの気配を感じたり、
教室の窓の外に、ふわりと浮かぶ“文字のようなもの”が見えたり。
他の人に話しても、当然ながら笑われた。
「夢でも見てたんじゃないの」って。
でも、私は夢の中でも起きている。
いわゆる“明晰夢”。
自分が夢の中にいると自覚しながら、そこに立っている。
だけど最近、夢と現実の区別がつかなくなってきていた。
眠りにつくたび、私は“同じ場所”に立っている。
そこには、夜しかない。空も地も、名前のない静寂に包まれている。
その夜も、私は夢に落ちた。
気づけば、闇の中。
空はざわつき、星はにじみ、風が何かをさらっていく。
ここは、あの夢の世界。
でも、今日のそれは何かが違っていた。重さがある。音も、匂いも、確かに「存在」していた。
私は歩き出す。誰に言われたわけでもなく、ただ進まなければならない気がした。
しばらく歩いた先に、石碑のようなものが立っていた。
表面には、読めないはずの文字が刻まれていた。けれど、それは私の中に“入ってくる”感覚だった。
《器、目覚める時 言の葉は灯となり 影を裂く》
誰かが私を呼んだ気がして振り返る。
そこには、もう一人の「私」が立っていた。
影のような存在。けれど、私の目をしている。
声も、私に似ていた。
「誰のために、空を見上げてるの?」
私は答えられなかった。
ずっと何かを探していた気がする。でも、それが何なのか思い出せない。
「君は“器”なんだよ。ここに来るべくして来た」
影の私が言う。
「この世界は、壊れかけてる。欲望が地を侵し、記憶がバラバラになって……でも、まだ灯は残ってる」
そのとき、空の深くで、何かが灯った。
まるで私の胸の奥に火がともったようだった。
私は自分の手を見る。掌から、白い光がこぼれていた。
「これが……私の中にあった?」
影の私が微笑む。「“言の葉”は君の中にある。それがこの世界を照らすもの」
空が揺れた。星が一つ、音を立てて落ちた。
私はその光を抱きしめるように目を閉じる。
そして、ただひとつの言葉を胸に刻んだ。
「また、夢を見よう」