白い本に、綴る者
嘘ばかりの物語でも、誰かの真実になれば、それでいいと、思っている。
記録とは、忘れないための祈りだ。
彼らの本を開くたび、私は静かに、かつての自分を思い出す。
まだ、名前を持っていた頃のことを。
白い本は、今日も静かにページを待っていた。
ペンを走らせる音だけが、朝のカフェに響いている。
「今日の記録――夏目漱石、一行。名なし」
その文字を見つめながら、私は、少しだけペンを止めた。
私は、福沢諭吉を名乗っていた。
名を広げることに成功し、言葉を届けることにも成功した。
だが、それは“私の物語”ではなかった。
人は、名前で言葉を読む。
思想家と呼ばれ、創作を許されなかった日々。
私の言葉は、いつしか“福沢諭吉の思想”としてしか届かなくなった。
私が書いた物語は、全部“お前がそんなことを書くはずがない”と消された。
学問のすすめを書いた人間が、嘘や物語に踏み込むと、痛いほどの拒絶が返ってくる。
“福沢諭吉”は、空想を書いてはいけない名前だった。
それを“思想”として読まれるうちに、筆が折れた。
それ以来、私は名を棄てた。
他人の物語を記録する者となった。
今でも“福沢諭吉”は、この部屋に入ってこない。
来客もなく静かな午後、棚に誰も置いていない本がある
白いカバー、タイトルも筆者名も、何も書いていない本。
この日のために、誰かが、もしくは自分が置いたのかもしれない。
ページをめくると、中には――
『学問では届かない心が、この店にはある。』
_福沢諭吉
自分の“過去の原稿”
誰かがここに置いたのか。
……それとも、昔の自分がここに置いたのを、忘れていただけか。
それならそれで、いい。
かつて「誰にも渡さなかった物語」が、今になって自分の手に返ってきた。
「、珍しいこともあるものですね」
私の名前は、今日も記録されない
けど、ページの端にだけ――一文字、残しておこう
白いカバーの本にさらさらと筆記体で書かれたFの文字
マスターは本を閉じ、開店のベルの音に顔を上げた




