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CAFE 「Lie Stage」   作者:
第一章
3/5

静かな読書

鮮やかな赤が、今日のこの店には似合いすぎていた。

紫琴の笑い方が、ほんの少しだけ軽すぎた昨日のことを思い出す。

指先で赤いカバーを撫でながら、俺はそっと、ページをめくった。


最初の数ページで、これは“普通の嘘”ではないとわかった。

綺麗すぎる言葉が、逆にひどく痛かった。

きっとこれは、“誰にも読まれたくなかった本”なのだ。


紫琴が、本当に誰に渡したかったのか。

答えは、黙っていても届くように書かれていた。

誰にも読まれたくなかった物語を、誰かに渡すと決めた勇気が、行間に滲んでいた。

嘘で守ってきた人間が、本気で書いた嘘は、真実より痛い。

名前は書かれていない。

だが、これは“田山花袋”を呼ぶための物語なのだと気づいた。


気づけば次々にページをめくっていた。

最後のページには、水が落ちたような、小さな跡があった。

ページを閉じる手が、一瞬止まった。

読み終えた後、鴎外はしばらく本を見つめたまま動かなかった。

鴎外は、静かに本を閉じた。

辛かっただろう、苦しかっただろう、其れを表に出さずにいることが、どれほど大変なことか。

これは、誰かに渡された本ではない。置かれた本となる方がふさわしいのだろう。

だが、

「マスター、これを預かってもいいか?」

「なぜですか?」

「渡された気がするんだ。……言葉じゃなくて、全部」

「…わかりました。大事にしてくださいね」


赤いカバーを取り外し、黒いカバーを付けた。

「あいつ、強いな。俺なんかより、ずっと」


鴎外が去ったあと、白い本を手に取り、マスターは記録を書いていた。

『こわれ指環』――渡した者:紫琴 受け取った者:鴎外

備考:静かな返事


カフェの灯りが消えた。

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