CAFE 「Lie Stage」
駅から3分。喧騒を抜けた裏路地に、灯りの控えめな店がある。
名は、「Lie Stage」。
本を持って、名を隠しに来る者たちが集まる、少しだけ嘘くさい場所。
カラン、カラン
「やぁ、マスター」
黒いマントを羽織った、茶髪の男性。
年齢は、20代後半だろうか。
「こんばんは、本日はどんな御用で?」
「部屋へ」
そういいながらその男性は、黒いカバーのかかった本を差し伸べた。
この喫茶店では、本にカバーをつけることがルールとなっている。
マスターは本を受け取り、あるページを開き、何かを確認した後、奥の扉を開いた。
「いらっしゃいませ、漱石さん」
マスターの少し低い声が響いた。
「漱石さん!こんにちは、お久しぶりですね」
柔らかな女性の声が聞こえてくる
「ああ、久しぶりだな、紫琴」
「今日は何の小説を持ってきたんですか?」
今度は茶色のカバーがかかった本を取り出した。
「ああ、今回は"彼岸過迄”をな」
「私は"こわれ指環”ですよ~!」
紫琴、と呼ばれた女は、赤いカバーがかかった本を取り出した。
「龍之介は来ていないのか?」
「龍之介さんはさっき帰りましたよ」
「すれ違いか」
「お気に入りですものね!」
「あいつの書く小説が楽しみだからな」
「ほんと、仲良しですよね~」
「そう、なのか?」
「仲良しだとおもいますよ~!」
「そうか」
「お前は本当に明るいな」
「この世界では口調くらい自由にさせてもらってるの~」
本を読みながら二人が会話をしていると、
ガチャ、という音とともに、冷たい空気が一瞬、室内を撫でた。
「、漱石、紫琴もいるのか」
「あ!こんにちは!鴎外さん!」
鴎外と呼ばれた男性は、
黒髪を撫でつけた鴎外は、紺のスーツにカッターを胸ポケットに差していた。
鋭利なものが似合う男だった。
其のカッターを右手に持ち、カチカチと音を鳴らしながら本を取り出した。
カッターを戻し、青いカバーの本を両手で持ち直した。
「今日は、"舞姫”だ」
「いいですね~!」
「読んだことがないな」
「貸す」
「今度な」
「私にも!」
「、了解」
「ほんと静かですよね~、鴎外さんって」
「その方があっているんだ、放っておいてやれ」
「はーい」
鴎外は少しだけ、言葉を選ぶように口を開いた。
「我に彼岸過迄を貸してくれ」
鴎外の指先が、黒いカバーの角をそっとなぞった。
「感謝」
「じゃあ、俺はこわれ指環を」
漱石の声は、いつもよりほんの少しだけ、柔らかかった。
「じゃあ、私は舞姫を」
紫琴は、その青い本を両手で受け取った。
まるで、壊れ物を扱うように。
それぞれの本を読みながら、夜が更けていく。
マスターが白い本に何かを書き込み、静かに灯りを落とした。
記録された名前たちが、今日も静かに、カフェの奥でページをめくっていた。
※紫琴が持っていた「こわれ指環」は、実在の明治期小説です。気になる方は検索どうぞ。