振り向けばそこに
私はリューイと別れて王族の私的な区域に来ていた。
「では殿下、ここで二手に別れましょう。その温室には私が見に行きますので殿下は殿下にしか捜せない場所へ向かって下さい」
リューイにその様な提案をされたのだった。
「王族の私室がある建物は私や騎士は簡単に入れませんし、迷い込む者もまず居ないため捜索は後回しにするはずですから」
「シルヴィアとて同じだろう。入り込めるはずのない場所を捜してどうする」
「あいつは人の考えの及ばない事を簡単にしでかす奴なんです。弱虫のくせに変に大胆で肝が据わってる所もある。何て言ってもこんな時に逃げ出せる奴ですからね」
そんなやりとりもあって、まさかとは思いつつ私室のある王族専用の居住域に来たわけだ。だがそこには護衛騎士がきちんと配置されていて小動物でさえ入り込める様には思えない。私が近づけば彼らはすぐに気づき敬礼し道を開けた。
「ここを通った女の子は居なかったか」
「何者もここを通ってはおりません。シルヴィア様が行方不明とは伺っておりますが、勿論お通りになどなってはおりません」
「そうか、引き続き警戒を頼む」
「は!」
やはりここを人知れず通過するのは熟練の間者であっても無理だ。この先にシルヴィアが居るはずがない。とりあえず人気の無い廊下を進むがこれでは言いつけを守って自室へと戻ったと思われ、父に情けない奴と後でバカにされかねない。やはり今からでもリューイの方へ合流しよう、そう考えて踵を返す。
「うわ!?」
「きゃっ、ごめんなさい」
振り向くとすぐ後ろに人が居て思わず大きな声を出してしまった。向こうもとても驚いていて顔を手で覆ってうずくまってしまった。
「シ、シルヴィア?」
今は手で覆っているが一瞬見えた顔は確かにシルヴィアだった。うずくまる肩に柔らかく流れる絹の様な髪も彼女の色で間違いない。私が急に大きな声を出すから怯えさせてしまった。震える彼女にどうしたらいいのか分からずにいると、遠くから俺の異変を察知した優秀な見張りの騎士が駆けつけようとする気配がした。このままでは私がシルヴィアに乱暴したと誤解されないかと想像してしまい咄嗟に彼女の肩を抱き起こして自室へと駆け込んだ。
「殿下!?どうかされましたか!」
「何でもない!それよりも見張りから離れるな!シルヴィアが知らずに通ったらどうする!」
「は!失礼致しました!」
ドア越しにやり過ごし騎士の遠ざかったのを確認するとホッと息をついた。それまで夢中でシルヴィアを抱きしめたままだったのを思い出し慌てて解放する。
「す、すまない!」
そう言って体を離す私に顔を手で覆ったまま首をブンブンと横に振っている。抱きしめていた事を気にするなという事かと都合よく解釈して、そっと彼女の背に手を添えソファへと導き座らせた。
ソファに体を落ち着けても彼女は顔を覆って俯いている。こんな状態では彼女が見つかったとて婚約式には移れない。落ち着き顔を上げられるまで待つしかないか。
「先程は大声を出して済まなかった。まさかすぐ後ろに人が、しかもシルヴィアが立っているとは思わなかったんだ」
「い、いえ!わたくしも心細さに殿下のお姿を見たら後を追ってしまって、申し訳ありません」
心細かった所で私を頼ってくれたと思うと浮かれそうになった。だが、王太子としての立ち居振る舞いを心掛けねばがっかりされてしまうかも知れない。父の言葉も思い出し、努めて冷静を装った。
「それは構わない。君が無事で本当に良かった。ご両親もリューイもとても心配していた。勿論ぼ、私も」
「本当に申し訳ございません、、」
「謝らなくてよい。だが、婚約式会場にいてくれなかった理由を教えてくれないだろか?」
未だに顔を見せない彼女を追い詰めたりしないように気をつけて私はなるべく優しく彼女に尋ねた。