ようやく見れた笑顔
私はただ黙って彼女の答えを待った。首を横に振るようならすぐにグレイ夫妻を呼んで屋敷に帰してあげようと思っていた。彼女を諦めるつもりはないけど。
やがて彼女は動きを見せた。小さく首を横に振っている。
俺は後頭部がぎゅっとなるような感覚に瞼も同時に引っ張られて目を見開いたが、拳を握り締めグッと堪えた。少し前の私だったら癇癪を起こして叫び出していたかもしれない。でも今は彼女を大事にしたい思いが強く、深く息を吐き出して気持ちを落ち着かせた。
仕方なく大人を呼びに行こうと腰を浮かしかけた時、シルヴィアは小さく言葉を吐いた。聞き逃してしまいそうな程小さい声で。
「一番、です」
「え?」
小さい上に手が覆っていて余計に聞こえずらいが、一番と言ったようだ。よりしっかりその声が聞こえるように、浮かしかけた腰を良い事に立ち上がると彼女の隣へと移動して腰を下ろした。
「一番って言った?」
「…はい」
「それはどう言う意味?」
「セシル様が、一番す、好きです。一番じゃなくても良いなんて、言わないで」
今とてつもなくだらしない顔をしている自信があった。シルヴィアがまだ顔を覆っていてくれて良かったと心から思う。
私はシルヴィアに悟られないように深呼吸を繰り返し、落ち着いて話しかける。
「嬉しいよ、シルヴィア。ありがとう」
すると彼女の頑なな腕は少しずつ下ろされ、手の平が顔から離された。おずおずと俯き加減のまま真っ赤な顔で視線だけ向けられる。ただでさえ美人なのに上目遣いとか反則だ。固まってしまう私に彼女は不安そうに眉を下げていく。
「や、やっぱり、醜かったです、よね」
「綺麗だ!可愛い!ある意味誰にも見せたくない!」
泣き出しそうな彼女に慌てて心の声を羅列して叫んだ。私のあまりの勢いにシルヴィアは面食らっている。
「ごめん、やっと目が合って嬉しくて。勇気を出してくれてありがとう」
ホッとする彼女の手をとると立ち上がって部屋の隅に向かった。そこには重厚な壁掛けの姿見がある。姿が映らないように注意して近づき彼女に姿を見てみようと提案した。少し不安そうにする彼女に一緒に鏡の前に立つからと説得する。
「こんなに可愛い僕の婚約者を君にも見せたいんだ」
そう言って先に鏡の前に立つと鏡の外に手を伸ばす自分の姿を写した。さあ、と言って彼女の手を取り、しかし無理に引き寄せたりはせずに彼女自ら歩み出すのに任せた。私の手を強く握って、何度か深呼吸を繰り返すと意を決して鏡の前に進み出た。踏み出す一歩の勢いが強く、私の胸に飛び込むような形になって戸惑ったがしっかりと受け止めた。
「ほら、どう?僕の婚約者、とても可愛いでしょう?」
私に抱かれて立つシルヴィアは本当に可愛い。シルヴィアは初めて見る自分の姿に不思議そうに見入っている。
「こんな顔をしていたのね。お母様とそっくり」
「シルヴィアの方が可愛いけどね」
そんな私の言葉に一瞬で顔を赤くする。
「傷も、アザも何もないでしょ?」
「ええ。では何故鏡を見せて貰えなかったのでしょう?」
「さあ?シルヴィアの可愛さに鏡の女神様が嫉妬するといけないと思ったんじゃない?」
「もう、そんな事ありませんわ!」
そう言ってやっと彼女が笑ってくれた。それは私の見た数えられる表情の中で、一番綺麗な顔だった。