第六話 恐ろしい伯爵家の家長
ヴィルイ様に婚約破棄をされてから一週間後、私はとある家が開いたパーティーに出席していた。
家では酷い扱いをされているとはいえ、表向きはワーズ家の長女として、社交界には顔を出す必要がある。
だが、今回のパーティーは、婚約破棄をされてから初めてのパーティーということもあってか、いつもとは少し違っていた。
「コレット様、ご婚約おめでとうございます! まさか、ヴィルイ様と婚約されるとは思っておりませんでしたわ!」
「色々と酷いことをされていたようですが、大丈夫だったのですか?」
「はい……ですが、あまりエルミーユお姉様のことを、悪く言わないでください! きっと何か事情があったと思いますから!」
私から見事にヴィルイ様を奪ったコレットの元に、続々と貴族の方々がやってきて、お祝いの言葉と噂の真偽を確かめに来る。
そんな彼らを相手に、コレットは健気な令嬢を演出している。
一方、会場の隅で一人で佇む私を見る周りの目は、とても冷たいものだった。
「日頃から虐待していたなんて、酷いお方ですこと……よくもまあ、涼しい顔をして出席しましたわね」
「前々から、大人しくて何を考えているのかわからない方だったからな……」
会場のあちこちから、私に対して陰口が聞こえてくる。
それに対して、聞こえていると意思表示をするために、チラッとだけ視線を向けると、誰もがバツが悪そうに視線を逸らす。
社交界では、色々な噂が飛び交うのはいつものことだ。
でも、たった一週間でこんなに広がるのは、少々想定外だった。居心地が悪すぎて仕方がない。
「あっ、ヴィルイ様! ご挨拶はもう終わりましたか?」
「ああ、さっき終わったよ。待たせて悪かったね、愛しのコレット」
「あんっ、急に肩を抱かないでくださいよ~!」
今日も楽しそうに交流をするコレットとヴィルイ様の姿を、私は遠巻きに見ることしか出来なかった。
本当なら、ヴィルイ様の隣にいたのは、私のはずだったのに……!
「……くすっ」
私の視線を感じたのか、コレットは私に、にこやかな表情を向けながら、手を小さく振った。
そうすることで、コレットは私を許しているような演出をし、私を悪く思っている人間の注目を更に私に集めて、陰口を叩かせる気なのだろう。
相変わらず、嫌がらせに暇がないのは結構だけど、これ以上ここにいたら疲れてしまう。
そう思った私は、いそいそと会場の外にある中庭へとやってきた。
「……?」
中庭に行くと、一人の男性が、短く揃えた白い髪を風で揺らしながら、ぼんやりと空に浮かぶ月を眺めていた。
あのお方は……ブラハルト・アルスター伯爵だ。確か、アルスター伯爵家の若き当主様だと記憶している。
社交界で何度かお見かけしたことはあるけど、ご挨拶をしたことがある程度の仲だ。
あくまで噂で聞いた内容だけど、ご両親とお兄様を事故で亡くしてしまい、突然当主になったけど、しっかりアルスター家を守っていらっしゃるそうだ。
ただ、切れ長な赤と青のオッドアイが少し威圧的なのと、社交界ではあまり喋らないらしく、そのせいで実はとても恐ろしいお方で、怒らせると呪い殺されるなんて噂が囁かれている。
さすがに呪いどうこうは、嘘だとは思うけど……少なくとも、近くにいると威圧感は感じる。
とはいっても、怖いとは思わない。普段から酷い目に合っているから、怖いの基準が他の人と違っているのかもしれないけど。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
えっ、向こうから挨拶されたわ。てっきり無視されるとばかり思ってたから、驚いてしまった。
「…………」
「…………」
……さすがに、このまま黙りこくっているのは気まずいわね……なにか話題は無いかしら……?
「今日は、月が綺麗ですね」
「は、はい。そのようでございますね」
「ここから見える月は、とても美しく見えます。それに、ここはとても静かです。良ければこちらで休息されてはいかがでしょうか」
突然話を切り出すから、何かと思って身構えたら、まさかの私への気遣いだった。
アルスター伯爵の仰る通り、ここはパーティー会場とは違い、とても静寂に満ちている。休息をするには、丁度良いだろう。
「では、お言葉に甘えて」
アルスター伯爵の隣に来た私は、空で優しく光る月をボーっと眺める。
こうして、のんびり月を眺めるのは、あまり経験がなかったけど、思った以上に癒されるかもしれない。
「エルミーユ嬢、最近は大変だったようですね」
「……色々ありまして……って、私の婚約のこと、ご存じなのですか?」
「あれだけ会場で噂の声が上がっていれば、嫌でも耳に入ってきますから」
「そうですわよね……気分を害されていたら、申し訳ございません」
「いえ、お気になさらず」
「…………」
「…………」
てっきり噂の真偽を確かめたり、悪口を言われるものだと思ってたのに、それ以上何も聞いてこない。
聞いてほしいわけではないけど、逆に聞かれないのも、それはそれで変な気分だ。
「あの、お聞きになさらないのですか? 噂は本当だったとか……妹を虐めてた悪女なのかとか……」
「噂など、気にしていたら生活できませんからね。それに、俺にはあなたがそんなことをする人には見えませんから」
「ど、どうしてわかるのですか?」
「目を見ればわかりますよ」
判断基準はよくわからないものだけど、私のことを信用してくれる人がいるなんて思わなかった。
生まれてからずっと、そんな人はお母さんしかいなかったから……とても新鮮で、嬉しくて、思わず笑みが溢れそう。
でも駄目よ。だらしなく笑ってたら、ワーズ家の名前に傷がつくと叱られてしまう。いつも通り、凛とした表情と態度を取り続けないと。
「あなたこそ、俺のことが恐ろしくないのですか?」
「えっ?」
「挨拶をした時もすぐに立ち去りませんでしたし、今もこうして俺と一緒にいるので」
まっすぐと私を見つめる、宝石のように輝く赤と青の美しい瞳は、やはり少々威圧感がある。
それに、お顔がとても整っているからなのか、無表情だと冷たい印象も受ける。
こういった要素が、悪い噂の元になっているのかもしれない。
でも、本当に噂通りのお方だったら、私のことを気にして休めばいいなんて、優しいことを言うはずがない。
だから、逃げようだなんて選択肢が、そもそも考えもしなかった。
「私も、あなたが噂で聞いたような、恐ろしいお方には見えませんでしたから」
「例の噂ですか……自分の目つきの悪さや、色の違う瞳といった、恐れられる要素があるのは自覚してますが……一体どこから噂が流れたのか。おかげで、今も婚約者の一人もおりません。これでは、俺の代で家が無くなってしまう」
「私もご存じの通り、婚約者を無くしてしまいましたわ。ワーズ家のために、早く嫁ごうと思っていたのに……くしゅっ」
家のことなんて一切考えていない私を叱るように、冷たい風が体を撫でた。
さすがに夜は冷えるわね……もう少し暖かいドレスを用意してほしかったわ。
「大丈夫ですか? この時期の夜は冷える……俺のことは気にせず、お好きなタイミングで中に戻ってください」
「だ、大丈夫です。中に戻ると、色々と面倒なので……」
「そうでしたね。俺としたことが、無神経でした。そうだ、あれを持ってきてくれ」
「かしこまりました、坊ちゃま」
アルスター伯爵の近くに立っていらした、ふくよかな女性の使用人は、足早にどこかに行ったと思ったら、すぐに何か持って戻ってきた。
「お待たせしました、坊ちゃま」
「もういい歳なんだから、坊ちゃまは勘弁してくれないか」
「あはは、私からしたら、坊ちゃまはいつまでも坊ちゃまですよ」
「……まあいい、エルミーユ嬢、これをどうぞ」
カラッとした笑顔を浮かべる使用人に対して、アルスター伯爵は少々困り顔になりつつも、私の肩にストールをかけてくれた。
私が聞いていたアルスター伯爵の人物像とは、全然違う。とても優しくて紳士的なお方だ。
……所詮は噂なんてこんなものよね。むしろ、どうしてそんな噂が流れたのか、疑問なくらいだ。
「ありがとう存じます。アルスター伯爵は、とてもお優しいお方ですね」
「どういたしまして。それにしても、こうしてあなたとゆっくり話するのは初めてなのに、なんだかとても落ち着いて話せます」
「私もですわ」
「…………」
「…………」
そこで、またしても会話は止まってしまった。
でも、不思議と最初のような気まずさはない。むしろ、この静かな空気が心地よく感じているくらいだ。
「……失礼。本当はもっと会話が弾めばよいのですが……」
「いえ、この静かでゆったりした心地よい雰囲気を、満喫しておりましたので」
「それならなによりです。ところで、エルミーユ嬢は新しい婚約者の目星はついておられるのですか?」
「残念ですが、まだですわ。あんな噂がある状態で、私と婚約をしてくださる物好きなお方が、いらっしゃるかどうか……」
「……一つ、ご提案といいますか、お願いがあるのですが」
一旦そこで言葉を止めたアルスター伯爵は、片膝をついてから、私に右手を差し出した。
「もしよろしければ、俺と結婚してくれませんか?」
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