第五十五話 ある男の末路
騎士団の人達によって、拘束された家族とエドガー様が馬車に詰め込まれ、騎士団の拠点に向かって出発したのを見送った後、安心感と疲労で、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「エルミーユ!」
「申し訳ございません……さすがに、疲れてしまいましたわ」
「あれだけ慣れないことをやったり、慣れない状況に遭遇すれば、誰だってそうなるさ。本当に良く頑張った」
ブラハルト様は、座り込む私の肩に手を置きながら、ねぎらいの言葉をかけてくれた。
そして、そのまま私のことを優しく抱きしめ、頭を撫でてくれた。
「ブラハルト様こそ、お怪我はございませんか?」
「ああ、どこも怪我してないよ」
「それならよかったですわ。守っていただいたことには、深く感謝をしておりますが、あまり無茶はしないでくださいませ」
「エルミーユを守らなくてはと思ったら、自然と体が動いてしまってね。エルミーユに暴力はよくないと言っておきながら、自分が暴力に頼るなんて、全く情けない」
「それこそ仕方ありませんわ。とにかく、ご無事でよかった」
何事もなかったとはいえ、もしもあの刃がブラハルト様を襲っていたと考えると、背筋が冷たくなる。本当に、何事もなくて良かった。
「ふん、俺はそろそろ失礼する。てめえらのラブロマンスを見る趣味はないんでな。また仕事があれば、手を貸してやる」
「あっ……」
私が引き止める前に、シュムゲ様は煙草に火をつけながら、その場を後にした。
ここで彼を逃がしたら、またいつどこで会えるかわからないし、また悪事を働くかもしれない。
だというのに、残っていた騎士団の方々は、誰一人彼を捕まえることはなかった。
いくら約束をしたからと言って、犯罪者を野放しにしておいて、本当に大丈夫なのだろうか。
それに、彼はイリチェ村の方々を悲しませたり、私達を襲ってきた実行犯だから、約束なんか反故にして、捕まえてほしかったというのが本音だ。
「んじゃ、オレも仕事があるから失礼するぜ!」
「ああ。今回は本当に世話になった。後日お礼に行かせてほしい」
「本当にお世話になりましたわ、ルミス様」
「なーに、気にすんな! またうまい菓子を用意して待ってっからよ! ほれ、撤収すっぞー!」
ルミス様はニカッと笑ってから、残っていた騎士団の方々と一緒に、その場を去っていった。
ルミス様とお話しした時には、まさかここまでお世話になるとは思ってもなかった。今度伺う時には、最高のお菓子を沢山持参しないといけないわね。
「さて、マリーヌ達が心配しているだろうし、帰るとしようか。俺達の家に」
「はいっ!」
私はブラハルト様と共に、協力してくれたレストランの方々にお礼を伝えてから、馬車に乗って帰路についた。
――屋敷に着くまでの間、全てが終わった安心感と、これからもブラハルト様と一緒に過ごせることへの幸福感も相まって、たくさんブラハルト様に甘えてしまったのは、ここだけの秘密だ。
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■シュムゲ視点■
「くくっ……」
あれから三日後。抱えていた大きな仕事が終わったことを祝して、一人で豪勢な飯を堪能した後、俺はくぐもった笑い声を漏らしながら、今使っている根城へと帰ろうとしていた。
既に時刻は夜中なのに加えて、森の中を歩いているというのもあり、俺の持っているランプ程度では、辺りの暗闇を照らすには力不足だ。
まあ、この暗闇にも慣れたものだし、俺を捕まえようとする馬鹿共に見つからないようにするためには、丁度いい。
「どいつもこいつも、馬鹿ばかりで助かるぜ。ファソンから解放され、金はふんだんに手に入り、騎士団も俺に手を出せねえ……これこそ、真の一人勝ちじゃねえか」
今なら、ファソンが調子に乗って高笑いしていた気持ちもわかる。これだけ大勝ちすれば、笑いたくもなる。
だが、そんな俺の浮かれた気分は、一瞬にして崩れ去った。
なぜなら、根城へと向かう道中で、突然ミシミシと、何かが軋むような音と共に、大木が俺に目掛けて倒れてきたからだ。
「っ……!?」
このままでは倒木に巻き込まれる。
そう思い、急いで回避しようとしたが、今日も浴びる程酒を飲んでしまっていたせいで足に力が入らなく、完全に回避することが出来ず……俺の右足が、大木の下敷きになってしまった。
「がっ……!? くそっ、抜けねえ……!」
「なんの音だ!? うおっ、大丈夫か!?」
必死に大木から足を抜こうとしていると、誰かが俺の元にやってきた。
こんな夜の森で、通りがかった人間がいたなんて、俺は本当についている。
だが、今の声は……どこかで聞いたことがあるような……?
「てめえ、筋肉馬鹿……!?」
通りがかったのは、顔も見たくない騎士団の筋肉馬鹿だった。
どうしてこんな所に……? いや、そんなことなど、今はどうでもいい。背に腹は代えられない状況だし、こいつに助けてもらうしかねえ。
「見てないで、早く俺を助けろ!」
「ったく、しゃーねーなー! って無理だろ! こんなデカい木とか、持ち上がらねえわ!」
「ふざけんな、てめえのその筋肉は飾りか!?」
「飾りなもんか! 長い年月を積み重ねて作り上げたこの筋肉の良さがわからないとは、なんて情けない! 仕方ない、筋肉を布教するためにも、俺が朝まで特別授業を――」
「いるかそんなもの!」
駄目だ、こんな馬鹿に頼んだ俺が間違っていた。
自分の身は自分で守るのは、闇の世界を生きていく鉄則じゃねえか。こんな奴に頼らずに、俺は生きて更に稼いでやる。
それにしても、どうしてこんな枯れもしていない大木が倒れて……いや、待て……!?
「突然の倒木……それに突然現れたてめえ……まさか……てめえの仕業か……!?」
「いや、何の話だ? 俺達騎士団は、お前に手出しは出来ないという約束をしただろう?」
馬鹿なことを言うなと言わんばかりに、筋肉馬鹿はすっとぼけた顔をした。
「しらばっくれるな……! なら、どうしてこのタイミングでやってきた!?」
「知らねーよ。あ、もしかしたら神様が俺達を引き合わせたのか? がっはっはっ!」
神様だと? はっ、くだらねえ! この世で信じられるのは、神じゃなくて金だけだ!
「あのシュークリーム様が随分と情けない姿になったもんだな」
「黙れ! あと、俺はシュムゲだ! 何回間違えるんだ馬鹿が!」
「そんな怒んなって。あ、もしかして……オレ達がずっと手を出さなかったこととか、大金が手に入って、油断したか?」
……はっきり言ってしまうと、油断していなかったとは言えない。
だからこそ、こんな状況を招いてしまっているのだから。
だが、それを認めて口に出すのは、俺のプライドが許さねえ!
「んなわけねえだろ! そもそも、てめえらは俺に今後手を出さないと誓った! 正義の騎士団様が、そんな汚い手を使って良いのか!?」
「あ? 偉そうにご高説垂れてるけどよ、そういうのはお前の得意分野だろ? なのに気づかない辺りが、油断したって思われるんだよ」
筋肉馬鹿は、これ見よがしに肩をすくめてから、突然表情というものを完全に無くしたかのような冷たい無表情で、俺に近づいて腰を落とした。
「そうだ、さっき質問してた、こんなことをするのかってやつだが……これは国王陛下のご意志だ。この作戦も、お前に嘘の約束を取り付けたのもな。だから行った。国王陛下の目指す、絶対の正義のために」
「……この、国家の犬め……!」
「お前は金のために、多くのものを傷つけすぎた。だから、ここで命を持って償え」
「や、やめ……やめろぉぉぉぉ!!」
身動きが取れない俺の頭に、筋肉馬鹿の剛腕が伸びてくる。
そして、そのまま俺の頭を掴み……ゴキンッという音と共に、俺の意識は漆黒に叩き落とされた。
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