第五十話 彼らの目的
「はっ……？」
シュムゲ様は、一瞬だけ呆気に取られていたけど、すぐに嫌らしく口角を上げた。
「ふんっ……面白い。詳しく聞かせろ」
あら……てっきり反発してくると思っていたのだけど、すんなり受け入れてしまったわ。一体何を考えているのかしら。
「あなた、ファソン様の正体が、ブラハルト様のお兄様であるエドガー様と聞かされたのに、驚かないんですの？ それに、随分と簡単に話に乗りましたが……仲間であるエドガー様を、簡単に裏切るんですの？」
「これだから、温室育ちの貴族は……奴は別に仲間じゃねえ。ただの取引相手だ。奴以上のものを用意されれば、簡単に裏切る。それに……俺が住む闇の業界では、裏切りなんて挨拶みたいなもんだ。ああ、それとあいつが貴族なのは、前から感づいていた」
「…………」
闇社会の常識は、私にはきっと理解できないものだと思う。
それでも、一緒に行動をしていた人を、挨拶も無しに勝手に裏切り、敵になるのは……とても悲しいことだと思うわ。
「あと、俺が依頼されたのは、橋の破壊と、てめえらへの襲撃だ。それは完遂したし、その後の契約はしてないから、何も問題は無い」
それは、さすがに屁理屈だと思うけど……協力をしてくれるのだから、これ以上言うのはやめておこう。
「交渉成立だな。まずは手始めに、あなた達の計画について、知りうる限りのことを教えてくれ」
「断る」
「えぇ！？ 先程は、協力することに同意したではございませんか！」
「あくまでそれは、前の協力者を裏切り、協力してもいいということを了承する契約だ。情報というのは、時に命よりも重いものだ」
こちらが断れないのをわかっているから、そんなことを言って、お金を更に搾り取ろうとしているのね……なんて酷いお方なの……！
「それはそうだな。けどな、シュークリームが言っていることが、全てデタラメの可能性もあるだろ。そんなことに、大切な金を払えると思うか？」
「筋肉馬鹿にしては、的を射ているな。だが、俺も一人の闇の仕事人としてのプライドがある。金さえ払えば、しっかり仕事は果たす」
「……エドガー様達を裏切っておいて、よくもそんなことが言えますこと」
「さっきも言っただろう。契約した時に頼まれた仕事は果たしたと。てめえの頭の中は花畑か？」
「あまり妻を馬鹿にするのはやめていただきたい」
「ふん」
人の悪口を言ったり、脅すようなことを言ったり、やっぱりこのお方は悪人なんだなと言うのが、改めてよくわかったわ。
一応作戦の内容を共有する時に、このお方と手を組もうとしていることや、その有用性などについても、ブラハルト様とルミス様から聞いていたとはいえ……本当に大丈夫なのか、とても不安だ。
「それで、どうする？ 後日に金を持ってくるか？」
「ブラハルト、無理して金を出す必要はねえ。イリチェ村の復興で、だいぶ資金を使っているだろう？」
「あ？ なんだ筋肉馬鹿、代わりにお前が金を出すのか？」
「それでもいいが、もっと魅力的な話をしてやろう！ 今後一切、オレ達騎士団がお前に関わることが出来ないように、オレから掛け合ってやろう！」
「えぇ！？ そ、そんなことを決めて良いのですか！？」
「良い！」
それって、つまり今後シュムゲ様が何をしても、騎士団に捕まえられることがないってことよね！？ そんなの、いくらでも犯罪まがい仕事がやり放題になってしまうわ！
だというのに、提案したルミス様は、自信満々に胸を張ったままだ。
「それを信じる根拠は？」
「オレは正義の騎士団だ！ 騎士団が正義を裏切り、嘘をつくなんてことはありえない！」
「……相変わらず馬鹿正直な男だ。いいだろう、交渉成立だ。それで、聞きたいことは？」
「ルミス殿、本当に良いのか？」
「良い！」
念のために、ブラハルト様がもう一度確認をするが、ルミス様の答えは変わらなかった。
「……わかった。それじゃあ、兄上とワーズ家の目的や動機、その他諸々を話してほしい」
「今回の一件は、元々はファソンが計画したものだ」
「兄上が？ その目的は？」
「単純明快だ。ブラハルト・アルスターと、エルミーユ・アルスターの破滅だ。その理由は、てめえら……特にエルミーユ・アルスターへの強い憎悪だ」
私とブラハルト様を破滅させるですって？ それに、理由が私への憎悪って……以前ブラハルト様が言っていた憶測の中に、私が反抗的な態度を取り、それが屈辱だったからという話があったけど……信憑性が帯びてきたわ。
「奴はてめえらを破滅させるために、ワーズ家を利用しようとした」
「どうして私の家を？」
「エルミーユ・アルスターの弱点を探している最中に、仲良くなったワーズ家の使用人から、エルミーユ・アルスターの出生や生い立ちを聞いたそうだ。それを利用して脅し、手を組むことに成功した」
な、なんてことをしているのよ、うちの家の使用人は……私のことは、誰にも口外しないようにと、お父様が前々から使用人達に言っていたというのに……。
「ワーズ家も、エルミーユ・アルスターが幸せになるのは、心底嫌なようだから、利害は一致した。それで、その時にファソンが提案した作戦がいくつかある。イリチェ村の橋の破壊、嘘の噂を迅速に流すこと、アルスター夫妻の襲撃。主にこの三つだ」
「聞いてるだけじゃよくわかんねーな。それをやった理由を教えやがれ！」
ルミス様に怒られたシュムゲ様は、やや呆れたように溜息をしてから、再び話し始める。
「橋の破壊……これは単純に、ブラハルト・アルスターを深く傷つける為、そしてブラハルト・アルスターをそこに注力させるためだ」
「どういうことですの？」
「ブラハルト・アルスターが復旧に夢中になっている間に、ワーズ家の連中を使って、嘘の噂を社交界に流した。その内容が、ブラハルト・アルスターが妻を虐待していることや、浮気をしているというものだ」
「ちょ、ちょっとお待ちください。そんなことをするために、イリチェ村の方々を悲しませたのですか！？」
「そんなことは知らん。俺は依頼された仕事をしただけだ」
知らないって……なんて勝手なの！？ 大切な橋を壊されて悲しんでいた村の方々の気持ちも知らないで……！！
「っ……！！」
思わず怒りに任せて動こうとしてしまった私の肩が、ブラハルト様にギュッと掴まれる。
……危なかった。また感情に任せて、動いてしまうところだった。これでシュムゲ様の機嫌を損ねてしまったら、全てが台無しになるところだった。
「次にやったのが、アセット家のパーティーだ。ここでの目的が、さっき話した噂をてめえらの耳にも入れて、不安感と不信感を煽ること、そして互いにそれを本当だと思わせるための襲撃だ。事前にアセット家長を脅しておいたから、これはスムーズに出来た」
そんなことのために、温厚なアセット子爵を利用したのね……本当に最低だ。人様のことを何だと思っているのだろうか。
「計画は完璧だった。夫婦揃って異性と部屋に入り、見つかった時の記憶にない。いかがわしいことをしていたかのように、服も乱れている。そして、噂も相まって、両者は不信感を抱いて破局。そうすれば、オレ達が流した偽の噂も現実味を帯びていき、ブラハルト・アルスターは社交界で居場所はなくなる。そして最後に、ファソンがブラハルト・アルスターの数々の非道をでっちあげて公に公表し、アルスター家は貴族として没落していく……つまり破滅。これが奴の思い描く、最終地点だ」
エドガー様にとって、アルスター家は自分が生まれ育った場所だというのに、どうしてそんな酷いことが出来るのか、全く理解できない。
そもそも、エドガー様はアルスター家から援助を受けていたのだから、無くなったら困るのは、自分なんじゃないかしら……そこまで考えていないのかもしれないけど。
「そんな大層な計画を実行するのは結構だが、兄上はその後の事を考えていたのか？」
「詳しくは知らんが、密告した謝礼金を、王家からたっぷりもらう予定とか言っていた」
なるほど、それでまた遊ぶためのお金を工面する気だったのね。
「これが、ファソンと仕事の契約をして、実際に俺が知ったことだ。ああ、ついでに面白いことを教えてやる。先日ファソンと飲んだ時に、自慢話をしていてな。泥酔したあいつが、ワーズ家の娘は美人で夜も積極的で、思わぬ収穫を得たと言っていた」
「そ、それって……コレット！？」
「ああ」
「嘘でしょ……」
シュムゲ様の口から出た衝撃の情報に、思わず私は口をポカンと開けてしまった。
コレットには、私から奪った婚約者である、ヴィルイ様がいるというのに、エドガー様と肉体関係を持っただなんて、信じられない。いや、信じたくない。
私から幸せになれる機会を奪っておいて、それを簡単に捨てるなんて……どれだけ私のことをコケにすれば気が済むのよ……！
「類は友を呼ぶというのが、これほど的確なものはないな。最低な人間には、最低な人間が惹かれるということか」
「てめえの感想などに興味はない。とにかく、俺はこれ以上のことは知らん」
「そうか。とりあえず、兄上達の計画や目的は理解出来た。だが、もう少し決定的な証拠が欲しいな。例えば物的証拠とか、本人たちの自白とか」
「口で言うのは簡単だけどよ、どうやって手に入れるんだ？」
ルミス様のもっともな質問に対して、的確な回答が無かったのか、ブラハルト様は黙り込んでしまった。
物的証拠は見当もつかないけど……自白をさせるのなら、上手くいくかもしれないわ。
「あの、私に一つ案があるのですが」
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