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第五話 呪われた頭脳

「失礼いたします!」


 お父様の書斎の前にやってくると、淑女としてはあるまじき行為と言われてもおかしくないくらい、扉を勢いよく開いた。


 中では、オールバックにした金髪と、口ひげを蓄えた勇ましい雰囲気が特徴的な男性――私の父であるレオナルド・ワーズが、書類仕事をしていた。

 その隣では、お義母様がサポートをしている。


「エルミーユ、何の用だ。貴様に構っている暇など無い。わかったらさっさと消えろ」

「あのっ! どうして私の婚約破棄と、コレットとヴィルイ様が改めて婚約するのを許したんですか!?」


 お父様の言葉なんて一切気にせずに近くまで行くと、お父様が仕事に使っている机をバンっと叩いた。


「どうして? はあ……あなたは本当に馬鹿ですのね。コレットが婚約者を探していて、エルミーユに婚約者がいるのを羨ましがっていたのは、あなたも知っているでしょう?」


 確かにコレットは、よく私に婚約者がいて羨ましい、自分も早く欲しいと言っていた。


 コレットにだって、婚約の話は来ていなかったわけじゃない。

 でも、やれ顔が好みじゃないとか、やれ年上は嫌だとか、ワガママを言って断り続けているのを、私は知っている。


「コレットは婚約者を欲しがっていた。中でも、特にヴィルイはとても優しく、顔立ちも整っているからか、婚約者としてヴィルイを求めた。私達は、コレットの望みを叶えるために、知恵と技術を提供した。それだけだ」


 ……今の話を聞いていると、ただコレットがヴィルイ様と婚約したいとワガママを言ったから、私から奪ったようにしか聞こえない。


「い、一体何をされたのですか?」

「大したことではない。コレットの怪我が本物に見えるように、舞台で特殊な化粧をしている人間を呼んだのと、貴様の母の真実……いや、嘘をほんの少しだけ、社交界にバラまいただけだ」


 そうか、見たことがない傷があったのも、お母様のことについての話も、お父様の案だったのね……コレットのワガママを聞く為だけに、そこまでするなんて信じられない。


「古くから付き合いがある家同士の婚約を破棄すれば、両家の関係に亀裂が走ってしまう問題もあったが、同じ家なら何も問題はなかろう」

「忌々しいエルミーユが嫁いで幸せになるよりも、愛するコレットが嫁いで幸せになった方が良いですものね」

「っ……! そんなの、納得できませんわ!」

「納得だと? 何を偉そうにしている、バケモノめ。言葉を慎まんか。貴様は我々の言うことを素直に聞いていれば良いのだ! それとも、また罰を与えられたいか!」


 怒鳴られた私の脳裏に、昔の記憶がいくつも蘇る。


 あれはまだ三歳の頃。確か四月の九日だったかしら。

 春の陽気で、庭のチューリップが咲いたことに喜んでいた私に、騒がしいと叱られ、その日の食事を抜かれた。


 同年の七月の二十日。

 夏の陽気で暑苦しかった昼過ぎに、私の人形をコレットに取られてしまい、そのことでコレットに怒ったら、姉なんだから我慢しろと、お父様にきつく叱られた。


 更に時は過ぎ、同年の十月の三日。

 庭にたまに遊びにきていた猫に、こっそり餌を与えていたのだが、それがお義母様に見つかってしまい、猫を殺処分された。そのことを悲しんでいたら、私が悪いのに泣きわめくなと叩かれた。


 他にも、年が明けて一月の十四日。

 その年の初雪に感動して、庭で楽しく遊んでいたら、仕事の邪魔だから騒ぐなと叱られ、罰として寒い倉庫の中に一晩閉じ込められた。


 他にも数えきれないくらい、色々と酷いことをされてきたが、とにかく私は幼い頃から、感情を表に出すと叱られ、もっと令嬢らしく振舞えと言われる生活を送ってきた。


 ……赤ん坊の時の記憶もだけど、こんなに細かい日にちや、内容まで完璧に覚えているなんて、執念深い人間だと思われるかもしれない。

 でも、私だってこんな嫌な思い出を覚えていたくないし、思い出したくもない。

 忘れたくても……どう頑張っても、忘れられない。私の頭が、忘れるということを許さない。


 これが私が家で虐げられる、もう一つの理由。

 実は私は、生まれた時から異常といっても良いくらい、記憶力が良い。

 見たものを瞬時に覚え、一生忘れることが出来ない。もはや呪いといってもいいくらいだ。


 そんな頭があるせいで、私は社交界での作法やマナー以外の教育を、一切受けさせてもらえてない。

 お父様曰く、勉強をして変な知識を付けられたら困るとのことらしい。


 それでも私は勉強がしたくて、一度隠れて勉強をしようとしたことがあるのだけど、すぐに見つかって、酷い罰を与えられたことがある。


「それでは、私は一体どうすれば……!」

「知らん」

「そんな無責任な……」

「無責任? ここまで責任をもって育てた親に向かって、その口のきき方はなんだ。とにかく、もう決定は覆らない。わかったら、部屋で大人しくしていろ」

「…………」

「なにを突っ立っている。おい、エルミーユを部屋に連れて行け」

「かしこまりました」


 呆然と立ち尽くしていると、部屋の中にいた使用人に引っ張られて、部屋を追い出されると、屋敷の裏にある小屋に押し込まれた。


 この小屋は、私が寝泊まりをしている場所だ。

 家具はボロボロで、壁や屋根には穴が開き、床の一部は腐ってしまっている。


「……どうして、こんなことに……」


 私は、ベッドの上に置かれた、汚れてきっているクマのぬいぐるみを、ギュッと抱きしめる。


 このぬいぐるみは、お母様が亡くなった時に、手紙と一緒に持っていたものだ。

 どうしてこんなものを持っていたのかわからないけど、これはお母様からのプレゼントだと思っていて、今も大切にしているの。


「やっと結婚して、この地獄から逃げられると思っていたのに……お母様、私……私……」


 私のつぶやきと共に、強く抱きかかえられたぬいぐるみに、悲しみと絶望の雫がぽたりと落ちた――

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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