第四十八話 筋骨隆々
あれから何事もなく、この国の城下町にある騎士団の拠点にやってきた私達は、応接室へと通された。
そこには、私よりも身長が頭一つ以上大きくて筋肉隆々な、スキンヘッドの男性が待っていた。
「久しぶりだな、ブラハルト! 少し痩せたか? ちゃんと飯は食ってるか?」
「再会して早々に、親みたいなことを言ってくるな」
彼はブラハルト様の前に立つと、肩をバンバンと叩きながら、高らかに笑った。
見た目通り、随分と豪快なお方みたいだ。それに、二人のやり取りを見た感じでは、随分と親しい間柄のように見える。
「エルミーユ、紹介するよ。彼はルミス・ガルシア。ガルシア家の三男で、騎士団の第四部隊の隊長だ」
「が、ガルシアって……あのガルシア侯爵家!?」
ガルシア侯爵家は、この国に僅か三つしかない、侯爵の爵位を持つ家だ。
古くから国の政治に関わる一方、とても武術に長けている一族で、この国の長い歴史の中で起きた戦争で、数えきれないくらいの実績を残している、由緒ある家柄だ。
もちろん、ガルシア家の方々は、社交界で何度もお見かけしているし、挨拶もしたことはあるけど、ルミス様とは初対面だ。
「ああ、その認識で間違えてないぞ! オレのことは、気軽にルミスと呼んでくれ! 堅苦しいのは大嫌いでな!」
「ぶ、ブラハルトの妻のエルミーユと申します。よろしくお願いいたしますわ……ルミス様」
侯爵家のお方に、そんな馴れ馴れしい呼び方で良いのかと戸惑っていると、ルミス様の逞しい手が差し出され、やや強引に握手をさせられた。
すごい、こんなにごつごつした手は初めて触るわ。それに、手のあちこちに、小さな石みたいに固くなったマメがたくさんある。きっとたくさん鍛錬をしてきた証拠だわ。
「ブラハルトが結婚したのは聞いていたが、まさかこんなべっぴんさんだとはな! こんな美人が拝めるなら、ちゃんと社交界に出ておくべきだったぜ!」
「ルミス殿の場合は、家の事情があるから仕方がないだろう」
「事情、ですか?」
「オレは親父の言いつけで、ガキの頃から騎士団に入るために訓練漬けの毎日だったからな! 他の貴族との交流なんて、ほとんどゼロってことよ!」
再び高らかに笑いながら、私のために説明をしてくださったルミス様のその姿は、どう見ても侯爵家の人間とは思えない。
良い意味で貴族らしくないというか、あまりにも一挙一動が豪快過ぎる。
でも、礼儀正しくしつつも、互いにけん制をしあうという、貴族でよくあるようなやり取りをするよりも、清々しい気持ちで話せるわ。
「まあ立ち話もなんだし、座れ座れ!」
背中を押す力があまりにも強すぎて、思わず転びそうになりながらも、なんとかソファに座ることが出来た。
……あら、ソファの前に置かれた長机に、おいしそうなクッキーが置かれているわね。
「それは、オレが贔屓にしている店で一番人気のあるクッキーだ! ほっぺたも舌も蕩けるくらいうまいから、覚悟して食えよ!」
「相変わらず甘いものが好きなんだな」
「オレのこの筋肉の中には、あらゆる甘味が詰まってると言っても過言ではないからな! って、さすがに過言か? がははっ!」
とても逞しい体を持っているから、てっきり肉料理とかを好んで食すのかと思っていたけど、可愛らしい一面も持っているのね。
「んで、今日は何の用だ? 以前あった、橋の復旧についてか? それともイリチェ村への支援の話か?」
「今日はその話じゃないんだ。実は――」
ブラハルト様は、最近自分達に会ったことを、ルミス様に話す。
すると、先程までの緩い空気が、一瞬にして張り詰めた。それに釣られるように、私もルミス様も、表情が引き締まる。
「ほー、そんなことがあったのか。あのワーズ家がそんなことをするのは驚きだし、ブラハルトの兄貴が生きていたのも驚きだな」
そう思うのも無理はない。私の家族は世間体を人一倍気にしているから、社交界では醜い一面は見せないし、エドガー様に至っては亡くなったと思っていたのだから。
「それで、エルミーユが襲われた時に、実行犯の顔を見ていたんだ。その記憶を元に、似顔絵を描いてきた」
「な~るほど、その似顔絵の人物について、オレ達から何か情報を聞けないかと……そういう魂胆だろ?」
「ああ」
「まあ構わねえけどよ、おいそれと簡単に渡すわけにはいかないなぁ?」
にやり、と嫌らしく笑うルミス様に対して、ブラハルト様はやや呆れたように溜息を漏らした。
きっと、なにか凄い条件を出されるのかもしれない。あぁ、私にもっと話の中に入れるくらいの話術や経験、ルミス様との関係があれば、役に立てるというのに。
「いつもの様に、オレに腹いっぱいの甘味を食わせてくれるならいいぜ!」
「いつものやつか」
「甘味……え、えぇー!?」
もっと凄い条件を出されるのかと思ってたのに、内容が想定外だったせいで、思わず大きな声を出してしまった。
咄嗟に口元を抑えたけど……は、恥ずかしい……きっと私、耳まで真っ赤になってるわ……。
「がっはっはっ! 元気で明るい嫁さんでよかったじゃねーか!」
「俺には勿体ない、最高の妻だよ。それで、今日はなんの甘味が良いんだ?」
「決まってんだろ! アップルパイだ! それも、イリチェ村で採れるリンゴを使った奴だ!」
え……? 私に聞き間違いじゃなければ、イリチェ村のリンゴと言っていたわよね? どうしてわざわざ、材料を指定して……あ、そうか!
「遅くなっても構わねーから、俺に最高のアップルパイを振舞ってくれ!」
「わかった」
「あの、私もお手伝いいたしますわ」
「そいつは楽しみが倍増じゃねーか! 待ちきれねーなぁ……と言いたいとこだが、まずは似顔絵の確認だな」
ルミス様は、ブラハルト様から受け取った実行犯の似顔絵を見る。すると、ニコニコしていたのが一転して、眉間に深いシワを刻んでいた。
「あー……なるほど、こいつかぁ」
「あの、ご存じなのでしょうか? その絵の男性を……」
「金さえあれば、盗みも誘拐も殺しもやる、極悪非道な何でも屋の男だ。名前は、なんだったかな……シュ……シュ……シュークリームだったか?」
ず、随分可愛らしい名前なのね……ちょっと拍子抜けしちゃったわ。
「各地を転々としているやつだなら、中々尻尾を掴めなくて、捕まえられていなくてな……」
「そうか……」
「……あの、確かその……シュークリーム? というお方は、ワーズ家やエドガー様と手を組んでいるんですよね? でしたら、ワーズ家になるべく通いやすい場所や、エドガー様がよく行かれる場所などに、潜伏している可能性はないでしょうか?」
私の考えを聞いたブラハルト様とルミス様は、ふむ……と腕を組んで目を閉じた。
「……それなら、クリムにいる可能性はないか? 兄上が刺激を求めてよく行くと、自慢げに語っていた場所だ」
「あぁ~……確かにそこなら、ワーズ家に通える距離ではあるな」
クリム……少しだけ聞いたことがある。確か、とても治安が悪いことで有名な場所だ。その恐ろしさは、この国で一番危険とまで言われている。
強盗や薬物売買、売春や殺人……あらゆる犯罪が横行していると聞いたことがある。
「つっても、あそこは独自の自警団が町を守っているせいで、騎士団でも手を出すのが難しい場所だぜ? シュークリームを一人捕まえるだけっつっても、かなり危険なのは違いねーぞ?」
「それは百も承知だが、情報を手に入れるためには、危険なこともやむを得ない」
「……まったく、しょうがねえ奴だな。よっしゃ、この大四部隊隊長のルミス様が、一肌脱いでやるとすっか!」
「手を貸してくれるのか?」
「おうよ! 騎士団だってバレないように、数人しか連れて行けねーけど、なんとかすっからよ!」
ドンっと胸を叩くルミス様の姿は、とても頼もしく見えた。この方が一緒に行ってくれるなら、何があっても安心だろう。
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