第四十二話 再会と浮気
「……っ!」
今回のパーティーで、家族の誰かに会うことは予想してたし、覚悟はしていた。
でも、いざ家族を前にすると、さすがに緊張してしまう。
落ち着いて、私。何も悪いことなんてしていないのだから、いつものように凛とした態度で、ブラハルト様の良き妻の姿を見せればいいだけだ。
「久しぶりだね! エルミーユお姉様がいなくなっちゃって、すごく寂しかったんだよ!」
「そうでしたの。私もとても寂しかったですわ」
こんなの、もちろん嘘だ。
散々私に酷いことをした人から離れられたのに、寂しいわけがない。むしろ、会わなくなったのが嬉しすぎて、小躍りしたくなるくらいよ。
「お久しぶりですね、エルミーユ。ちゃんとご飯は食べていますか? 彼とは仲良くできてますか? 私、とても心配なんですの」
「ご心配には及びませんわ。ご飯はワーズ家にいた時よりもしっかり食べてますし、ブラハルト様とは、本当の家族よりも仲良くしておりますので」
散々虐げてきたくせに、こういう表舞台でいる時はいい顔するのが気に入らなくて、思わず遠回しな嫌味を言ってしまった。
あまり褒められることじゃないのはわかってるけど、少しでも言ってやりたくなっちゃって。
「あれ、エルミーユお姉様が心の底から大切にしている、愛しの旦那様は?」
「アセット子爵のところに、お一人でご挨拶に行っているわ。そういうあなたの婚約者は?」
「今日は別件で、どうしても参加できないんだってさ。はあー、本当に仕事人間すぎてつまんないよ。もっとあたしに構ってくれる旦那様が良かったかもー」
私達にしか聞こえないくらい、小さな声で愚痴を漏らすコレットに、苛立ちを覚える。
私から奪っておいて、何て言い草だ。思わず、はぁ? って言葉が出てしまいそうになった。
「コレット、口を慎みなさい」
「ごめんなさい、お母様~」
「……もうよろしいですか? エルミーユ様は、体調がすぐれないので、そろそろお引き取りください」
ずっと黙って話を聞いていたマリーヌが、私達の間に割って入る。
その声は、いつも私やブラハルト様と話している時とはかけ離れた、氷のように冷たく、恐ろしいものだった。
「あなた、誰?」
「申し遅れました。私はマリーヌと申します。アルスター家の使用人をしております」
「へぇ……そうなんだ~……言いたいことが終わったのなら、下がってくれないかな? まだ話すことがあるから」
「では、その話すこととやらを早く話して、一刻も早くお引き取りを」
それだけ言うと、マリーヌは私の後ろに下がった。
きっと私を守ろうとして、間に入ってくれたのね。本当にありがとう、マリーヌ。
「それで、話すことってなにかしら?」
「一つ聞きたいことがあるっていうか? さっき、ブラハルト様はアセット子爵に挨拶しに行ったって言ってたよね」
「そうですわね」
「あたし、見ちゃったんだよね。ブラハルト様が、さっさと挨拶を終わらせたあと、綺麗な女の人と一緒に、パーティーを抜け出す姿を」
「えっ……?」
「お母様も見たよね?」
「ええ。随分と親しげでしたわね」
ブラハルト様が女性と……? しかも親しげに? おかしい、ブラハルト様は挨拶に行くとは言っていたけど、会場を離れるなんて言っていなかった。
それなら、どうして私やマリーヌに黙って会場を抜け出したの? ブラハルト様の性格なら、なにかしらは私達に言ってから出て行くはずだわ。
「お義母様、もしかしたら例のあれかもしれないね」
「話には聞いておりましたが、まさか本当とは思いもよりませんでしたわね」
「例のあれ……?」
話の内容からして、ブラハルト様のことを言っているのは明白だった。
だから、一体何のことか問うと、何が面白かったのか、コレットとお義母様は、ニヤリと不敵に笑った。
「あら、エルミーユお姉様ってば知らないの? ブラハルト様が多くの女性と関係を持っているって、最近社交界では有名な話だよ?」
「聞いた話では、女性の部屋に度々上がり込み、しばらく出てこないそうですわよ」
「ぶ、ブラハルト様が……? ブラハルト様が、そんなことをするはずがありませんわ。マリーヌもそう思いますよね?」
「はい。坊ちゃまがそんな低俗なことをするはずがありません」
そ、そうよね。ブラハルト様が私を裏切るようなことを、するはずがない。
だって、私達は互いに愛し合っているし、ブラハルト様は私を妻として、溺愛と言っても過言じゃないくらい、とても愛してくれている。
……でも、もし……もしも、今の話が本当だとしたら?
実際に、最近のブラハルト様は、屋敷を空けることが多くなっている。その間に、私が知らないところで、女性と二人きりで会っていない保証なんて、どこにも……。
って、何を考えているの私は!? ブラハルト様の妻として、一番信じなくてはいけないのに、どうしてこんなありもしないことを考えているの!?
「ブラハルト様って、ずっと結婚相手が見つからなかったらしいじゃん? エルミーユお姉様と運よく結婚できたから、もうどうでも良いって思っているのかも……このままじゃ、いつか捨てられちゃう! ああ、エルミーユお姉様……可哀想!」
「捨てられるで済めば、まだいいかもしれませんわ。彼なら、エルミーユを呪い殺してしまうかも……なんて恐ろしい!」
動揺している私に畳みかけるように、コレットとお義母様は、私に同情と憐れみの念をぶつけてくる。
ブラハルト様が、私を捨てる……? そんなこと、絶対にありえない。ありえない……ありえ、ない……?
「ブラハルト様が、私を捨てる……? 嘘だ、絶対に……絶対に……本当に……?」
「エルミーユ様」
万が一の可能性を捨てきれず、頭の中に嫌な考えがグルグルと渦巻く私の肩に、マリーヌの手が優しく乗った。
「よく考えてください。ブラハルト様があなたにしたことと、あなたに酷いことをしてきた方の話す根も葉もない噂。どちらを信じればいいかは、既にわかっているはずです」
「マリーヌ……」
……そうよね。私ったら、ブラハルト様を信じ切れずに、くだらない話に耳を傾けてしまった。本当に馬鹿で、情けない。
そして、それ以上に……私を惑わして、ブラハルト様との仲を引き裂こうとするコレットとお義母様に、強い怒りを感じた。
「ねえお義母様、このままじゃエルミーユお姉様が可哀想すぎるよ。何とか出来ないかな?」
「この先なにがあるかわかりませんから、家に帰ってきた方がいいかもしれませんわね」
「あたしもそれ賛成! って言いたいけど、そんなことをしたら最低男……じゃなかった。ブラハルト様がどんな報復をするかわからないよ?」
「なら、少しでもエルミーユの負担が減るように、あの人に掛け合って見ましょうか」
「あの人って、お父様? それなら安心だね! 大丈夫だよエルミーユお姉様。きっとお父様がなんとかしてくれるから!」
私を可哀想な人と仕立て上げ、帰らせる気もないのに、優しい言葉を並べ、ブラハルト様は恐ろしくて最低な人間だと印象付けたいのか、それとも別の思惑があるのか。
真相はわからないけど、とにかくコレットは涙を流しながら、私に手を差し伸べた。
「…………」
差し伸べられたコレットの手を、私は力強く掴む。
そして、コレットのことをグイッと引っ張って近くに寄せた私は、パンッ!! という大きな音を、会場に響かせた。
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