第四十一話 似た者夫婦
パーティーの招待状が来てからちょうど一週間後の夕方。私は新しいドレスで身を包み、可愛らしいアクセサリーを付けてから、馬車に乗って会場に向かった。
まさか、本当に一週間でこんな素敵なドレスを用意するなんて驚きだ。
前回のパーティーの時も、短い時間で綺麗なドレスを用意してくれたけど、明らかに今回のほうが猶予はなかったはず。一体どれだけ凄い職人がいるのかしら?
「さてと、アセット子爵はどこに……」
アセット家の敷地内にある、パーティー用の建物に到着した私達は、会場でキョロキョロしていると、周りの貴族達がこちらを見ていることに気が付いた。
まあ、前回のパーティーでもこうだったから、特に気にしない……と言いたいところだったのだけど、今回は少し様子が違った。
以前だと、恐ろしい噂のせいで、ブラハルト様に怯えている感じだったけど、今はなんていうか、軽蔑しているような雰囲気だった。
「見てくださいまし。アルスター伯爵ですわよ……」
「最近、酷い話を聞きますわよね。毎日奥様を虐待しているんだとか」
「暴力は日常茶飯事、夜は無理やり迫ってきて、食事もろくに与えないそうよ」
「はっ……?」
少しお年を召した貴婦人方から、信じられない話が聞こえてきた。
ブラハルト様が、私に酷いことをしているだなんて、全くのデタラメだ。一体どこからそんな話が出たというの?
……ブラハルト様のためとはいえ、やっぱりこういうパーティーに参加すると、不愉快極まりないわ。
よし、今回もブラハルト様の名誉を守るために、ガツンと言ってこよう。
「エルミーユ様、どこに行くのですか?」
「あの方々、ブラハルト様のありもしない噂で盛り上がってるようですので、少々お話してきますわ」
「別にわざわざ言う必要は無いよ」
「でも……私、お優しいブラハルト様が悪く言われるなんて、許せないんですの」
いつもパーティーに参加する時にしている、凛とした態度はなるべく崩さずに答える。
最近は、家では幸せな生活を送っていたから、この振る舞い方が下手になっていないといいのだけど。
「見てください奥様。エルミーユ様が弱々しい女性を演じておりますよ」
「あら本当ね! そういえば、虐げられていても離婚しないのは、ブラハルト様の遺産を根こそぎ奪うためだという話を耳にしましたわ」
「まあ! もしかしたら、本当はエルミーユ様がアルスター伯爵を虐げているとか……」
「どちらにしても、最低で卑劣な夫婦ですこと!」
本当にこの方々は、人の悪い噂をしないと、生きていけない決まり事でもあるのかしら? 不愉快この上ないわ。
「坊ちゃま、どこへ行くのですか?」
「なに、彼女達に正しい認識が出来るように、少し話をだな……」
「私は何も気にしておりませんから! ブラハルト様こそ、わざわざ言いに行かれなくても!」
さっきは止められる側だったのに、いつの間にか止める側になった私は、ブラハルト様の腕に抱きついて、必死に止める。
社交界でこんなことをするなんて、みっともないのはわかってるけど、ブラハルト様を止めるのに、周りの目なんてどうでもいい。
「もう、本当に似た者夫婦なんですから……さあ、こちらにどうぞ」
マリーヌの案内の元、私とブラハルト様は、あまり人がいない壁際へとやってきた。ここならあまり嫌な声が聞こえてこなくなるはず。
「はぁ……まったく、根も葉もない噂で人を蔑むことを好む人間が多くて困る……っと、あんなところにいたのか」
貴族達の低俗さに呆れて溜息を吐くブラハルト様の視線の先には、ペコペコと頭を下げて挨拶をして回る、小柄な男性の姿があった。
あのお方が、アセット家の家長だ。相変わらず低姿勢なお方ね。
「エルミーユ、俺は彼に挨拶をしてくるから、ここで待っててくれ」
「私も一緒に、ご挨拶をした方がよろしいのではありませんか?」
「いや、大丈夫だ。わざわざ嫌な話が聞こえる中に行く必要は無い。彼には、妻は少々体調がすぐれないから、会場の隅で休んでいると伝えておくよ。マリーヌ、エルミーユのことをよろしく頼む」
「わかりました」
ブラハルト様は、最初から私を連れて行くつもりが無かったのか、私とマリーヌを置いて、すたすたと歩いていった。
その姿は、沢山のパーティーの参加客の中に消えていってしまい、完全に見えなくなってしまった。
本当に大丈夫なのかしら……アセット子爵なら、私が挨拶をしに行かなくても、理由があるなら許してくれそうだけど……。
……やっぱり、アルスター家の家長の妻として、そんな不誠実なことは許されないわよね。タイミングを見計らって、ちゃんと挨拶をしにいこう。
「失礼いたします。お飲み物をどうぞ」
「ありがとう存じます」
マリーヌと一緒に、ブラハルト様が挨拶から戻ってくるのを静かに待っていると、給仕をしている女性から、シャンパンをいただいた。
「そちらのお付きのお方もどうぞ」
「私は遠慮しておきます」
「ご主人様から、参加したお方には、漏れなく配るようにとのことでして……」
「せっかくですし、いただきましょうよ」
「そうですか? ではいただきます」
最初は遠慮しがちだったマリーヌだったが、私の後押しがあったおかげか、シャンパンの入ったグラスを受け取ると、私と一緒にシャンパンをいただいた。
あまりお酒って好きじゃないのだけど、このシャンパンは柑橘系のスッキリした味が、とても飲みやすいわ。これだったら普通においしくいただける。
「とてもおいしいですわ。こんな素敵なものをご用意してくださって、ありがとう存じます」
「お褒めの言葉、大変痛み入ります。グラスをおさげいたします。では、ごゆっくりお楽しみください」
給仕のお方は、私とマリーヌからグラスを受け取ると、静かにその場を去っていった。
「お酒なんて、久しぶりに飲みましたよ。とてもおいしかったです」
「ええ、そうですわね。ブラハルト様と一緒に楽しみたいと思えるくらい、私もおいしく感じました」
「それなら、銘柄を聞いておくべきでしたね」
「ふふっ、そうですわね
「ちょっといい?」
シャンパンのことで楽しくマリーと話しているところに、一人の女性が声をかけてきた。
今までは、遠巻きに私やブラハルト様の悪口を言うだけだったのに、直接言いに来るお方がいるなんて珍しい。
おかげで、私が悪口を言われて、それに対してなにか言い返したとしても、向こうから言ってきたのだからという言い訳が出来る。
そう思っていた私は、やってきたお方の姿を見て、思わず目を見開いてしまった。
「……コレット……お義母様……!?」
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