第三十九話 皆様を笑顔に
「さてと、そろそろ向かいましょう」
五分程休憩した後、私はブラハルト様の仰っていた民家にやってきて、扉をノックした。
「ごめんくださいませ」
「おやまぁ……エルミーユ様じゃありゃせんか。こんな老いぼれの家に、なにかごようかの?」
「夫の指示で、炊き出しのお手伝いに伺ったのですが」
民家から出てきたのは、お年を召した女性だった。
おそらく、ご年配の方では、橋の復旧や資材の運搬は出来ないから、お料理の担当を任されたのね。
「あれまぁ、まさかエルミーユ様が来てくれるなんて。わざわざ手伝いに来てくれて、ありがとねぇ」
「お気になさらないでください。私、料理をしたことがないですが、お力になれるように頑張りますわ」
「大丈夫じゃ。初心者でも出来ることはある。というわけで……ほれ、こっちにきて玉ねぎをむいとくれ。全部じゃないぞぉ。これくらい剥くのじゃ」
お婆様が見せてくれた、玉ねぎの皮むき程度なら、私にもできそうだ。こうやって、薄い所だけをめくって……よし、出来た!
「これでいかがでしょうか?」
「綺麗に出来て偉いねぇ」
「あっ……えへへ……」
なにか凄いことが出来たわけじゃないのに、お婆様はシワをたくさん刻み込まれた手で、私の頭を優しく撫でてくれた。
はぁ……凄く安心する……お母様が撫でてくれた時も、こんな感じだったっけ……。
「それと同じことを、ここの玉ねぎ全部にしておくれ」
「わ、わかりましたわ」
一個だけだと思ったら、まさかのカゴいっぱいの玉ねぎを出されてしまった。
よく考えたら、何に使うかは知らないけど、炊き出しなのだから、たくさんあるに決まってるわよね。
「ふぅ、全部終わりました!」
「次は、ジャガイモの皮をむいとくれ。こうやって、包丁を使ってゆっくりやるといい」
「えっと、こうでしょうか……?」
「うむうむ、とても上手じゃぞ。ジャガイモも、このカゴ全部やるからの」
おっかなびっくりだったせいで、凄く時間が掛かってしまったうえに、上手く切れなくてジャガイモの皮に少し身がついちゃったけど、何とか怪我をせずに皮を切ることが出来た。
お料理って、難しいけど楽しいわね。今度、屋敷のコックにお願いして、手伝わせてもらおうかしら?
「わぁ……お婆様、とても早くてお上手ですわ」
「ほっほっ、伊達に長生きはしとりませんわい」
私が一個剥くのに悪戦苦闘している間に、お婆様は既に十個も剥き終わっていた。
私も負けていられないわ。少しでもお婆様の負担を減らせるように、頑張らないと。
そう決意して、ジャガイモの皮剥きに集中していると、いつの間にか最後の一個になっていた。
「ふぅ、これで終わりですね。あとは、何をすればいいでしょうか?」
「そうじゃな、少し待っとくれ」
お婆様は、目にも止まらぬ早さで、他に使う野菜やお肉を切り、それを三つの大きな鍋に入れて炒め始めた。
その動きは、どう見てもお年を召したお方の動きとは思えないくらい、機敏なものだった。
「わ、私はいない方が早いような……?」
「何を言っとるんじゃ。エルミーユ様が仕事をしてくれたおかげで、ワシは立っている時間が減ったんじゃぞ。立っていると、すぐに腰が痛くなるからのぅ」
「な、なるほど。お婆様の負担が減らせているなら良かったですわ。それで、今日は何を作るんですか?」
「シチューじゃよ。体が温まって栄養満点、一度に沢山作れる最高の料理じゃ」
三個の大きな鍋で、何を作るのかと思ったけど、お婆様の説明を聞いたおかげで、納得ができた。
そんなことを思っている間に、お婆様はどんどんと調理を進めていき、三つの鍋の中には、とてもおいしそうなシチューが出来上がっていた。
「あとは煮込むだけなんじゃが……ずっと立ってたせいで、腰が痛くてかなわんから、ちょっと休んできますわ。代わりに鍋を見ておいてくれんかのぉ」
「わかりましたわ」
「こぼさないようにかき混ぜていれば焦げんから、あんまり気張らんようにの」
そう言うと、お婆様は調理場に置いてあった椅子に座り――
「ふごー……ぐぐごー……」
一分もしないうちに、爆睡していた。
あまりにも手際がいいから忘れていたけど、このお方はどう見てもご高齢だ。体力もないだろうし、腰だってとても痛かっただろう。
そんなお方が、一人で急いで食事の準備をすれば、疲れて寝てしまうのも無理はない。
……よし、私が代わりに、このシチューを完成させてみせるわ。焦げないように混ぜるだけなんだけど。
「よっと……鍋が大きいと、かき回すのも大変ですわ」
焦げないように、そして具材が崩れないように、気を付けてかき混ぜていると、グツグツという音と共に、シチューの良い匂いが辺りに広がってきた。
そろそろ完成で良いかしら? 起こすのは忍びないけど、私では判断が出来ないから、お婆様に見てもらおう。
「お婆様、シチューの確認をしてもらえますでしょうか?」
「……ふごっ? ああ、寝てしまってたのかい……」
半分寝ぼけながらではあったけど、お婆様はシチューの確認をしてくれた。
「うむ、問題ないじゃろ。ブラハルト様の奥様にこんなことをお願いするのは申し訳ないが、この鍋を運んでもらえんか?」
「はい、お任せくださいませ」
腰が悪いお婆様に、鍋を運ばせる気なんてない私は、鍋を一つだけ持ち上げて、民家を出る。
想像以上に重いけど、運んでいた資材に比べれば重くないし、一生懸命働いている方々においしいって思ってもらいたいという気持ちが、私にいつも以上の力を与えてくれた。
「ふぅ……ふぅ……」
「エルミーユ、大丈夫か?」
「あ、ブラハルト様……!」
「あとは俺が持つよ」
なんとか橋まで持ってきた私を迎えてくれたブラハルト様は、鍋を軽々持っていく。
私も、あれくらい簡単に持てるほどの力があれば、こんなに苦労をせずに済むんだけど……。
「ブラハルト様、あと鍋が二つあるので、すぐに持ってきますわ」
「大丈夫、手に空いている人間に持ってきてもらうからね」
「いえ、最後までちゃんと責任をもって仕事をしたいので、私に任せてください!」
「……わかった。それじゃあ、俺はみんなに食事の準備が出来たと、声をかけてくるよ」
ブラハルト様は、数人の若い男性と一緒に、仕事をしている方々に声をかける姿を見ながら、残りの二つの鍋を運ぶ終える。
その頃には、ブラハルト様の召集に応じて、沢山の人が食事を取りに来ていた。
「はい、どうぞ」
集まってきた方々に、出来上がったシチューを渡すたびに、皆様はありがとうと笑顔で言ってくれるし、シチューを食べるとおいしそうに頬を綻ばせる。
このシチューを作ったのは私じゃないのはわかってる。
でも……なんていうか……全然力になれていないと思っていたのに、こうして皆様に喜んでもらえたことや、復旧の力になれたことがとても嬉しい。
もしかして、ブラハルト様はこれを見越して、私に食事に準備をさせたのだろうか? うん、きっとそうに違いない。
仕事のことも考えがながら、私のことを気遣ってくれるなんて……ますますブラハルト様のことが好きになってしまいそうだ。
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