第三十七話 衝突
イリチェ村の子供達に絵本の話をして、少しだけ元気になってもらった後、私は屋敷に戻ってきた。
あれからブラハルト様は、国に今回の件の報告や、橋の復旧までのイリチェ村への支援の要請、橋の復興に必要な物資の調達の準備、事件の調査のための人員要請といった、今必要なことをするために、忙しなく働いている。
イリチェ村では運よく私に出来ることがあったけど、今の私には何も出来ることがない。
だから、なるべくブラハルト様や他のお方の邪魔をしないように、部屋で大人しく過ごしている。
……何も出来ない自分が、本当に情けないわ。目の前でブラハルト様が激務に追われ、イリチェ村の人達も悲しみに負けずに橋の復旧をしているというのに……。
「……あの、ブラハルト様……少し休憩された方がよろしいのではありませんか? 帰ってきてから、食事も休憩も取っておりませんわ」
「心配してくれてありがとう、エルミーユ。だが、休んでいる暇はないんだ」
ブラハルト様は、鋭い目つきで書類を見つめながら、淡々と答える。
いつもなら、声をかけると必ず私の方を見てくれていたのに、今は一切私のことを見てくれない。それくらい、ブラハルト様は切羽詰まっているのだろう。
そんなブラハルト様の気持ちを分かっていながら、私はブラハルト様の手を少し強めの力で握って止めた。
「エルミーユ、何をするんだ。その手を離してくれ」
「離しません」
「……どうして邪魔をするんだ! 俺は当主として、一日でも早くイリチェ村の民に、元の生活に戻す義務があるんだ!」
ようやく顔を上げてくれたブラハルト様の顔には、焦りの色が浮かんでいた。
ここで謝って、また仕事をしてもらうのは簡単だ。でも、それではこの行動に何の意味もなくなってしまう。
ブラハルト様のためにも、イリチェ村の方々のためにも、ここは心を鬼にしなければ。
「ブラハルト様のお気持ちは、痛いほどわかりますわ。でも、焦ると思わぬ失敗をしてしまうかもしれませんし、頑張り過ぎて体調を崩したら、それこそ取り返しがつかなくなるかもしれません。そうなったら、イリチェ村の方々も、屋敷の方々も、とても悲しむでしょう。もちろん私も悲しいです」
「しかし……!」
「急ぐ必要はあると思います。ですが、焦りは禁物です。今のブラハルト様は、その優しさゆえに焦って周りが見えなくなっていると思います!」
自分の感情を言葉にしてぶつけると、ブラハルト様は何か考えるように顔を伏せてから、深々と溜息を漏らした。
「……エルミーユの言う通りだな。俺は少し焦っていた。一日でも早く復旧をしたくて……それに、家長になってから、こんな事件は初めてだったものでな……まったく、俺はつくづく未熟者だ」
私はブラハルト様の自虐に対して、即座に首を横に振って見せる。
「そんなことはありませんわ。自分の身を顧みずに、民のために奮闘する姿は、まさに当主の器だと感じます。私はそんなブラハルト様を、誇りに思います」
「ありがとう、エルミーユ。あと、怒鳴って申し訳なかった」
「私こそ、偉そうにものを言ってしまい、申し訳ございません」
村のために気張る姿は、とてもカッコイイけど、同時にいつか無理をし過ぎて壊れてしまいそうに感じて……それが嫌な私は、自然とブラハルト様を抱きしめていた。
「エルミーユ、どうかしたのか?」
「ブラハルト様の疲れが、少しでも取れればと思って……」
「……ありがとう。それじゃあ、少しだけお言葉に甘えさせてくれ」
「え?」
私は軽々とお姫様抱っこをされると、そのままベッドに横にさせられた。
え、これって……もしかして、そういうこと!? 嫌どころか、ブラハルト様なら大歓迎なんだけど、心の準備が……!
「っ……!」
心の準備の遅さをカバーするように、ギュッと目を閉じる。
すると、ブラハルト様は私の隣に寝転がり、私に優しく抱きついた。
「すまない、少しだけ……こうさせてくれ」
「ブラハルト様……はい、私でよければ、いくらでも」
抱きつきながら、私の貧相な胸にうずまるブラハルト様の頭を、優しく撫でる。
ブラハルト様には、もう甘えられる相手がいない。それに、自分が家長になって全責任を負うことになったうえに、今回の事件まであって……気持ちに余裕なんて無いわよね。
だから、どんな方法でもいいから、ブラハルト様の支えになれていられるなら、とても嬉しい。
「……すー……すー……」
「眠ってしまいましたか……」
すぐに寝息を立て始めたブラハルト様に、私はそっと頬にキスをする。
おやすみなさい、私の愛しい人。また明日も、あなたや皆様に、幸運が訪れますように――
****
■エドガー視点■
計画の実行を決めてから一月ほど経ったか。ようやく、行動に移すことが出来た。
最初の一発目だからといって、派手に出来ないのがつらいねぇ。
これも作戦だから我慢我慢。女の子と遊ぶ時だって、時には我慢して一気に爆発させると、最高の気分を味わえるのと同じってね。
「しっつれっいしっます~!!」
「……お前は普通に入れんのか」
「人生なんて、真面目にやっても面白くありませんから!」
「…………」
以前やってきたワーズ家の家長の部屋にやってくると、後に続くように、頬に傷がある男が入ってきた。
「やあ、ボクの大親友! 首尾はどうかなぁ~?」
「……言われた通り、橋を破壊してきた」
「さっすがぁ~! 実行したのは夜明け前なのに、気づかれないようにする破壊工作、まさに職人技だね!」
「ふん……金を積まれたから、やったにすぎない」
ありゃ~相変わらず無愛想ですこと。
まあ、実際にボク達の関係って、仲良しこよしのお友達~みたいな、綺麗な関係では無いのは確かだ。
ボクの大親友は、とある人間からの紹介で知り合った。
彼は、金さえ積めば殺しもやってくれるし、薬も手に入る。女の調達だって余裕な、何でも屋をしている。
「貴様は何者だ?」
「あ、ご紹介がまだでしたね! 彼はボクの大親友であるシュムゲ! この黒ずくめの男に、何か頼みごとをしてやると……あら不思議! なんでもしてくれちゃう最高の友人です! 一家にお一人、いかがですぅ?」
「一々ふざけんな、鬱陶しい……あと、誰が大親友だ。俺とてめえは、ただの腐れ縁だ」
大親友君は、忌々しそうな声で、タバコに火をつける。
これは何て手厳しいの!? ボク達の友情はそんなものだったなんてっ! ショックすぎて死んじゃうっ!
……なんて、いつまでもふざけてたら、シュムゲに殺されちゃいそうだなぁ。少しだけ真面目にすっか。
「報告をしてちょ~だいな~」
「三つの橋は破壊した。それで、肝心の男の方は……随分と取り乱してたな。だが、すぐに橋の修繕のために動いていた。女の方が……思ったよりも平然として、子供を元気にするために、色々話をしていた」
「うんうん、可愛い弟君には、それなりに仕返しが出来たようで、なによりだよぉ」
「しかし、それではエルミーユにはなんの効果もなかったのではありません?」
「ですねぇ~。所詮は彼女にとって、イリチェ村なんて思い入れがない場所だから、仕方ないですよ」
逆に一度見ただけの物や土地に思い入れをしまくって、泣いたり怒ったりする人とか、ちょっと近寄りがたいかなぁー。感受性豊かすぎてドン引きってやつ?
「あくまでこれは、仕込みをするための時間稼ぎなんで、問題ないですよん。しばらくブラハルトは、橋の修繕が忙しくて、社交界には目を向けられない。その間に……例のあれ、よろしくお願いしますよぉ」
「ふん。言われなくても、ちゃんとやりますわ」
うんうん、それなら結構。ちゃーんと仕事ができる人は、嫌いじゃないよぉ〜ん。
「とりあえず、計画に変更なしということで」
「うむ。では、我々はそろそろ出かける。貴様もさっさと消えろ」
「わかってますよぉ! それじゃ、また定期的に連絡しに来ますね! では失礼します! シュムゲ君、今後も友達の僕のために、よろしく頼むよ~ん!」
「友達じゃない。仕事だからやるんだ……あばよ」
「んも~いけずぅ~!」
シュムゲと会話をしてから、るんるん気分で部屋を出て廊下を歩いていると、コレットが自分の部屋の扉から、頭だけ出して、こちらを見つめていた。
当然見逃さなかった僕は、部屋の中に入ると、即座にコレットを強く抱きしめ、唇を奪った。
「んっ……んむっ……あん、もう……積極的すぎるよ。せめて親がパーティーに行ったらにして」
「そんなの待ってられないよ〜。早く君と愛し合いたくて、ウズウズしちゃってるのにさ」
「うふっ……あたしもね、こっそり遊びに行った夜の凄さが忘れられないの。だから、今日もめちゃくちゃになるくらい、愛してね」
そこまで言われたら、男として断るわけにはいかない。
そのままボクはコレットをベッドに寝かすと、逃がさないように腕を押さえながら、再び唇を奪う。
すると、コレットはこれからの展開に期待するように、頬を真っ赤に染めあげ、ウルウルした目でボクを見つめてきた。
うぅ〜ん、そんなにボクを刺激するなんて、いけない娘だなぁ! これはボクがちゃんと躾けてあげなければ! それじゃあ……いっただっきま〜〜す!!
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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