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第三十話 悶々エルミーユ

「……どうしよう、全然思いつかない……」


 翌日の夜、私は自室に置かれたベッドに横になりながら、悶々とする時間を過ごしていた。


 マリーヌから自分の気持ちについて教えてもらった後、この気持ちをどうやってブラハルト様に伝えるか考えていたのだけど……ちっともいい言葉が思いつかない。


「丸一日、一睡もせずに考えても案が出ないなんて、自分が情けないですわ……! たまたま今日は、ブラハルト様が忙しくてお会いできない分、時間はたっぷりあったというのに……!」


 私の周りには、不採用になった案が書かれた紙屑が乱雑に置かれ、部屋を支配していた。


 ……単刀直入に愛していると伝える? 無難だけど、もう少し素敵な言葉で伝えたい。

 物語に出てくるような、とても甘酸っぱい台詞を考える? 試してみたけど、最初の一行目からつまづいたわ。

 言葉なんて使わず、態度で示す? たとえば抱きつくとか、キ、キキ……キスするとか……そんなの、恥ずかしすぎて無理だわ! 考えただけで卒倒しそう!


「うぅ~……ねえあなた、何か良いアイディアはありませんか?」


 あまりにも不甲斐ない自分から逃れるように、枕元に置いてあるぬいぐるみに話しかける。

 ブラハルト様の手で綺麗に直ったぬいぐるみからは、当然何も返事はない。


「はぁぁぁ……自分の気持ちを伝えることが、こんなに難しいだなんて……」

「エルミーユ、俺だ。いるか?」

「ひゃああああ!?」

「エルミーユ!?」


 部屋にいるのが自分だけなのを良いことに、盛大に溜息を吐いていると、部屋の外からブラハルト様の声が聞こえてきた。

 その声に異常なくらい驚いてしまった私は、変な悲鳴を上げながら、ベッドから転げ落ちてしまった。


「どうした!? なにがあった!?」

「いたた……ぶ、ブラハルト様……」


 私の悲鳴と、ベッドから落ちた時の音が無駄に大きかったせいで、ブラハルト様が血相を変えて部屋の中に飛び込んできた。

 その早さは、私が起き上がる猶予すらないくらい、迅速なものだった。


 ああ、恥ずかしすぎて顔から火が出そう……こんな姿をブラハルト様に見られてしまうだなんて……。


「どうした、なぜ床に寝転がっている!? それに、今の大きな音……もしかして、ベッドから落ちたのか!?」

「えっと、その通りですわ……考え事をしていたのですが、ブラハルト様の声で驚いてしまいまして……」

「俺のせいだって!? 本当にすまない! どこか怪我はしていないか!?」

「大丈夫です」


 本当は、床にぶつけた頭や腕が痛むけど、この程度の痛みで根を上げていたら、実家で生活は出来ないわ。


「本当に大丈夫なのか? 顔が真っ赤だが……」

「だ、大丈夫ですので!」


 私の元に来たブラハルト様は、倒れている私を優しく起こしてくれた。


 うぅ、ただでさえ恥ずかしい姿を見られてしまったのに加えて、ブラハルト様に優しくしてもらったせいか、体中が熱くてたまらない。


 ほんの少し話しただけで、こんなにドキドキしていて、本当に愛の告白なんて出来るのかしら……?


「あ、あの。何かご用でしょうか?」

「ああ。今日は仕事で朝食も昼食も一緒に食べられなかったから、せめて夕食だけでも一緒に食べようと思ってな。それで、夕食の準備が出来たという知らせがあったから、迎えに来たんだ。まさか、こんなことになるとは思ってなかったが」

「も、申し訳ございません……」


 せっかく私のために気を使ってくれたというのに、肝心の私がこの体たらくでは、なんの意味もない。

 ブラハルト様に自分の気持ちを伝えるって決めたのだから、もっとしっかりしないと。


「さあ、いこうか」

「はい」


 ただ食事に向かうだけなのに、ブラハルト様は私のことをエスコートしてくれた。向かった先は、なぜか中庭だった。


「ブラハルト様。今日はどうして中庭での食事なのでしょうか?」

「わからない」

「そうなのですか? てっきり、ブラハルト様が指示したことかと思っておりましたわ」

「俺を呼びに来た使用人が、ここに来るようにと言って、そそくさと部屋を後にしてしまったんだ」


 ブラハルト様ではないのなら、一体誰が食事を外でするように指示をしたのかしら?

 まあいいわ。今日はそんなに寒くないし、ブラハルト様とご一緒の食事なら、どこで食べてもおいしいもの。


 そんなことを思っていると、ブラハルト様は私を席までエスコートすると、音を立てずに席を後ろに引いて、座らせてくれた。


「そういえば、今日は周りに使用人の方々がおられないのですね。いつもは何人か待機してくださいますのに……」

「そうだな。マリーヌもずっと姿を見せていないんだ」


 言われてみれば、先程からマリーヌを見かけていない。今日の告白を手伝ってくれるらしいけど……もしかして、体調が悪くなったのかしら?


 そんな心配を抱えながらブラハルト様と話していると、コック長を務める男性がやってきた。


「失礼します。申し訳ございませんが、少々トラブルが起こりまして、食事の準備が遅れております。もうしばらくお待ちください」

「まあ、大丈夫なのですか? 私にお手伝いできることはございますか?」

「エルミーユ様のお心遣い、大変痛み入ります。私達で対処は可能ですので、ブラハルト様との時間をお楽しみくださいませ」


 そう言うと、コック長は急いで屋敷の中へと戻っていった。


 トラブルだなんて珍しいわ。少なくとも、私がアルスター家にやって来てから、一度もそんなことは起きたことがない。


 マリーヌや使用人達がいなかったり、食事の準備が遅れたり……もしかしたら、今日はあまり良くない日なのかもしれない。

 告白は、またの機会にした方が……駄目よ、私。そうやって逃げていたら、いつまで経ってもブラハルト様に気持ちが伝えられないわ!


「トラブルか……何事もなければいいんだが。とりあえず、ゆっくり待っているとしよう」

「そうですね」


 食事が運ばれるまで手持ち無沙汰になってしまったから、ボーっとブラハルト様の顔を見つめる。


 うぅ、どのタイミングで告白をすればいいのか、全然わからない……。


「…………」

「…………」


 見つめ続けていると、私の視線に気が付いたブラハルト様が、無言のまま口角を上げた。


 こうしていると、社交界でブラハルト様とお話した時に、互いに静かに過ごしていた時を思い出す。

 最初は居心地が悪かったけど、すぐに慣れて居心地が良くなったあの時とは、比べ物にならないくらい、今は居心地が良い。


 とは言っても、ずっとドキドキはしているから、居心地がいいのに、妙にソワソワしてしまう。


「エルミーユ、さっきから随分と顔が赤いが、大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですわ!ブラハルト様とこうして過ごせていることが嬉しいだけですの!」

「そうか。そう思ってもらえるとは、とても嬉しいよ。それに、俺もエルミーユと過ごす時間は、とても好きだ」

「っ……!! わ、私も大好きです!!」


 ブラハルト様の口から出た好きという言葉。それは、私との関係を指している言葉ではない。

 しかし、どのように自分の好きを伝えるか考えていた私には、それが関係を指しているものではなく、私を異性として好きだという意味だと捉えてしまった。


 その結果、少し大げさなくらい大きな声を出しながら、その場で勢いよく立ち上がってしまった。


「エルミーユ?」

「あ、その……ちがっ……いや、違くはなくて……!」


 私はすぐに我に返ると、おずおずと椅子に座った。


 まさか、自分がこんなに恋愛に弱いだなんて、思ってもなかったわ……。

 多分このままずっと考えていても、悶々とした日々を過ごすだけだろうし、今みたいに変な反応をしてしまい、ブラハルト様に余計な心配をかけてしまうかもしれない。


 ブラハルト様との生活は、一日でも大切にしたいのに、悶々として無駄に月日を重ねるなんてしたくない……。


 それなら、今の私がすることは……逃げずに、ちゃんとブラハルト様に気持ちを伝えることだ。


「その、ブラハルト様。私の気持ちを聞いていただけないでしょうか?」

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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