第二十七話 穏やかな村
「ふぅ……この辺りの空気は、とても澄んでいておいしいですわね」
ただ散歩をしているだけなのに、周りが穏やかすぎて、最近のパーティーやエドガー様の件で疲れた心が、みるみると癒やされていくような感覚を覚えた。
本当は、ブラハルト様と一緒に散歩をしたかったのだけど、ダミアン様と話があるなら仕方がない。
気持ちを切り替えて、早速散歩を……あっ、あそこに村の方がいるわ! せっかくだし、声をかけてみようかしら……?
「お、その格好。あなたが噂のお嫁さんか!」
……先に声をかけられてしまった……私のノロマ……。
「初めまして。エルミーユと申します」
「おお、これはご丁寧にどうもどうも! ブラハルト様が、こんな素敵なお嫁さんを貰えただなんて、俺も嬉しいですよ!」
「ふふっ……ダミアン様のお宅に伺う際にも感じましたが、この村の方々は、ブラハルト様のことを、とても慕っておられるのですね」
「そりゃあもちろん! 幼い頃から、家と領地、領民のために育ったのを見てますし、ご両親とお兄さんの不幸な事故にも負けずに領主になった後も、我々のために仕事を頑張りながら、定期的に来てくれるくらい仕事熱心な方を、慕わないわけがありませんよ!」
お兄さん……エドガー様か。やはりここでも、エドガー様は亡くなったことにしているのね。
てっきり社交界だけかと思ってたけど、村の人達もだなんて、本当に徹底しているわ。
「そのお気持ち、とてもわかりますわ。私も彼と結婚してまだ日が浅いですが、彼の素晴らしさが身に染みておりますもの」
「おぉ、あなたもわかってくれるんですね! いやぁ、結婚された方が、あなたのような人でよかった! お偉いさん達のブラハルト様に対する評価って、あまり宜しくないのは噂で聞いていたので、みんな心配してたんですよ」
先程のブラハルト様の話を聞いた時に、もしかしてと思ったけど……やはり村の方々にも、ブラハルト様の噂って届いてたのね。
でも、悪評を聞いてもなお、この村の方々はブラハルト様を悪く言わないどころか、とても慕ってくれるのが、自分のことのように嬉しいわ。
「私はブラハルト様を尊敬しておりますし、心から慕っておりますので、ご安心くださいませ」
彼を安心させるために、自分の素直な気持ちを伝えると、彼は大粒の涙をボロボロと流し始めた。
「だ、大丈夫ですか……?」
「はい……うぅ、良かった……こんな優しくて、理解のあるお嫁さんが来てくれて、本当に良かった……! これもきっと、ブラハルト様がずっと真面目に頑張ったから、神様がご褒美をくれたに違いない!」
よかった、悲しみの涙ではなくて、喜びの涙だったのね。ブラハルト様の大切な民を泣かせてしまったのかと思って、とても焦ってしまったわ。
「泣いている場合じゃないな! 早速みんなに、ブラハルト様のお嫁さんは素晴らしい人だって伝えてきます! では!」
「あっ、そんなに急いで走ったら、転んでしまいますわよ!」
私の注意なんて一切耳に入っていないのか、彼は全速力でその場を後にした。
あんなに急いで、大丈夫かしら……心配だけど、ここでこうしていても仕方がないし、散歩の続きをしよう。
「あら、あそこに沢山の人がいるわ」
あてもなく、ゆっくりと村の中を見て回っていると、川にかかる木製の橋に、沢山の男の方達が集まって、何かをしているのを見つけた。
「どうして、あの橋にたくさんの人が集まっているのかしら?」
「あの橋は、古くからイリチェ村を支えてきた、三つの橋の一つです。イリチェ村の物流を支えているのですが、なにぶん古い橋なので、老朽化が随分と進んでいます。なので、修繕工事をしているのです。ブラハルト様は、そのお話と工事の進捗を見るために、イリチェ村に足を運ばれたのです。ちなみに、残りの二つの橋は、少し離れた場所にございます」
「まあ、そうでしたのね」
お供をしてくれている使用人が、簡単に説明をしてくれた。
なるほど、先程ブラハルト様が仰っていた大事な話というのは、この橋のことだったのね。
橋の工事だなんて、見たことがないから見学したいけど、仕事の邪魔をするわけにはいかないし、早くここを離れましょう。
****
「ふぅ、それなりに歩き回ったから、ちょっと疲れましたわね……」
「すくなくとも、一時間以上はお散歩されていますし、そろそろ戻りましょうか」
「わかりましたわ」
使用人の提案を素直に聞いた私は、ダミアン様の家へと戻っていく。
その途中で、見覚えのある女の子が、木の枝を使って、楽しそうに地面にお絵かきをしている姿を見つけた。
確か、モモちゃんといったわね。さっきは逃げられちゃったけど、今度こそちゃんと挨拶をしなきゃ。
「モモちゃん、こんなところで何をしているのですか?」
「っ……!」
私に気づいたモモちゃんは、一瞬だけ驚いた表情を浮かべてから、ジッと私から視線を逸らさずに見つめてきた。
さっきは怖がられて逃げられてしまったと思ったけど、改めてよく観察すると、怖がっているようには見えない。
なんていうか……怒っているような……敵意を向けられているような気がする。
「モモちゃん?」
「来るな!」
私の予感は、見事に的中した。
モモちゃんは私に敵意が込められた言葉と、手に持っていた枝を私に投げつけてきた。
幸いにも、それが私に当たることは無かったけど、モモちゃんの突然の行動には、少し驚いてしまった。
「こ、こら! エルミーユ様に何をしている!? 」
「私は大丈夫ですわ」
使用人がモモちゃんを叱ろうとするが、それを制止した後、ゆっくりとモモちゃんに近づいた。
こんな小さな子が、初めて会う私にこんなに敵意を向けるなんて、きっと何か事情があるはず。
もしそれが、私に解決できるものなら、力になってあげたい。だって、子供はこんな怒った顔よりも、笑顔の方が素敵だもの。
「モモちゃん、私はあなたをいじめたりしませんよ。だから、一緒にお話しましょう」
「うるさい!」
ゆっくりと、怖くないように慎重に近づくが、今度は石を投げて抵抗を示す。
こんなに嫌われているのだから、よほどの事情があるのだろう。
「大丈夫、大丈夫……怒らないから、どうしてこんなことをしたか、お話してくれませんか?」
「……あたし、知ってるんだよ! 偉い人達は、みんなブラハルト様を悪く言ってるって! あなたもそうなんでしょ! 絶対に、家ではコソコソとブラハルト様の悪口を言っているんだ! あたし達の大好きなブラハルト様をいじめるなー!」
今度は自ら私に近づくと、愛おしいほどに小さくて可愛らしい手をギュッと握って、ポカポカと私を叩いてきた。
こんな小さな子まで、ブラハルト様のことが大好きなのね……ここまでくると、感動すら覚えてしまう。
「あなたは、ブラハルト様のことが大好きなのですね」
「そうだよ!」
「私も、とても優しくて、紳士的で、誠実で、民や領地のために頑張る努力家なブラハルト様が、大好きですわ」
「う、嘘だっ! そうやって、ブラハルト様を騙して、いじめてるんだ!」
「嘘ではありませんわ。まだ彼とは出会ってから、さほど時は経っておりませんが、ブラハルト様が噂で聞いたような悪いお方じゃないのは、わかっておりますわ」
私はモモちゃんの前でペタンっと座り、にっこりと笑って見せた。
すると、さっきまで剥き出しだった敵意が、ほんの少しだけ鳴りを潜めていた。
「偉い人は、みんなひどいことをしているんじゃ……?」
「それは……悲しいけど事実ですわ。でも、私はそんなことを絶対にしません」
「……うん、わかった。お姉ちゃんを信じる。色々酷いことをしちゃって、ごめんなさい」
モモちゃんは、何度も頭を下げて、私に謝罪をする。
まだ幼い子が、ここまで自分の間違いを認めて反省をしているのだから、これ以上言う必要は無いわ。
でも、このままだと止めても謝り続けそうだし……何か別の話題でもあれば……そうだわ。
「モモちゃん、さっき描いてた絵は、何の絵だったのでしょうか?」
「え? あれはね、お姫様の絵だよ。私の大好きな絵本に出てくるの」
自分の好きなものを話せて嬉しそうなモモちゃんの表情は、歳相応のものになっていた。
地面というキャンパスに、木の枝の筆で描かれた絵は、可愛らしいけど、さすがに何の絵本に出てくるものかはわからない。
「この絵本なの!」
「その絵本、家を出る時に持っていたものですわよね?」
「うん。おばあちゃんの、そのまたおばあちゃんの時からずっとある絵本でね、あたしの宝物なの。一度でいいから読んでみたいけど、もうボロボロで読めないから、お姫様の絵を描いて遊んでいるの」
モモちゃんの差し出した絵本は、汚れて文字が半分以上は読めなくなっているし、紙が風化してしまっていて、触るだけで破れてしまいそうだ。これでは読むのは難しいだろう。
でも、この絵本はアルスター家の書庫に読める状態であったのを覚えている。
そして、私はその本を読んだことがある。
「モモちゃん、よければそのお話、私がお話して差し上げましょうか?」
「でも、絵本は読めないんだよ?」
「そうですね。でも、私はこの物語を読んだことがありますし、内容を全て覚えていますの」
「う、嘘だっ……!」
「信じられませんよね。では、そこの木陰に座りながら、お話しましょう」
半信半疑なモモちゃんと、二人の使用人を連れて、近くの木陰に移動して腰を下ろすと、絵本の内容を話し始めた。
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