第二十話 私は幸せ
「エルミーユ?」
「申し訳ございません、ブラハルト様。これ以上、あなたへの陰口を黙って聞いていられません」
「待つんだエルミーユ。俺は大丈夫だから」
ブラハルト様に対する、数々の心無い言葉に我慢の限界が来た私は、ブラハルト様の静止を聞き入れないまま、いつもより大きな声で話し始めた。
「ブラハルト様。私はあなたと結婚できて、一緒に暮らせているのが、人生の中で一番幸福なことですわ! だから、あんな低俗なお方の言葉を気にすることはございません!」
「なっ!? ちょっとあなた、失礼にも程があるんじゃありませんか!?」
私は誰が言っているかなんて言葉にしていないのに、陰口を叩いていた一人の女性が、わざわざ自分から絡んできた。
「あら、これは失礼いたしました。ですが、事情も知らずに、噂だけで決めつけるあなた……いえ、あなた方の方が、よほど失礼かと存じますわ」
淡々と事実だけを述べると、彼女はうぐっ……と変な声を漏らしながら、数歩後ろに下がった。
「私は、夫と結婚をしてから、本当に良くしてもらいましたの。嬉しくて、何度も涙をこぼしてしまったくらい。だから私は、胸を張って夫がとても素晴らしいお方だと断言できます。でも、あなた達はどうでしょうか? 胸を張って、夫が酷い人だと断言できますでしょうか?
「で、でもそういう噂が……」
「しょせん噂は噂。実際に夫が誰かに酷いことをしたのでしょうか? もしそうなら、ぜひ今後の夫婦の生活のために、お教えいただけると幸いですわ」
「そ、それは……」
「無いのですね? 恐ろしいだとか、呪われるだとか、そんな根も葉もない馬鹿げた噂を信じて、夫を傷つけるのは、金輪際お控えくださいませ」
そこまで言われるとは思ってなかったのか、近くで陰口を叩いていた方々は、そそくさと離れていった。
ふう、うまく言えたかどうかは定かではないけど……とりあえず、少しスッキリしたわ。
「エルミーユ、君という人は……」
「申し訳ございません。我慢できなくてつい……」
「いや、いいんだ。堂々と自分の気持ちを話し、俺のことを守ってくれた姿は、とても気高くて美しかった。マリーヌもそう思うだろう?」
「はい。とてもスッキリしました」
ブラハルト様の名誉を守るためだったとは言え、頭に血が昇っていたのは否定できなかったから、注意されるのは覚悟してたけど、結果的にうまくいって良かったわ。
あと……慣れないことは言うものではないわね。ちょっぴり疲れてしまったわ。
「本当にありがとう、エルミーユ……どうした? 顔色が優れないが……」
「少々慣れないことをしたので、疲れただけですわ」
「ならいいんだが……」
小さく溜息を漏らしながらではあったが、ブラハルト様に心配をかけないように、微笑んで見せていると、またしても周りからヒソヒソと話す声が聞こえてきた。
しかも、その内容からブラハルト様は完全にいなくなり、私への陰口一色となっていた。
「まったく、俺の話が終わったと思ったら、今度はエルミーユか……こう言っては何だが、つくづく暇な連中だ」
「私のことはお構いなく。普通のお方よりかは、耐性があると自負しておりますので」
「耐性があっても、傷つかないわけではない。今度は俺が一言言ってやる」
「ありがとう存じます、ブラハルト様。本当にあなたは優しいお方ですね。でも、本当に大丈夫ですので」
「しかしだな……」
先ほどと似たような内容で、ブラハルト様と押し問答をしていると、入り口にいたお方とは別の使用人が、私達の元へとやってきた。
「失礼いたします。ペラム様から、あまり騒ぎを起こすようなことはお控えいただくようにとのことです」
そう言った使用人は、チラッと視線を逸らす。そこには、少し不機嫌そうな表情を浮かべるペラム様の姿があった。
「これは大変失礼しました。これ以上お邪魔していたら、せっかくのパーティーに水を差してしまうでしょうし、妻の体調が少々優れないようなので、今日のところは失礼させていただきます」
「左様でありますか。ではペラム様にはそのようにお伝えしておきます」
「よろしくお願いします。では」
「えっ、ブラハルト様?」
「行こう、エルミーユ、マリーヌ」
勝手に話が進んで戸惑っている間に、ブラハルト様に手を取られて会場を後にすると、そそくさと馬車に乗りこんだ。
「ブラハルト様、本当によろしいのですか?」
「ああ。ちゃんとペラム様の招待に応え、挨拶をしたんだ。義理は果たせている」
「それは、そうかもしれませんが」
「それに、あれ以上あの場にいたら、エルミーユがさらに疲れてしまうだろう」
「……ありがとう存じます、ブラハルト様……」
こんな時でも、私の心配をしてくださるのね。やっぱり優しいお方だわ……。
「さあさあ、湿っぽい空気はこの辺にしておきましょう。帰ったらお茶を淹れますから、ゆっくり過ごしましょう。良い茶葉とお菓子を手に入れたんですよ」
「それは楽しみだな」
「ふふっ。そうと決まれば、早く帰ってのんびり静かに過ごしましょう」
色々と出過ぎた真似をしてしまったけど、なんとか結婚してから初めてのパーティーを終えた私は、二人と楽しくおしゃべりしながら、帰路に着いた――
****
■ブラハルト視点■
「坊ちゃま、失礼します……って、部屋の真ん中で正座して、何をしているのですか……?」
無事にパーティーから帰ってきた日の夜、自室の真ん中で正座をしていると、マリーヌが怪訝な表情を浮かべながら、静かに入ってきた。
「自分の弱さと見つめあってたんだ」
「とても簡単な説明をしてもらっておいてなんですが、全く意味がわからないですよ」
だろうな。俺も自分で言っておいてなんだが、これで理解されたら驚くと思う。
「今日のことを反省していたんだ。俺は最初に愛さないと言ってまで、エルミーユが悪評で傷つけないようにしていた。だから、会場でエルミーユを無理にでも止めて、守らなくてはいけなかったのに……庇ってもらえたことが嬉しくて、甘えてしまった。本当に情けない……」
陰口を叩いていた貴族達に物申す前のエルミーユは、いつもは絶対に見せないような、怒りに満ちた表情をしていた。
その時点で、エルミーユが俺のことを庇って、なにかしようとしているのは察していた。
だが、俺はエルミーユの優しさに甘えて、強く止めることが出来なかった。
「仕方ありませんよ。エルミーユ様は、私達の想定を遥かに上回るほど、優しい方だったということです」
マリーヌの言うことには一理ある。エルミーユは、俺が出会ってきた中で、三本の指に入るほどの、優しさと気品さを持っている。
だが、その優しさに甘えて、エルミーユを守るという目標を蔑ろにしているようでは、なんの意味もない。
「守りたい云々も含めて、エルミーユ様に全て素直に話したほうがよろしいんじゃないですか? 元々、坊ちゃまのような真面目な方に、こんなやり方は無理な話だったんですよ」
「…………」
「素直に話して、堂々とエルミーユ様をお守りすればいいのですよ。その方が、きっとエルミーユ様も喜ばれると思いますよ」
そう、なのだろうか……? いや、きっとそれが正解なのだろう。俺は最初から、大きな間違いをしてしまっていたんだ。
「ありがとう。マリーヌのおかげで、俺は間違いに気づけた」
「どういたしまして」
「そうだ、何か用があって来たんじゃないのか?」
「坊ちゃまのことですから、今日のことで何か悩んでると思って来ただけですよ」
「…………」
もはやぐうの音も出ないほど、完璧に読まれている……恐らく俺は、一生マリーヌには敵わない気がするな……。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
少しでも面白い!と思っていただけましたら、モチベーションに繋がりますので、ぜひ評価、ブクマ、レビューよろしくお願いします。
ブックマークは下側の【ブックマークに追加】から、評価はこのページの下側にある【★★★★★】から出来ますのでよろしくお願いします。




