表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/56

第二話 無慈悲な父

「エルミーユお嬢様、ヴィルイ様がお越しになられますので、ご準備をしてください」

「はい、わかりました」


 コレットとお義母様が去った後、無駄に広い屋敷の廊下を綺麗にし終わった頃を見計らうように、使用人の女性が私に声をかけてきた。


 私はそれに小さく頷いてみせてから、屋敷の奥に備えられている更衣室に入る。

 中にはオレンジ色のドレスと、いつも使っている化粧品が無造作に置かれていた。


 貴族の身支度は、使用人が手伝うのが一般的だが、私は身支度を手伝ってもらったことは、一度もない。


「お越しになるのは、あと……一時間くらいですわね。早く準備をしましょう」


 部屋に置かれた古い時計で時間を確認してから、私は着ていたボロボロのエプロンドレスを脱ぎ始める。


 使い倒されたエプロンドレスは、汚れで色が変わってしまい、もはや原色がわからなくなっている。

 服のあちこちがほつれていたり、穴が開いてしまったところを縫い合わせていたりと、パッと見ただけでボロボロなのがわかる。


 私は、もう何年もこの服を自分で直し、自分で洗濯をして、何とか使い続けている。


 新しい服は欲しいけど、頼んだところで買ってもらえないどころか、嫌がらせの一環として、服を更にボロボロにされるのは、目に見えている。


「……だいぶ治ったけど、跡は残ってしまいそうね……」


 大小様々な傷がついた肌が、部屋に置かれた姿見に映っていた。


 常日頃から、私は家族から難癖をつけられて、虐げられている。この体に刻み込まれた多くの傷は、その時についたものだ。

 その傷は、外には目立たないように、首から下にしか存在していない。


 日常的に虐げられ、使用人がやるような掃除をさせられて、着ている服もこんなにボロボロな物しか与えられないのには、理由が二つある。


 そのうちの一つが、私の出生についてだ。


 私の本当のお母様は、この家に住み込みで働く使用人だった。

 とても綺麗で、お淑やかな性格だったお母様は、酷く酔っぱらったお父様に、部屋に連れ込まれて襲われてしまった。

 その結果、お母様は私を身ごもることになってしまった。


 いくら酒に酔っていたとはいえ、使用人に手を出したなんて知られたら、自分や家の評判が落ちてしまうかもしれない。

 それを恐れたお父様は、お母様が薬を盛って、お父様を襲ったことにしてしまったわ。


 つまり私は、お父様にとって、自分の一夜の過ちを象徴する存在ということだ。当然、愛されるわけがない。


 お父様に嫌われるだけではなく、私が生まれた時には、既にお腹にコレットを身ごもっていたお義母様にも、お父様の話を信じ込み、私とお母様を汚らわしいものとして、酷く嫌った。


 コレットも、お父様とお義母様の姿を見て育ったこともあり、私を常に蔑んでいて、何かしらにつけて嫌がらせをする子になってしまった。

 それどころか、溺愛されて育ったせいで、とてもワガママな性格になってしまったわ。


 そして、本当のお母様は……私を守るために事実を公表せず、今後も屋敷で働くから、自分達を屋敷においてくれと頼んだ。家を追い出されたら、行くところが無いからだ。


 しかし、お父様はそれは受け入れず、私だけを引き取って、お母様を屋敷から追放した。


 不本意だったとはいえ、ワーズ家に生まれた子供を追放したら、色々と悪い噂が飛び交い、面倒なことになるかもしれないからだ。

 そして、どんな子供でも面倒を見る、誠実な男を演出するためだと、屋敷の使用人がコソコソと話していたのを聞いたことがある。


 つまり、お父様は私を愛し、育てるために屋敷に置いたのではなく、自分が不利にならないようにするために、私だけを屋敷に置いたということだ。


 そんな私を取り戻すために、お母様は追放された後も、何度も屋敷にやって来て、私を返してくれとお願いをしてくれた。

 当然、それは受け入れられることはなかった。


 それでもお母様は、諦めずに通い続けてくれたが……私が四歳になった歳の冬に、家の近くで亡くなっているのが発見された。


 その年は、記録的な大雪が降り、とても寒い年だった。お母様は、その寒さに耐えきれず、帰り道で力尽きてしまったそうだ。


 元々ワーズ家の使用人ということもあり、遺体と持ち物は、ワーズ家に引き取られた。

 久しぶりにお会いしたお母様は、痛々しいほど痩せ細り、着ていた服はボロボロだった。


 そんなお母様の持ち物の中に、手紙があった。


 涙の跡で滲んでいたお母様の手紙の内容は、残念ながら私にはわからなかった。

 幼い頃から、まともな教育を受けさせてもらえていない私は、文字を読むことが出来ないからだ。


 読めなくても、私にとってはお母様が残してくれた大切なものに違いない。

 でも、お父様はその手紙を、無情にも破り捨てた。


 あの時の、お父様の氷のような表情と、泣きながら手紙をかき集めた私に向けた、最後に会わせてやったんだから感謝しろという無慈悲な言葉は、今でも頭に刻み込まれている。


 その後も私は、この家の長女として生活している。


 ワーズ家の長女として恥をかかないように、社交界の作法やマナーを徹底的に叩きこまれた。

 しかし、それ以外の教育を一切受けさせてもらえず、代わりに使用人達がやりたがらないような、汚い仕事をさせられている。


 ……幼い頃のことなのに、随分と詳しいって?

 だって、大体はお母様の腕の中で、この目で見て、聞いたことだもの。


 赤ん坊の頃は、流石に理解はできなかったけど、当時のこと自体は完璧に覚えている状態で、大人になった今の私なら、事情を把握するのは、さほど難しくないわ。


「でも、もうすぐ彼と結婚できる。彼の家に嫁げば、この生活も終わる。本当に長かった……」


 傷だらけの体とは対照的に、とても艶のある綺麗な髪をとかしながら、小さく息を漏らす。


 私には、十歳の時に両親が決めた婚約者がいる。

 そのお方とは、私が十八歳になったら結婚をして、そのお方の家に嫁ぐことが決められているの。


 つい先日、私は十八歳の誕生日を迎えたから、晴れてそのお方と結婚して、家を出ることができるということだ。


 ただ……最近はその婚約者が、なぜか私に冷たい態度を取ってくるのが、少し気にかかっている。


 元々そこまで仲が良かったわけではないし、互いに愛し合っているわけでもないが、社交界でお会いした時は、挨拶をしたり談笑くらいはする。二人でお茶会をしたことも何度もある。

 でも今では、社交界で会っても適当に一言挨拶をされて終わりだし、お茶会も全く開いていない。


 まあ……冷たい態度を取られても、嫁いで家を出れるなら、なんでもいいのだけど。


「これでよしっと」


 自分で着替えと髪のセットをし、お化粧もしっかり済ませてから、もう一度姿見で自分の格好を確認する。


 お母様譲りの、くせっ毛で少し赤寄りの茶色の髪はきちんと整えられているし、用意されていたドレスもシワ一つない。


 家では酷い扱いだけど、外には良い顔をしたいから、誰かと会う時や、社交界に出る時だけは、こうしてしっかり準備をさせられるのよ。


「さあ、お出迎えに参りましょう」


 私は婚約者を出迎えるために、いつもの様に背筋をピンと伸ばし、凛とした態度で更衣室を後にした――

ここまで読んでいただきありがとうございました。


少しでも面白い!と思っていただけましたら、モチベーションに繋がりますので、ぜひ評価、ブクマ、レビューよろしくお願いします。


ブックマークは下側の【ブックマークに追加】から、評価はこのページの下側にある【★★★★★】から出来ますのでよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ