第十九話 不快なパーティー
「ブラハルト・アルスターと、妻のエルミーユです」
「はい、お待ちしておりました。どうぞお入りくださいませ」
会場の入口に立っていた、使用人と思われるお方に挨拶をしてから中に入る。
煌びやかな会場の中では、既に来ていた参加者の方々が、楽しそうに談笑していた。
そんな中、ブラハルト様の少し後ろをついていくと、五十代くらい恰幅の良い男性の元に連れてこられた。
このお方は、会ったことがないお方だわ。私の記憶に残ってないのだから、間違いない。
「おお、ブラハルト。久しぶりだね」
「お久しぶりです、ペラム様。お誕生日、おめでとうございます。こんなおめでたい席に招待いただき、誠に感謝しています」
深々と頭を下げるブラハルト様に続いて、私も彼に向かって頭を下げる。
こういう一連の動きは、小さい頃から叩きこまれているから、数少ない得意なことだと言える。
「最近結婚したらしいじゃないか。結婚パーティーはしないのかね?」
「色々と事情がありまして、控えることにしました。彼女からも賛同してくれております。っと、紹介が遅れてしまいました。彼女が妻のエルミーユです」
「お初にお目にかかります、ペラム・クロウェル卿。ただいまご紹介にあずかりました、エルミーユ・アルスターと申します」
「うむ。君がエルミーユだな。ふーん、なるほど……彼といると、色々大変だろう? 今日は是非楽しんで、英気を養ってくれたまえ」
ペラム様は、ジロジロと私を見てから、何か含みのある言い方を残して、別のお方への挨拶に向かっていった。
それを見送った私とブラハルト様は、一旦会場の隅へと移動した。
「……随分と、淡白な挨拶でしたね」
「仕方ないさ。他の方との挨拶もあるだろうし、両家は古くからの付き合いがあるとはいえ、最近は関わりが少なくなってるんだ。特に、父と母が亡くなってからは、本当に関わらなくなってしまったんだ。今回も、きっとエルミーユが見たくて招待したのだろう」
「そうですか……」
最近の関係性があるとはいえ、古い付き合いがあるアルスター家の当主様との挨拶を、適当に済まされたことや、人のことをジロジロと見て失礼とか、思うことはある。
その中でも、彼が言った言葉……毎日大変って決めつけられたのが、とても嫌だった。
なんていうか、ブラハルト様はとても恐ろしいお方だから、家でも酷い目にあわされて可哀想と言いたげな言い回しと、ジロジロ見られた時の、憐れみの目が気にいらない。
……さっきもだったけど、ブラハルト様のことを悪く言われると、自分が言われた時より、何百倍も腹が立つ。
でも、怒っても仕方がない。あくまで冷静に、いつものように凛とした令嬢を演じなくちゃ。
「他に挨拶をしにいかれるお方はいらっしゃるのですか?」
「何人かは挨拶したい人がいるんだけど、まだお越しになられていないようだ」
「では、この辺りで少しのんびりしませんか? あまり目立つと、また心無い言葉が――」
言葉が聞こえてくると言おうとした瞬間、まるでそのタイミングを見計らってたかのように、近くにいた方々が、内容がわかる程度の大きさの声で話し始めた。
それも、私達にとって悪いことを。
「なんでアルスター家がいるんだ……パーティーの雰囲気が悪くなるから、早く帰ればいいのに……」
「確かブラハルト様って、ご結婚されたのよね? あれがその相手? 随分とすまし顔で、生意気そうですこと」
「そもそも、あの女性って……最近悪名高い、アルスター家のご令嬢じゃないですか? 確か、私怨で妹を虐めてたという……」
「はぁ……悪名高い人間同士、ある意味お似合いかもな。家では、互いに酷いことをしあっているのかもしれないぞ」
私とブラハルト様の悪い話は、どこからともなく、どんどんと溢れ出てくる。
こんな状態でも、ブラハルト様は気にせずに、給仕のお方から頂いたシャンパンを口にしていた。
「ブラハルト様は、あんなことを言われて悔しくないのですか?」
「特には。ああ、でも……君のことを悪く言われるのは、腸が煮えくり返りそうなくらい腹が立つな」
「私も、ブラハルト様の悪口を言われると、凄い腹が立ちますわ」
「変なところで似た者同士だな」
ほんの少しだけ口角を上げておどけるブラハルト様に、私も思わず口元を抑えて笑ってしまった。
だが、そんな和やかな雰囲気をぶち壊すように、また別の陰口が聞こえてきた。
「何か内緒話をしているぞ……まさか、このパーティーをメチャクチャにする気じゃないか?」
「そんな……でも、恐ろしいブラハルト様と、悪名高いエルミーユ様なら、可能性は――」
人がせっかく楽しく話しているというのに……不愉快だわ。本当に不愉快。ブラハルト様のことを知りもしないで……。
なんとか我慢するつもりだったけど、これ以上ブラハルト様の悪口を言われるなんて、耐えられそうもない。
……今だけは、凛とした令嬢を演じるのはやめよう。一言二言ビシッと言ってやらなくちゃ、気が済まないもの。
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