第十八話 母の愛情
「ふぅ……」
アルスター家で過ごすようになってから少し経ったある日の夜、私は実家を出る時に持ってきた、紙切れの山をテーブルの上に出した。
この紙切れの山は、お母様が亡くなっていた時に持っていた、例の手紙の変わり果てた姿だ。
文字を一通り教わった今なら、これが読めると思い、一人でひっそりと読もうとしているの。
「これで、手紙でもなんでもなくて、ただのメモとかだったら笑っちゃいますわね……」
さすがにそんなことは無いだろうと思いながら、紙切れを順番に並び替える。
かなり風化が進んでしまっているとはいえ、幼い頃からこれを並べては、お母様のことを想っていた。だから、並べるのに時間は必要なかった。
「よし、これでいいですわね」
無事に並び終えると、そこに書かれていた文字を読み始める。
『エルミーユへ。お誕生日おめでとう。一緒に祝ってあげられなくて、本当にごめんね。エルミーユが寂しくないように、クマさんのぬいぐるみをプレゼントします。気に入ってくれると嬉しいな。いつかきっと、あなたと一緒に暮らせるように、これからも諦めずに頑張るわ。エルミーユ、生まれてきてくれて、ありがとう。お母さんは、ずっとあなたのことを愛しています。どうか、幸せになってください』
「……お母様……」
手紙を読み終えた私は、ベッドに置いてあるボロボロのぬいぐるみを、強く抱きしめる。
十四年越しに届いたお母様の暖かい想いが、手紙とぬいぐるみを通して伝わってきているようで……私は涙が溢れて止まらなくなっていた。
「ありがとう、お母様……私、お母様の娘に生まれてきて、しあわ、せ……うぅ、うわぁぁぁぁん!!」
ずっとお母様に会えなかった悲しみ、虐げられ続けた痛み、自分はずっと愛されていたんだという喜び。
色々な感情が沸き起こり、涙となって溢れ続けた。
「エルミーユ、どうした!? なにかあったのか!?」
「ぶ、ブラハルト様……!」
子供のように泣きじゃくる声がブラハルト様にも聞こえてしまったみたいで、凄い勢いで私の元に飛んできてくれた。
ぬいぐるみを抱きしめながら、ペタンっと座り込んで泣く私の前に来てくれたブラハルト様は、何も言わずに、私のことを抱きしめてくれた。
「落ち着いたか?」
「はい、なんとか……ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」
結局、あれから数分程泣き続けてしまったが、何とか落ち着きを取り戻すことが出来た。
こんなに短い間に、何度も泣いているところを見せてしまうなんて、恥ずかしいし申し訳ないわ。
「それで、一体どうしたんだ?」
「文字を一通り読めるようになったので、お母様が亡くなった時に持っていた手紙を読ませていただいたのです。これなんですけど……」
「いや、見せなくていい。それはエルミーユの母君が、エルミーユのために書いたものだ。俺には読む権利は無い」
「そ、そんなことは……ブラハルト様でしたら、きっとお母様も読んでいいと思っているはずですわ」
「その気持ちだけいただいておくよ」
本当は、ブラハルト様にはもう隠し事をしたくないのだけど、これ以上勧めるのは失礼になると思い、素直に頷いた。
優しいだけではなく、こういう紳士的なところも、ブラハルト様の魅力的なところよね。
****
「わざわざ勉強の時間を割いて、俺の知り合いの開くパーティーに参加してくれて、ありがとう」
「貴族としてパーティーに参加するのは、仕事の一環ですもの」
アルスター家で過ごすようになってから半月経ったある日、私はブラハルト様と一緒に、とある家で開かれるパーティーに出席するために、会場に向かっていた。
「そう言ってもらえると助かる。これから会う方に結婚をするという報告をしたら、どうしても俺の婚約者に一目会ってみたいとうるさくてね」
「そうでしたのね」
純粋に会いたいだけなのか、ただの興味本位なのか、はたまた別の目的があるのか。
どんな理由だとしても、やむを得ない理由もないのに断って、ブラハルト様の顔に泥を塗るわけにはいかない。
「…………」
「ブラハルト様、そんなにジッと見つめて、どうかされましたか? もしかして、なにか私の顔になにかついていますでしょうか?」
「いや、今日のエルミーユは、夫だからという贔屓目無しでも、いつも以上に美しいと思ってね」
「なっ……!? あ、ありがとう存じます……」
何を仰るのかと思ったら、いきなりそんなストレートな褒められ方をされたら、さすがに照れてしまう。
「い、一応今日は結婚してから初めてのパーティーですから、いつも以上におめかしをしたからもしれませんわね……なんて……」
今日の私は、ブラハルト様が用意してくれた美しい水色のドレスを着ている。
それに、家にいる時は薄くしかしないお化粧も、パーティーのためにバッチリしてもらったし、いつも降ろしている髪を少し上げているから、そう思ってもらえた……のかもしれない。
「エルミーユ様がアルスター家にやってきた日に、こっそりと採寸をしておいた甲斐がありました」
「い、いつの間に……?」
「入浴の後に眠ってしまったでしょう? あの時にこっそりと」
「いつか妻として社交界に出席してもらう日のために、準備をしておいて正解だったよ」
「それにしても……坊ちゃまってば、いつの間にそんな女性殺しの文句が言えるようになったのですか?」
「女性殺し? 一体なんのことだ?」
「さあ、自分でお考え下さい」
一緒に来てくれたマリーヌには、くすくすと楽しそうに笑う。
どうやら、私が照れているのも、どうして照れているのかも、察しているようだ……恥ずかしい。
「さて、そろそろ到着するな。降りる準備をしておいてくれ」
「わかりました」
よかった、これ以上褒められたら、さすがに耐えきれなかっただろう。
そんなことを思いながら安堵していると、馬車が静かに止まった。
「エルミーユ、足元に気を付けて」
「はい、ありがとう存じます」
マリーヌの後に馬車から降りたブラハルト様は、私にそっと手を差し伸べてくれた。
その手を掴んで馬車から降りると、アルスター家に劣らない大きな屋敷と、招待された多くの貴族達の姿が目に入った。
「随分と多くの人が招待されているのですね」
「今日は、パーティーの主催であり、この屋敷の主人であるクロウェル伯爵家の家長、ペラム殿の誕生日を記念したパーティーだからな」
「なるほど、そんなおめでたい日だったのですね」
私の実家でも、誰かの誕生日の時は盛大にパーティーを開いて、お祝いをしていたわね。それが終わると、家族だけの祝いの席も開かれていたっけ。
あぁ、一応私の誕生日もパーティーが開かれていたけど、家族だけの席には一度も呼ばれたことがないし、開いてもらったことも無い。
「まあ、アルスター家の当主様だわ……」
「……?」
私達のことを見つけた、とある貴族の女性のお方が、一緒にいた男性とヒソヒソと話をしていた。
「彼もお呼ばれしたのね……恐ろしいわ」
「仕方ありませんよ。アルスター家とクロウェル家は、古くから付き合いがあるんですから」
「それはそうですけど……何かされないように、気を付けておきましょう」
さすがにここからでは、何を話しているかわからない。
でも、きっと何か良くないことを話しているんじゃないかというのは、経験上わかる。
「エルミーユ、どうかしたか?」
「あの方々、こちらを見ながら何かヒソヒソと話しているようでして」
「そんなのはいつものことだから、気にしても仕方がない。それよりも、中に入って挨拶をしないと」
「……わかりました」
別に私のことを言われるのはいいけど、ブラハルト様のことを悪く言っているようなら、一言文句を言いに行きたかったけど……仕方がない、早く中に入ろう。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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