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第十一話 想定外の好待遇

「……えぇぇぇぇ!?」


 みっともなく大声を出してしまった私は、すぐに我に帰り、口元を手で押さえた。


 こ、こんなに綺麗な部屋を、私の為に用意してくれたというの? ずっとボロボロの小屋に住んでた私には、恐れ多すぎるわ。


「せ、せっかく用意していただいて申し訳ないのですが、私の部屋は、物置小屋とかで十分です」

「何をどうすれば、物置小屋という発想になるんですか!? そんな部屋を用意したら、坊ちゃまに叱られてしまいます!」


 マリーヌ様が怒られるのは嫌だけど、だからといってこんな素敵な部屋に住まわせてもらうなんて、申し訳ないもの。


「エルミーユ嬢? 何か大きな声が聞こえてきたが……」


 どうすればいいのかわからずに混乱していると、ブラハルト様が心配そうな顔をして、部屋の中に入ってきた。

 今まではずっと表情に乏しいお姿しか見ていなかったから、少し新鮮……じゃなくて!


「ブラハルト様、こんなお部屋は私には相応しくありません」

「気にいってもらえなかったですか?」

「そ、それは誤解ですわ。あまりにも素敵すぎて、私には分不相応と言いますか……」

「坊ちゃまの奥様になるんですから、これくらい普通ですよ。ねえ坊ちゃま?」

「ああ、その通りだ。あと、エルミーユ嬢の前で坊ちゃまは恥ずかしいからやめてくれ」

「前向きに検討しておきます」


 本当に良いのかしら……でも、ここまで良いんだって仰っているんだから、きっと良いのよね……うん。


「わ……わかりました。私のためにご用意くださり、誠にありがとう存じます」

「礼には及びません。マリーヌ、手当てをするのに俺の手伝いは必要か?」

「大丈夫ですよ。そうやって、女性の生足を見たい魂胆でしょうけど、そうはいきませんよ?」

「おい、誤解を招く発言はしないでくれ!」

「冗談ですよ、冗談」

「まったく……ではエルミーユ嬢、俺は隣の自室に戻って仕事をしていますので、なにかあったらお呼びください」


 私の部屋の隣がブラハルト様の部屋なんだと思っているうちに、ブラハルト様は部屋を出て行ってしまった。

 もっとお礼の気持ちを伝えたかったのだけど、それは後ね。


「うふふ、坊ちゃまって可愛いでしょう? ちょっとからかうだけで、あんなに慌てちゃって……」

「ブラハルト様は、もっと口数が少なくて、感情表現が控えめなお方だと思っていたので、少し意外でした」

「本当は、とても優しくて真面目な人なんですよ。あまりにも真面目過ぎるから、適度に今のように冗談で肩の力を抜かせているんです。今だって、表情には出してませんが、あなたのことが心配でたまらなかったんですよ」

「本当に、お優しいお方ですのね」


 出会った時から、ブラハルト様の暖かい優しさは、私の疲れ切った心にじんわりと温もりと安心感を与えてくれていた。

 偶然の出会いで、互いにメリットがあって結婚することになったとはいえ、本当に素晴らしいお方とお知り合いになれて、感謝しかない。


「ただ、噂のせいで孤立してからは、社交界ではあまり喋らなくなってしまいまして……」

「そうだったのですね……」


 本当は優しいお方なのに、身に覚えのない恐ろしい噂を広められて……きっとつらかったでしょうね……。


「……さて、暗い話はこの辺にして、怪我の手当てをしましょうね。そこに椅子に座ってくださいな」

「はい」


 マリーヌ様が用意してくれた、大きくて座り心地の良い椅子に座ると、手際よく靴とストッキングを脱がされた。

 人に脱がせてもらうなんて、一人で着替えられる年齢になってから、一度もしてもらったことがないから、なんだか変な感じだ。


「随分と靴擦れしてますね……小さくて可愛らしい足が真っ赤ですよ」

「実家から歩いてきたので」

「こんなヒールの高い靴で!? それなら痛めるのも当然ですよ! ワーズ家は、娘の門出に馬車の一つも用意できない家なんですか!? って……失礼しました。つい口が滑ってしまいました」

「いえ、気にしておりませんわ」


 気にしないどころか、家のことズバッと言ってくれて、少し胸がスッとした。

 あ、あくまで心の中で思っただけで、表情には出したりはしないわよ。


「こほんっ……とりあえず、手当てを行いましょうか。痛むかもしれませんが、我慢してくださいね」

「はい」


 前置きをしてから、マリーヌ様は治療を始めた。

 怪我している部分の消毒を行い、これ以上擦れないようにガーゼを当ててくれた。更にガーゼがずれないように、包帯まで巻いてくれた。


「はい、終わりましたよ~」

「ありがとう存じます。マリーヌ様は、とても手当てがお上手なんですね。ほとんど痛みませんでしたわ」

「坊ちゃまが小さい頃から、怪我をしたら手当てをしていたから慣れてるんですよ。あと、私のことは呼び捨てでかまいせんよ? 所詮はただの使用人ですからね」

「で、では……マリーヌ……これでいいでしょうか?」

「はい、エルミーユ様」


 呼び捨てにするなんて、コレット以外にしたことがないから、なんだか変な気分だ。

 これは、慣れるまでにかなりの時間を要することになりそうね……。


「それでは入浴を済ませて、食事にいたしましょう。お腹、すいているでしょう?」

「ご心配には及びませんわ。伺う途中に食事は済ませております」


 サラッと言ったけど、もちろん嘘だ。

 ここで食べてないなんて伝えたら、きっと更に心配をかけてしまうのは、目に見えている。


「かしこまりました。そうだ、お荷物の整理をされますか?」

「荷物……」


 私の荷物である鞄の中には、到着前に詰め込んだぬいぐるみが入っている。

 早く出してあげたいけど、酷く汚れていて、コレットに切られてボロボロになっているぬいぐるみを出したら、マリーヌを嫌な気持ちにさせてしまうかもしれない。


「……? エルミーユ様、どうかされたんですか?」

「いえ、なんでもございませんわ」


 変に隠していたら、何か危ない物でも持ってきたのではないかと、誤解をされるかもしれない。

 それなら、素直に出して早く入浴に向かった方が良いだろう。


「荷物といっても、これだけなのです」

「ボロボロのぬいぐるみと……破れた紙切れの山?」

「来る前に、色々あって壊れてしまったんですの。ぬいぐるみは早く直したいんですけど、直す時間が無くてこんな見た目のままでして……私にとっては命と同じくらい大切な物なので、捨てないでいただけると幸いですわ」

「わかりました。もしよければ、こちらで預かっておきましょうか?」


 大切なものだから、あまり手放したくないのだけど……マリーヌはとても優しそうだし、預けても大丈夫だろう。


「はい、よろしくお願い致します」

「かしこまりました。では、少々お待ちください」


 そう言って出て行ったマリーヌを待つ事数分。戻ってきたマリーヌに案内された場所は、一階にある脱衣所だった。奥には大浴場に繋がる扉もある。


 いや、ちょっと待って。もしかしてだけど、私が大浴場を使えるの!?


 家にいる時は、大浴場なんて掃除だけさせられて、一度も使わせてもらえなかった。

 いつも、バケツ一杯の水とボロボロのタオルに、小さな石鹸を渡されて、それを使って外で体を洗っていた。


 そんな私には、これはあまりにも衝撃が大きすぎて、頭が全く働かなくなっていた。


「ま、マリーヌ。念の為にお聞きしたいのですが……私はこれから、この大浴場を利用するのでしょうか?」

「は、はぁ……当然じゃありませんか。既に浴槽も洗い場も準備バッチリですよ」

「え、えぇ……?」


 綺麗なお部屋に、ずっと見ているだけだった大きなお風呂に、しかもこの後に食事まで用意されている。


 そんな想像を絶する好待遇についていけなくなった私は、体に叩きこまれた凛とした態度を忘れ、間抜けな声を漏らすことしか出来なくなってしまった。

 それくらい、こんな凄い待遇をしてもらえる衝撃が大きかったということだ。


「…………」


 結局、なにがなんだかわからないまま、私はマリーヌに服を全部脱がされたあと、大浴場の中へと連れていかれた。

 浴室には、何十人も同時に入っても余裕そうな大きな浴槽がある。


「怪我のこともありますから、今日は体を洗うだけにしましょう。足にお湯がかからないように、気をつけてくださいね」


 そう言うと、なんとマリーヌは私の体を優しく洗ってくれていた。

 人に体を洗ってもらうのも、幼い頃にしてもらった以来だ。


「痛くありませんか?」

「だ、大丈夫です……とても気持ちいいですわ……」

「それならいいのですが……足だけではなく、こんなに体中が傷だらけなんて……一体何があったんですか?」


 傷……しまった、信じられないことが、気持ちよさと一緒に怒涛の勢いで襲い掛かってきたせいで、傷を見られてしまうということを、すっかり忘れていた。

 と、とりあえず誤魔化さないと……うぅ、頭が全然働かない……。


「えっと……私、実はかなりドジでしてぇ……生傷が絶えなくて……」

「は、はぁ……」


 咄嗟に誤魔化せて安心している私の体は、更に優しく洗われていく。

 その後は、花の香りが心地いいシャンプーを使用して、ちょうどいい加減で頭も洗ってくれた。


「……はふぅ……」


 どうしよう、凄く眠くなってきた……。

 こんなところで眠ったら、迷惑になるのはわかってる。

 でも、それに反するようにまぶたはどんどんと重くなって……そのまま深い眠りについてしまった。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


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