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第二話 ひとつ目の岐路と再出発



 飯が美味い。


 いきなり何の話だ、と思うだろう。そうだろう。

 だがしかし、あえて強調して言いたいんだ。


「ご飯が、美味しい」


「急にどうしたのルーちゃん。嬉しいけどそんなに真剣に言われても、お母さん照れるわぁ」


 大袈裟かもしれないが、本当のことなんだ。最大限の「美味しい」しか言葉を持ち合わせていない自分を酷く恥じているくらいに。


 元世界で自分にとって「ご飯を食べる」とは「栄養を取り込む」だけの作業だった。

 知っているか? 空腹が一定値を過ぎると食べることが疲れてくるんだ。体は正直だが心が食べることに疲れてくるのだ。無論、一緒に楽しく食べてくれる人もいなければ、食べることに執着を無くしてしまった自分にとっては無きゃ無くていい欲だった。


 だが今はどうだ。

 「今日のご飯はなんだろう?」と毎日毎日楽しみにして、飽きることの無い食欲を楽しんでいる。何がそんなに楽しいのかは自分でもよく分からない。けど、食事が楽しい。


「お母さんは魔法使いだね。お母さんの手料理ってだけで、こんなにも食材が美味しいんだもん」


「だから、褒めても何にも出ないわよっ。あ、ルーちゃんおかわりいる?」


「うん!たくさん食べる!」


 母と祖父と、膝の上の猫。そして自分が居る。それだけのことがこんなにも楽しいと教えてくれた家族に、感謝してもしきれないな。


「ありがと」


「はいよ。たくさん食べて大きくなるんだよ」


「うん!」


 いつか、恩返しが出来るといいな。いや、恩返ししてみせる。そう思えることが幸せだと日々思う食卓だった。




 一同が談笑しながらゆっくりと晩御飯の時間が過ぎ全員が食べ終わる頃、お母さんはお皿を洗いに洗面へ向かいテーブルには自分と祖父だけになる。


「そういえばルカ、もうすぐ12歳の誕生日じゃなかったか?」


「もうすぐって程でもないよ。僕の誕生日は2ヶ月後」


「そうか……」


 数瞬の沈黙。祖父は何か言いたげだが、少し迷っているように見えた。


「お父さん、その話ちょっと待ってて」


 残りの皿を取りに来た母が察してそう言う。


 ……なんだ、一体ふたりは何を話そうとしてるんだ?

 12歳の誕生日……うーん。そういえば12歳って中学一年生の年齢だよな。


 もしかして!!!


(学園入学フラグきちゃぁぁぁぁ!?)


 思わず心の中で叫んでしまう。だって、異世界転生モノと言ったらやはり学園へ行かなくてはだ! 魔法や剣術を習いながら生徒と共に切磋琢磨し、時には青い春だって……まぁ元世界ではそんなの1ミリも無かった。


 ともあれ、この世界ではどうやら元世界で言う「小学校」なるものが無いらしく、自分もここ12年間は家の中で殆どを過ごした。

 貴族などの名家の生まれの子供は家庭教師を雇うそうなのだが、普通階級の人達はそんなお金も無いので親が直接字を教えたりするそうだ。本もかなり高価らしいし。


 が、―――――正直怖くもある。

 自分が知っている異世界モノの学園系とゆうのは、貴族と平民の目に見えて待遇の違うスクールカーストが存在する。いくら魔法が使えても平民とゆうだけで潰される社会の縮図。

 この世界に来て目に見えてそれを感じたことは無いが、実際貴族とゆうものが存在しているので可能性の高い話だ。


 別に学校が嫌いとゆうわけでは無い。ただ、正直なことを言うと苦手とゆうものである。元世界でもスクールカーストはあった。小学校まではみんなと仲良く出来ていたはずなのに、いつの間にか上と下で溝が出来ていた。高校時代はほとんどを本と過ごした。放課後はなるべく早く帰り家事の手伝いをした。


 そうしているうちに、周りに誰もいなくなった。


 けどそれは悲しいことじゃなかった。むしろ悲しくなかったからそんな状況になったのかもしれない。

 誰が必要か、誰と話すか、このグループに入れば安泰だ、居続けるために盛り上げないと、自分が必要だと思わせないと。そんなのが全部面倒だった。ただそれだけ。それが大切だと思える人が上にいるんだろうと納得したんだ。


 だから、彼女との出会いは革命的で運命的だった。


 ……って、おい。今はそんな話どうでもいいんだ。母が何か言わないと話が始まらない。思い過ごしだとしたら考えてた時間が馬鹿らしくなるから考えるのをやめた。


「よいしょっと。はふーっ。本当は洗濯物畳まないとだけど後回しでいいわよね」


「お疲れ様、お母さん」


「ありがとう。さて、何から話しましょうか」


 少し抜けたところのある母が、普段と違った空気を纏う。


「あのね、ルーちゃん。この国ではね12歳になると学校に通えるようになるの。でね、これは1つの提案なんだけど……」




「お父さんの元で、騎士にならない?」




「……え?」


 思っていたのと違いすぎて咄嗟に出てしまった疑問符。

 騎士?になるためにお父さんのところに行く。こんな展開誰が予想しただろう。とりあえず詳細を聞かないと判断できない。


「ってゆうのはね、ほらお父さん騎士として王室で働いてるでしょ? ルーちゃんもねお父さんに倣って騎士になるのはどうかなって。王室騎士団には養成所があってそこで騎士になる勉強をするの。でもこれはあくまで1つの選択肢、ルーちゃんが他にやりたいことがあるなら私達はそれを応援するわ」


 そう言い終わると母は懐から手紙を取り出した。


「この前ね、お父さんから手紙が届いたの。読んでみて」


 渡された手紙の内容はこうだった。



『手紙を書くのは久方ぶりだが、家族の皆は元気にしているだろうか。私はそつなく仕事をこなしている。多少任務で負傷することはあっても心配する程のことでもない。私も元気だ。


 さて早速本題に入るが、今回はルカについての話だ。これは前々から思っていたことなのだが、ルカには騎士養成学校に通ってもらいたいと思っている。急に手紙を寄越して勝手なことを言うな、と思うかもしれない……


 私は今までルカに父親らしいことをなにひとつしてやれなかった。これは言い訳かもしれないが、騎士とゆう職業は家族よりも自分の身一つで国を守らなければならない。そのせいで家族には経済面以外の不満を抱えさせているのは申し訳ないと思う。特に息子には。


 だからと言ってはなんだが、私の推薦としてルカを騎士養成学校に通わせてあげたいと。学校の実習訓練には現役の騎士団の元で訓練を行うことがある。次年度から私はそこに時々行くととなる。


 本当に勝手な話だが、そこで私は騎士としてルカに色々教えることができる。実力があれば私の団の長の後継として指名することもできる。すまない、私に出来るのはそれくらいしか考えられなかった。


 だが、あくまでこれは私の願いだ。ルカは魔法が使えると聞いた。もしそちらに興味があるのなら魔法学校に通うといいかもしれない。ルカがそう思うのなら私はそれを尊重する。私に出来ることは無くなってしまうがね。全く、恥ずかしい父親だな。


 とゆう話だ。ルカの考えを考慮したうえでどうするか決まったらまた手紙を出して欲しい。それではまた


        セドリック・ルミニアより』



(お父さん、そんなこと考えてたんだ……)


 自分は、騎士とゆう職業について理解していた。家族よりも国を優先しなければならないこと。だから、気にする必要なんて無いのに。


 そして選択肢は2つ。騎士養成学校へ行くか、魔法学校へ行くか。


 正直、今は養成学校の方に傾いている。理由は2つ。

 1つは、父の思い。父は自分の意思を尊重すると言ってくれたが、それを言うなら自分だって父の思いを尊重したい。父ともっと話をしてみたい。元世界では考えもしなかったことだが、それ故に自分達を大切にしてくれる父に応えたい。そんな願いだ。


 もう1つは、剣術を習いたいと思ったからだ。

 祖父から貰った英雄譚の中に「キリヤ英傑録」とゆう話があった。「キリヤ」とゆう主人公(どことなく日本人の名前にも聞こえなくないのが少し気になる)は「刀剣熟練・神級」とゆう権能をもっていたらしく、更には魔法も使えたため剣技と魔法を併せた「魔法剣術」とゆう戦闘スタイルで数々の栄誉を成し遂げたそうだ。

 自分は魔法がある程度使えることはもう家族には知られている。母には12歳になってから、と言われたがその前に祖父の本で勉強しすぎてしまった。母もそれを見過ごしてくれてたみたいだが。

 要するに、自分も「魔法剣術」を習得したいと思った。それが理由だ。


 まぁ、あまり利益不利益で考えたくない話だがデメリットがあるとすれば、将来が騎士とゆうものに限定されてしまうことだ。父の期待に応えれば応えるだけ、道が確実に騎士になる方向へ向く。


(自分に騎士になる覚悟があるのか?)


 難しい問いだ。

 国を守ること。それは家族を守ることにも、その他大勢の誰かを守ることにも繋がる。でも、そんなことが自分に出来るのか? 元世界にいたときですら誰かを守るなんて大層なこと考えもしなかった。とにかく自分の生活を守るので精一杯だった。

 中途半端な思いで「誰かを守る」なんてその人達を蔑ろにするような事は言えない。


 でもだからそれが分かってるからこそ、自分にしか出来ないことがあるとそう思う。守られていたと気づけた今こそ、やっと誰かを守ることができると信じたい。だから、


「お母さん。僕、騎士になるよ」


「本当にそれでいいのね。私達はあなたのどんな願いも応援するわよ」


「うん、これでいい。これが僕の願いだから」


「そう。ならお父さんに手紙を書かないとね。きっとお父さんも喜ぶわぁ」


「ああ、お前が騎士になるのなら儂も安心して天寿を全うできるわい」


「おじいちゃんそんなこと言わないの!」

「お父さんそんなこと言っちゃだめでしょ!」


「んぉ……ハハハ」


 こうやって3人で楽しく談笑出来る時間も残り少なくなると感じると悲しくなる。だから、今だけはこのことを覚えていようと思う。それしか、この時間を留めておくことは出来ないから。






               ✕✕✕






「へー!ルカは騎士様になるんだ!」


 邪気の無い無垢な彼女はそう言ってニコニコし始めた。




 その彼女は「エミィ・カトレイ」という。この世界に来て10年目の冬に、この街に引っ越してきたほぼお隣さん(うちの敷地は結構広くて土地の隣とゆう意味ではお隣さん)だ。


 最初話しかけた時は酷く人見知りをされてどうしたものかと思ったが、今ではすっかり仲良くなっている。時間はかかったけど……


 そして、彼女は魔法の才能があった。そう「才能」だ。


 大抵の場合、魔法を使うとなる自分のようにとそれなりの知識と準備が要る。そうしてやっと起こせる奇跡、それが魔法だ。


 彼女の場合は違った。魔力量、魔法の威力が段違いなうえ、無詠唱とゆうチート級権能付きだ。その子の両親や周りの人は魔法の知識がないため、それがどのくらい凄いことかは知らないらしい。

 ちなみにそれとなく「無詠唱」が可能だったらと聞くと祖父曰く、


「もし本当に無詠唱で魔法が出来てしまったら、そんな人材を数多の人が欲しがる。魔法使いは近接戦を恐れるが、それと同等にいつでも奇襲出来るとゆう状態は恐れられるだろう。そしてそれを恐れるのは魔法使い以外の全ての者もだ。生きているだけで使われるか、もしくは真っ先に抹消の対象となるだろう。果たして、その力は本人を幸せにするだろうか」


 ……とのことだった。


 とゆうわけで、あまりシリアスにならないように伝えると、


「分かった。ルカがそう言うなら人の前で無詠唱で魔法は使わない。約束する」


 案外素直な子で良かったと心から思った。


 そんなこんなで1年と少しが過ぎたが、ほぼ毎日顔を合わせてその日あったこと思ったことを話している。家族のこと、街のこと、魔法のこと、世界のこと。そして彼女のこと。


 彼女は少しだけ自分と考え方が似ていると感じた。説明しづらいが、頭の中にもう一人の自分がいる感覚だ。そのもう一人と話し合ってたくさんの可能性を考え模索する。納得がいくまで考えて考えて、考える。そうして出た答えを信条に生きていく。そんな感じだ。

 だから、感情の深い部分も話せる唯一の存在だった。元世界でも今の世界でも。




 元世界でも自分は色んなことを考えた。でも、考えた結果たくさんのことを一人で我慢した。とゆうより、諦めてきたと言った方がいいかもしれない。どれほど相手に尽くしても、それを理解出来る相手にしか伝わらないんだ。そして自分も、分かることしか分からない。

 そんな風に考えていくうちに自分一人が我慢すればほとんどの事が解決した。


 代わりにその「頭の中にいるもう一人の自分」はたくさん死んでいった。


 感情を殺す。それは、そう感じ取った人そのものを殺すのと同じだった。だから、本心は隠したままいつも俯瞰している自分が表にいる。傷つくのは本心だけど、それを肩代わりして俯瞰する自分が新しい自分に変わる。古い自分を殺して。

 そうやって生きてきた。自分で自分を殺すのは吐き気がしたが、繰り返せば慣れると思っていた。実際慣れとは怖いもので吐き気はしても罪悪感は無くなった。


 そう、最初から自分は罰すべき悪人なんだと思えば良かったのだから。


 だから、他人を思いやり自分の感情を殺すのは当たり前。相手が喜ぶのなら自分が犠牲になるべき。

 そしてもうその頃には感情なんてのが消えていたのかもしれない。


「今こいつは面白いこと言ったから笑わなければならない」

「家族が亡くなったから泣かなければならない」

「友達を馬鹿にしたから怒らなければならない」


 かろうじて「人間」でいるための最低限の条件反射による感情。そんなものを演じて、本音は何も感じてなんていなかったんだ。




 そうだから、彼女にはそんな風になって欲しくなかった。似ていると思ってしまったから、どうか自分のために生きて欲しいと思った。


 元世界の話をせずそれを伝えることは至難の業だったが、半分は自分の杞憂だった。そんな話をせずとも彼女は自分のために生きていた。それで良かった。

 でも時々家族と喧嘩した時などは、落ち込む彼女に自分の正しいと思うことを伝えた。二人で話して彼女の納得のいく答えを探してあげた。

 次の日には何でも無かったかのように、それでも確かに強く成長している。それが「エミィ・カトレイ」とゆう女の子だった。




 現在に戻ろう。

 今日はお昼ご飯を食べたあと、街の外れにある丘にふたりくつろいで昨日の話をしていた。

 お父さんの手紙、家族の気持ち、自分の気持ち。そして、


「だからね、僕は騎士になろうと思うんだ」


「へー!ルカは騎士様になるんだ!カッコイイけど、なんかルカが騎士になるとこ想像つかないや」


「なんでぇ! 甲冑着て! マント背負って! 剣を振る姿! ほら、しっくりくる」


「んー。ルカはなんかー、参謀役として裏方で作戦練って敵がそれにハマったらニヒルに笑うのが想像出来るよ」


「妙に具体的なのがまた……。そうゆうお前は、えぇっと……」


「私はなになにー?」


「貴族の舞踏会とかで目を引く存在だけど、私生活はグダグダなダメお嬢様って感じだな」


「はぁっ!? なんでそうなるのよ!」


「実際結構ズボラだよ、お前」


「あんたねぇ、私一応女の子なんですけど! 繊細な乙女なんですけど!」


「そうかぁ〜、繊細な乙女かぁ〜」


「何よ! このムッツリ魔法使い!」


「……もうやめよう、それ以上は古傷が痛みそうだ。僕が悪かったよ、前言撤回する」


 ムッツリメガネは元世界での蔑称だった。まさかこの世界でも聞くことになるとは……。


「そうよ、分かればいいのよ。私は繊細な()()()。はい復唱!」


「はいはい、エミィは繊細な乙女です」


「僕はムッツリ魔法使いです。はい復唱!」


「僕は……って、どさくさに紛れて何言わせようとしとんねん」


「うわでた、変な訛り。あんた時々語尾変よね」


「いいんだよ。時々故郷を思い出す、大切なことだ」


 元世界の自分はよく語尾を変えていた。訛りとゆうものはあっても自分くらいの世代になるとほぼ標準語が基本だけど、語尾を使い分けることによって感情を表現するのが豊かになると思った。この世界でそれは通用しないのが残念だ。


「あんたここで生まれてここで育ったんでしょ。何言ってんの」


「ごもっとも。郷に入っては郷に従えってやつだね」


「それも変よ。なに訳の分からない単語並べてそれっぽくスカしてるのよ。殴りたくなるわ」


「くそっ、キャラがブレる」


 まぁそんな感じにやってきたから、この世界初めての友達ってやつかもしれない。それに上っ面だけの友達じゃない。

 親友ってやつを作ったことないからどんなだか知らないが、こいならそう呼んでもいいかなと思う。だけど、自分等にはもう時間が少ない。


「はぁ。んで、お前はどうするの? 魔法学校に行くの?」


「あったり前よ。まだどこの学校へ行くかは決めてないけどね」


「そうか。じゃあみんな別々になるんだなぁ」


 母と、祖父と、ついでの猫と、エミィと、街のみんなと。

 この世界に来てからの約12年間は、元世界での全てを消し飛ばすほど優しさと幸せで満ちていた。幸せを教えてくれたんだ。

 そこから離れてしまう消失感。幸せゆえの虚しさ。幸福の記憶を噛み締めて生きてゆこうと、頑張ろうって思うこと。


「寂しいな」


「……あんた、そんな良い性格してたっけ?」


「うるさいなぁ、人が感傷に浸ってる時に。まぁ元の性格はこんなんじゃなかったのは認めるけど」


「元の性格?」


「そう。でも昔の話だよ。今はいい人達に恵まれて僕は幸せだよ。だから、頑張ろうって思えるんだ」


「ふーん。まぁ寂しいのは少し分かるかも」


「そうかそうか。エミィはそんなに僕と離れるのが寂しいのか。可愛いとこあるじゃないか」


「そうよ。寂しいわ」


「おい。そこは無詠唱魔法で僕をぶっ飛ばすとこだろ」


 本当にこの子といるとキャラがブレる……。

 そして考える。自分はもちろん何がとは言わないが、「何が」とは言ってないが寂しいと言った。そして彼女は自分と離れることが寂しいと言った。これってさ、アレなのか? 相思相愛ってやつなのか?


 ………………いやいやいやいやいやいや。無い。


 確かに、彼女は華奢で黙っていれば凄く整った顔立ちをしている。赤眼の双眸は透き通っていて奥行きがある綺麗な目だ。髪は銀髪で腰までストレートに伸ばしている。悔しいが似合っている。

 そして、まだ12歳なためこれからの成長もまだ期待できる。何がとは言わないがね。察してくれ。


 でももし本当にアレってやつだったら……考えなくも―――――


「なんでぶっ飛ばすのよ。そりゃあ寂しいに決まってるじゃない。だって私達――――――」



() () () () だもの」



 無いわ。


「そーだな。僕等は () () () () だもんな。そうだよな、うんうん」


「え、私なんか機嫌損ねること言ったかしら」


 普通立場が逆なんじゃないんだろうか。こうゆうめんどくさい性格してるのは大抵の場合ヒロインの方じゃないんだろうか。少なくとも読んできたラノベや漫画ではそうだったのにな。


「僕ってメンヘラ気質があるのかな……」


「その、めんへら? ってやつが分からないんですけど」


「だから使ったんだよ。別にお前は意味を知らなくていい」


「あんた、めんどくさいやつだって言われない?」


 心底可哀想な目で自分を見る。だが、自分に「めんどくさいやつ」とゆう言葉は効かない。なぜなら自覚してるからなっ!


「自分でもそう思ってたとこだ問題ない。そしてお前が初めて言ってくれたよ、ありがとう」


「そうゆうところよ。私は気にしないけど」


「話題にする時点で気にはしてるんだよなぁ。まぁお前の前では直す気ないから慣れてくれ」


「なんで私だけなのよ……」


「え? そりゃだって僕等 () () () () だもんな」


「友達を乱用しすぎよ!? 免罪符に使わないで!」


 文字通り友達で遊び過ぎたな。これは失敬失敬。

 それはそうとして、今の会話の中にあったみたいに「キャラ」とか「ムッツリ」はこの世界にもあるのに「メンヘラ」とかことわざみたいなやつは無いらしい。なにが地雷なのか全然分かんないから元世界みたいに普通に話してると変人扱いされる。世知辛いね。


(いや、世知辛いもこの世界では通じないのかな……)


 まぁでも元世界で培った「ニホンゴ」を自分は気に入っている。母国語を使わずしてなにを話せばいい。伝わらなくても気持ちがこもってればそれでよし。最終的に理解してくれればいい。


「あ、そうだ。おばばに犬の散歩とおつかい頼まれてたんだった」


「うん、僕はもう少しここにいるから気をつけて行ってきなよ」


「そうね。それじゃあ行ってくるわ。またあしたねー!」


「ういー」


 そうして颯爽と銀髪を揺らしながら丘を降りていった。



 ここに残ったのは少し一人で考え事をしたいと思ったからだ。

 エミィは魔法学校へ通うと言っていた。もし自分も魔法学校に行くことにしていたらどんな恩恵を受けられただろうか。


 自分には精霊が見える。魔法を扱うにあたってそれ大きなポテンシャルだ。一般論から精霊によって魔法は発現されるとされているが、一体どのくらいの人がそれを信じているだろうか。人は目に見えない大切なことほど蔑ろにする。それを理解できるから精霊に歩み寄れる、そう思う。


「なぁ、精霊さん。僕と一緒にこの世界の真意を見つけに行かないか? ……なーんてな」


 精霊は神の遣い。とっくに真意なんて知っているだろうさ。人間だけがそこから一番遠い位置にいる。こんなに近くに答えはあるのに、本当に盲目的で愚かだ。神や精霊はそう思っているのかもしれない。


「なぁ、神ってやつは今も僕の事を覗いてるのか?」


 前にも同じようなことをぼやいた気がする。そもそも神様なんて見たことないのに、今ではいると信じて疑わない。魔法や権能、その他奇跡が当たり前のように使えるこの世界だからか。


 でももし、それが真意では無いとしたら? 神以外の者による現象だとしたら?


 ……今は考えたくなかった。

 神が誕生したと言われてから2万年、人類が誕生したと言われてから1万年。その1万年の歴史上、こんな疑いを覚えたた人なんて少なからずもいただろう。

 そのうえで今のことが語り継がれているんだ。無闇に詮索するのはよそう。


「相変わらずどこにいても考えることは尽きないな。今も前の世界でも」


 別に学者になるつもりも無い。ただ、強いてこの心情を言葉にするのなら――――



()()()()()()()()()()()


 そう、ただそれだけのこと。それだけのことがこんなにも沢山のことを考えさせる。それでいいと受け入れているから。


(こんな風に考えられるようになったのも元世界のあいつのおかげ……いや、あいつのせいと言った方がいいか)


 それは、自分の運命を少し変えてくれた人。良くも悪くも。今でも忘れられないあの言葉。元世界ではそれだけを頼りに生きてきた。でも今度は、自分がこの世界でその言葉を探さなければならない。


 自分が生きていると証明出来るための言葉を。


 ……まぁその話はまた後でゆっくり、だ。


「あー、頭使って疲れたー。今度は体動かさないとだな。ね! 精霊さん!」


 ビクッと何かを察した周りの精霊達がそそくさと隠れてしまう。


「なんだつれないなー。お、君は」


 その中の一匹の精霊だけが自分に近づいてくる。どうやら光の精霊のようだ。


「君も体がなまって仕方がないみたいだね。いいねぇ、それじゃあとことん付き合って貰おうかっ!」







                ✕✕✕






 それから数ヶ月。無事12歳の誕生日を迎え、お母さんからも水の魔法についてを沢山教えてもらった。本に書いてないことまで丁寧に教えてくれたおかげで出立前には使い物になるくらいには仕上げられた。


 そうそして、今日がその養成学校へ行くその日だった。



「それじゃあお母さん、おじいちゃん。いってきます」


「いってらっしゃい。立派な騎士になって会えるのを楽しみにしてるわ! 頑張ってらっしゃい」


「うん、ありがとう。また会えるのを楽しみにしておくよ。そのためにも恥ずかしくないように立派な騎士にならないとね」


「あぁぁぁもぅっ、泣かないって決めてたのに」


 お母さんはギャン泣きだ。苦笑いしながらハグをする。

 たっぷり30秒ほど抱き合ってから離れる。暫くは会えないから真っ直ぐ顔を見て覚えておく。真正面で見つめられてることに気づくとお母さんは笑って見せた。


「ルカ、儂からひとつだけ」



「お前はきっと宿命を背負うことになる。それはまだ分からなくて良いが、いつかきっと分からされる日が来る。その時なにを信じればいいのか分からなくなる時もきっと来る。その時が来たら、儂の言葉を思い出しなさい」



「誰が為の世界ではなく、お前が為の世界を信じなさい。たとえそれが誰かを傷つけようとも、犠牲にしようとも。お前ならその全てを解決する為の世界を考えるはずだ。それでいい、その行く末にたどり着いた運命がお前とゆう世界だ。聞くな、教わるな、自分で考えろ。その全てをお前が作り出した世界が肯定してくれるから」



「分かった。今の言葉の全てを心に深く刻んでおくよ。ありがとう」


「うむ。お前ならできるはずだ。生きる為に生きろ。簡単なことだ。それだけは間違えないようにな」


「はは、おじいちゃんは凄いな。僕が今まで生きてきた全てを理解して言ってるみたいだ」


「どうだかな。儂も長く生きて来たからな。お前の気持ちの全部を分からなくとも儂の思うことくらいは伝えられる。それをしただけだ」


「もう、なに辛気臭い話してるの! 今日で何年も会えなくなるのよ! 笑って見せなきゃ!」


「それもそうじゃな。ルカ、また会えるのを楽しみにしているぞ。体に気をつけて元気にしてくるといい」


「うん。二人とも元気で!」


 最後にニッと笑って見せて体を反転させる。これ以上は自分が泣いてしまいそうだった。


 元世界での自分の家族とゆうものは酷い言い方になってしまうが、言ってしまえばホームレスの集まりみたいな集団だった。ただ雨風を凌げるような場所に集まった世捨て人。全員が全員他人事。親だから一応学校に通わせて、働ける年齢になったらその場所を離れていく。ただそれだけの関係。

 そんな家族が普通だと思って過ごしてきたからこそ、家族とゆう温かみがこんなにも染み込んで、離れてしまうとゆうだけで苦しい。

 でもこの苦しみは幸せだったから得られたものだ。そう理解しているから悲しくは無い。


 乗り込んだ馬車が動き出す。外に乗り出して二人に手を振る。そして、


「僕は! 幸せだったよ! 本当にありがとう。僕は家族を愛せて良かったよ! また会える日まで元気で!」


 そう叫んでさよならの挨拶とする。小さくなるシルエットが地面に膝をつく。お母さんを限界まで泣かせてしまったようだ。それでも、本心を伝えられて良かった。


「あ、やべ。僕も泣いてるのか」


 完全に見えなくなってから静かに涙が零れていく。



(ごめん。遅くなったけど、今更愛を知ったよ。君はずっと教えてくれてたのに)



 今はもう会うことのできない元世界の彼女を思う。


 そしてその涙は、愛を知った温もりと愛を伝えられなかったひとへの贖罪のしょっぱい味がした。







「ん? ちょっと止めてください!」


 街を少し抜けた丘で見覚えのある子が走ってくるのが見えたので、慌てて馬車を止めて貰った。


「はぁ…はぁ……んぅ………、あんたねぇ、行く日は教えてもらったけどいつ行くとは言ってなかったじゃないの!」


 来ないのかなぁとは思っていたけど、どうやら自分が時間を伝えるのを忘れてたいたらしい。それはすまないことをした。


「ありゃ、そうだっけ。それはごめんだわ」


「別れの挨拶も無いまま暫く会えなくなるとこだったじゃない! ごめんだけじゃ許さないわよ!」


「いやほんと悪かったって。でも来てくれてありがとう」


「はぁぁ、いいわよ許してあげる。その代わり! 3年後いつもの丘でまた会うと約束しなさい。本当にその日に会えたなら今日のことを許してあげる」


「おう、分かった。約束な。それじゃあ小指出して、ほら早く」


「ちょちょ、なんで小指?」


「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます、指切った! はいこれで約束成立」


「あんたサラッと怖いこと言うわね。来なかったらのために針千本用意しないとだわ」


「いやあの、これは言葉の綾とゆうか……って言っても伝わらないか。まぁ安心しといてよ。3年も会えないとなると僕も流石に寂しいからね」


「そうね。私待ってるから絶対来るのよ! あとこれ。あんたにあげる」


 そう言って彼女が差し出したのは、見たところ鞘に収まった片刃の短剣とひし形の宝石のようなものがついたネックレスだった。


「誕生日に間に合わなかったけど、一応誕生日プレゼントと洗礼を込めて」


「別に良かったのに……って言ったら失礼だよな。素直に受け取るよ、ありがとう。家族以外から初めて貰ったプレゼントだ。大切にするよ」


「そう、喜んで貰えて良かったわ。それじゃあ、また3年後に」


「あぁ、お前も魔法学校で元気でな。くれぐれも変な男には捕まらないように」


「あんたも変な女に……ってムッツリ魔法使いには女の子の方から近寄らないから安心ね」


「おい! おかしい!」


 そう言ってひとしきり笑い合ったあとお互いを見送った。


 こうしてさっきまでのことを振り返ると、なんだかあの約束はひとつの生きる目標な気がした。3年越しの再開とゆう長くて短い時間を飛び越えた約束。


 それを果たせるように、今日も明日も明後日も、来月も来年もその先の3年後まで生きてみる。今はそれでいい。頑張ろうと思える日々を頑張るだけで幸せになれるなら、今はそれでいいと思った。



 今日はそんな旅立ちの日だった。









                 ※







「それで、少年はこちらへ来るのかね」


「はい。母親から届いた手紙にはそう書かれていました。計画は順調です」


「それは良かった。それで父親の方は」


「未だ消息は掴めていません。こちらの捜査班を動かしていますが手がかりひとつ……。今は国境付近まで探しに行っています」


「まだ見つからないか。まぁよいそれはそれで。見つけ次第報告しろ」


「はっ」


 本棚が立ち並ぶ部屋の奥。それは光が届かない陰りで蠢いていた。ずっと、ずっと前から。


「やっと駒と器が揃った。やっとその時が訪れる」





「私のために世界は動き出す。神誕の時を始めよう」






 もしこの物語が、ルカ・ルミニアのためだけの話だったらきっと多くのことを謎のままに終わらせてしまうだろう。


 そう、だから全てを語らなければならない。彼の序章の遥か前から、舞台の幕は上がっていたのだから。



 だから、君たちには覚えていて欲しい。この全てが、誰かの夢であったことを。そして改めて問おう。


「君たちの夢は、一体なんだ――――――」




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