000.復讐
殺す――――。
眼の前の男を殺す――――。
視界が黒で染まった自身の頭の中は、その言葉で埋め尽くされていた。
これまでの行いから絶対に許せない相手。
これからの行いから絶対に許してはいけない相手。
コイツを野放しにしていると次はあの子が犠牲になる。
それだけは絶対に駄目だ。絶対に手を出させてはならない。
ただその一心で手当たり次第に物を投げつけていく。
この身体は既に朽ちてしまった。
この手はもう物を掴むことができない。
しかし何らかの奇跡が起こったのか、ただ念じるだけで辺りの物を自由に浮かせるようになっていた。
魂だけの存在。
所謂幽霊と呼ばれるこの身。
それでも現実に干渉できるのは、自分を死に追いやった奴へ復讐しろという神の思し召しだろう。
もはや法律さえも縛られない幽霊という存在。
相手からはこちらに干渉さえできないという一方的なワンサイドゲーム。
壁に叩きつけても首を絞めてもこの心は乾ききった砂漠の大地のように満たされることはなく、ただ”殺す”という道しか目の前に残されていなかった。
血塗られた道。それでも構わない。
自分は今この時のために魂だけの存在になり、ここに立っている。その後のことなんてどうだって構わない。
力強く拳を握っても痛みどころか感覚さえもわからない。そんな虚無ともいえる感覚を振り払うように片手を挙げ、男の喉元に凶器を突きつける。
ハサミやナイフ、包丁などなにが当たっても致命傷となりうるだろう。
今、俺はこの男を殺す。この身に塗りつぶされた復讐心を晴らすため、挙げた手を振り下ろし、自身の実の父親を殺しにかかった――――.