【連載版始めました!】私はもう用済みですか? だったらぜひ追放してください! ~婚約者は動物嫌い、職場では国の生き物全て一人で管理していたけど限界です。この機会に新天地で一から幸せを手に入れます~
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調教、召喚、憑依。
人間が異なる生物を使役する方法は大きくこの三つである。
それぞれに異なる才能を必要として、そのうち一つでも適性を持っていれば、才能ある者として期待される。
二つに適性がある者は天才だと誰もが認めるだろう。
そして――
三つすべてに適性を持つ者は、天才の中の天才。
真に選ばれし者。
規格外、例外なく世に名を遺すであろう存在を、人々は敬意を表してこう呼ぶ。
――【ビーストマスター】
その称号を持つ者は、長い人類史の中でも数えられる程度しか存在しない。
世界に存在する多くの国々にとって、魔物や聖霊を使役できる者たちの存在は重要であった。
なぜなら現代において、彼らが使役する生物たちの力こそが、その国の力の象徴だから。
ビーストマスターがいる国は、どの国からも一目置かれる。
場面によっては、国王よりも重要な存在となる。
そんな私、ビーストマスターの称号を持つ宮廷調教師のセルビアは……。
「君との婚約を破棄させてもらうよ。セルビア」
人生最大の転機を迎えていた。
それは唐突に、何の前触れもなく告げられた。
清々しい朝だった。
これから仕事へ向かおうと、駆け足で宮廷の廊下を歩いていた時のことだ。
まだ誰も出勤していないような時間なのに、彼は待っていた。
「……レイブン様……今、なんとおっしゃったのですか?」
「聞こえなかったのかい? それとも人外の声ばかり聞き過ぎて、人間の言葉が理解できなくなったのか?」
鋭いナイフのような辛口なセリフを言い放った彼は、私の婚約者であるレイブン・セネガール様。
王国でも有数の貴族の家柄で、次期当主になることが決まっている。
婚約したのは三年ほど前、私が宮廷に入ったばかりの頃だった。
これでも長い付き合いになる。
だから驚いていた。
「君との婚約を破棄する。もううんざりなんだ。ずっとこの関係を解消したかったんだ」
「……」
知ってましたよ。
そんなこと。
婚約をした最初の日から、あなたは私のことが嫌いでしたよね?
理由は言わなくてもわかっています。
「僕は動物が大嫌いなんだ! それなのに君の周りには常に人間以外がいる! いくら君がビーストマスターの称号を持っていても関係ない。君の身体からは動物の匂いしかしない。僕が耐えられるわけがないだろう!」
「……大変そうですね」
正直ちょっと同情はしている。
私との結婚は、彼が望んだものではなかった。
彼の家が勝手に決めたことでしかない。
ビーストマスターの称号を持つ者は、国の将来を担う最重要人物だ。
それほど希少な存在を、自らの家に招き入れることで、自身の権力をより強くする。
彼ではなく、彼のお父様の思惑によって、私と彼は婚約した。
「大体おかしいんだ! 確かに君はビーストマスターだ。でも身分は平民じゃないか。僕は平民を妻に貰う気なんてさらさらない」
そう、私の身分は平民だ。
貴族じゃない。
幼いころに両親を亡くした私は孤児だった。
孤児院で暮らしている中で、ビーストマスターになれる素質を見出される。
その後は王宮にある教育機関に預けられ、宮廷で働くための教育を受けさせられた。
ビーストマスターの称号を頂いた今も、身分は変わっていない。
貴族ではないくせに宮廷入りし、ビーストマスターになった私は、貴族出身の同僚たちからはとても嫌われている。
おかげさまで上司からのパワハラもたくさんだ。
という感じに、私としても今の環境が幸せかと聞かれたら、首を傾げるだろう。
レイブン様の気持ちもわからなくはない。
婚約破棄したいというならすればいいと思うけど……そう簡単な問題じゃないはずだ。
「お言葉ですがレイブン様、私たちの婚約は、私たちの意志だけで破棄することはできません。あなたの御父上、セネガール公爵様の許可が必要です」
「ふん、そんなこと言われるまでもなく知っている。この僕がただ感情のままにこんな話をしていると思うか?」
「え……」
違うんですか?
と、口から出そうになった言葉をギリギリしまい込む。
いつも私を見る度に嫌な顔をして、動物臭いから近寄るなと怒鳴る彼のことだから、いつもの発作的なあれだと思っていた。
彼はニヤリと笑みを浮かべる。
「ようやくだ……ようやく準備が整った。君との婚約を解消し、このふざけた悪縁を絶つための!」
興奮気味に宣言するレイブン様。
いつもみたいに感情的になっているようにしか見えない。
ちゃんと考えがあるのだろうか。
私は首を傾げる。
すると、私の後ろからコトン、コトンと足音が響く。
わざと響かせているんじゃないか。
そう思えるくらいハッキリと、こちらに向かって歩いている。
レイブン様からはその人物が見えている。
彼は笑った。
得意げな顔で。
私は後ろを振り返る。
「ごきげんよう、セルビアさん」
「ロシェルさん?」
金色の髪をなびかせ、煌びやかな衣装に身を包む彼女。
ロシェル・バーミリスタ。
私と同じ宮廷調教師の一人で、一応は同期。
適性は召喚、契約した聖霊や魔物を召喚することができるサモン使い。
普段はもっと遅い時間に宮廷へ来る彼女が、こんなにも早い時間に顔を出すなんて珍しい。
そう思いながら軽くお辞儀をする。
「おはようございます」
「ええ」
軽やかに、堂々と。
彼女は歩き、立ち止まる。
レイブン様の隣、肩と肩が触れ合うほど近くで。
「ロシェルさん……?」
「ごめんなさい、セルビアさん。あなたの婚約者は、今日から私の婚約者になったのよ」
「……え?」
何を言っているんだろう、この人は。
以前から私のことが嫌いで、会うたびに小言を口にするような人だった。
けど、今日の冗談は無理がある。
それなのに、レイブン様は彼女の肩に手を回す。
「そういうことだ。彼女が僕の新しい婚約者だよ」
「……本気ですか?」
「ああ、もちろん。父上の承諾もすでに得ているんだ」
「そんな……」
ありえない。
別に、私のほうが婚約者として相応しいとか思っているわけじゃない。
客観的に見て、ビーストマスターの私と、サモンしか適性がない彼女が入れ替われるだろうか?
ビーストマスターという称号を持っているからこそ、彼の御父上は私との婚約を進めた。
確かにロシェルさんは貴族で、身分的には釣り合う。
しかしそれだけの差で、果たして御父上が認めるだろうか?
そして何より、彼の行動には大きな矛盾があると思う。
「レイブン様、彼女も調教師です」
「もちろん知っている。だが、彼女であれば何の問題もない」
「どうしてですか?」
「彼女は聖霊を専門とするサモン使いだ。聖霊は魔物や動物とは違う。力が実態をもった存在だから匂いもしない。何より見た目が綺麗だろう?」
聖霊が綺麗だという意見には同意する。
もちろん、他の生物だって綺麗なものはたくさんいるけど。
だけどそうか。
聖霊だけしかサモンできない彼女だからこそ、レイブン様は妥協することができたのか。
その点は納得した。
ただ、結局一番の問題は解決していない。
ビーストテイマーとサモン使い。
そこには大きすぎる差がある。
「自分と彼女では釣り合わない……そう思っている顔だな」
「い、いえ、別にそういうわけでは」
「心配はいらない。この日のために、私がどれだけ準備したか見せてやろう」
そう言いながら、彼は一枚の紙を取り出し、私に見せつける。
彼が見せてきたのは宮廷の雇用証明書だった。
調教適性が二名、召喚適性が三名、憑依適正が一名。
「この者たちを宮廷調教師ロシェル・バーミリタの部下として雇用する……?」
「これで実質、彼女は君と同等以上の力を持つ宮廷調教師になった。六名の部下は彼女の手足となって働いてくれる。六人と一人……これだけ人数がいれば、君一人よりよほど仕事も早い」
どや顔のレイブン様と、見せつけられた証明書を交互に見る。
正直、これには驚かされた。
適性者はどこにでもいるわけじゃない。
探すのは相当苦労したはずだ。
いつから本格的に動いていたのかは知らないけど、よくこの人数を集めたと思う。
まぁでも……これで私より上ですというのは、少し違う気もするけど。
ロシェルさんはそれでいいのかな?
私は彼女に視線を向けた。
ニヤっと笑みを浮かべて、自慢げな顔をしている。
どうやらこれでいいみたいだ。
自分の力ではなくても、力をもっている人材をまとめる役は意外と大変なのかもしれない。
私はやったことがないから知らないけどね。
「わかったかい? もう準備は万全なんだ」
「そうみたいですね。でしたら婚約の破棄を受け入れましょう」
元より彼のことが好きというわけじゃない。
むしろ私の大切な仲間たちを臭いとか汚いとか、言いたい放題言うからちょっとムカついていたし。
いい機会だから婚約も解消してスッキリしよう。
私に伸し掛かる重みが、一つ消えてくれた。
と、喜んでいたら――
「それだけじゃない。君には宮廷から出て行ってもらうよ」
「……はい?」
本日何度目かわからない驚きの声をあげる。
宮廷から出て行け?
それは……えっと、本当にどういうことですか?
理解できない私はキョトンとした顔をする。
「言葉通り、君は今日でクビだよ」
「……い、意味がわかりません。どうして私がクビなんですか?」
「君が必要なくなったからだよ。僕が連れてきた人材をまとめれば、君一人よりも効率的に生物たちの管理ができる」
「い、いやその……」
この人は自分が何を言っているのか理解しているのだろうか。
そもそも六人と一人を比べている時点でおかしい。
それ以前に、宮廷調教師の任命や除籍ができるのは陛下や陛下から許可を頂いた方だけだ。
いち貴族でしかない彼が決められることじゃない。
「はぁ……今のは聞かなかったことにしておきます。陛下の耳に入れば大変なことになりますよ」
私と念願の婚約破棄ができて浮かれているのだろう。
この時くらいは喜ばせてあげよう。
私も、不本意な婚約を解消できていい気分だ。
実は彼が浮気をしていることはずっと前から気づいていた。
というより、彼も隠していなかった。
それだけ私のことが嫌いだったということだ。
逆に清々しい。
その相手がロシェルさんであることも気づいていたけど、まさか新しく婚約するとは思っていなかった。
きっと裏でたくさん頑張ったのだろう。
「それでは仕事がありますので、これで失礼します」
「何を言っているんだい? 君はクビだと言ったはずだよ」
「あまり冗談を言われないほうがいいですよ。誰に聞かれているかわかりませんから」
「冗談ではない」
彼はもう一枚、別の紙を開いて見せる。
それは先ほどとは真逆の……。
「解雇……」
底に記されていたのは私の名前だった。
宮廷調教師セルビアを除籍する。
そう書かれていた。
王家の紋章が記され、陛下の直筆でサインも頂いている。
紛れもなく正式な解雇状だった。
「こ、これは……一体どうして……?」
「僕から陛下に進言したのさ。彼らを雇用するから、君をクビにしてはどうかとね」
レイブン様は得意げな顔で語り出す。
「陛下も悩んでおられたのだよ。由緒正しき宮廷に、平民が紛れ込んでいることに……しかもそれが、王国唯一のビーストマスターだという事実に。確かにビーストマスターの存在は大きい。だが……」
「絶対の存在ではありません」
ロシェルさんが続く。
「調教、召喚、憑依……三つの才能を持っている人が稀だというだけです。結局その一人は三人と同じ価値でしかありません。だったら人数さえそろえてしまえば問題はないのです」
「まさにその通り! 僕が連れてきた人材を見て、陛下も納得してくれたよ。我々がいれば、この国はより強い国になるだろうとね!」
レイブン様の説明に納得した陛下は、私を宮廷から追い出す許可を彼に出したそうだ。
追い出す、というのは単なる首とは違う。
完全に王都から、この国から出て行けという意味だった。
どうしてそこまでされるのか。
まさに逆賊の扱いを受けることになる。
だけど、その理由はすぐに思い当たった。
私が、ビーストマスターだからだ。
「私が残っていると、王国内で反乱を起こされた時に面倒だから……出て行けという意味ですね」
「さすが、よくわかっているじゃないか」
皮肉だ。
「まぁ安心してくれて。君が調教した生物たちは、我々が責任をもって管理してあげよう」
「……」
何が責任だ。
用済みになったからポイ捨てするだけでしょ?
私が今日まで積み上げてきたものを、苦労を、そのまま奪い去って。
最初は同情していた私だったけど、あまりの言い分と扱いに、ついに怒りがふつふつと湧いていた。
どうして理不尽な理由で宮廷を追放されないといけないの?
私は今日まで頑張ってきた。
先輩には嫌がらせを受けて、王都に四千体以上いる魔物を一人で管理させられたり。
危険性の高い聖霊と無理やり契約させられたり。
憑依すると人格を奪われるかもしれない神格に、嘘を教えられて挑戦させられたりもした。
今では王国にいる生物の半数を、私が管理、使役している。
どう考えても一人でやる量じゃない。
おかげで毎日残業、次の日にも仕事が残って、休日出勤も当たり前だった。
そんな大変な思いをして頑張って来たのに……。
頑張って……。
んん?
「どうしたんだい? ショックすぎて言葉も出ないのかな?」
「あらあら、可哀そうですわ」
「……」
そうか。
宮廷を追い出されるってことは、もう仕事をしなくていいんだ。
あの激務を代わりにやってくれる人もいるんだよね?
だったら別に、悪いことじゃないよね?
「レイブン様、ロシェルさん」
「なんだい? 最後に一つくらいなら、お願いも聞いてやってもいいぞ」
「お優しいですわ。レイブン様」
目の前でイチャイチャする二人に、私は笑顔を見せる。
意表を突かれたような表情の二人に向かって、私は大きくハッキリと口にする。
「今日までお世話になりました」
「え……?」
「……はい?」
「それじゃ、荷物をまとめて出て行きますね!」
私は軽く会釈をして、二人に背を向ける。
足音が響く。
二人の呼吸が合わさって、大きく息を吸ったのがわかった。
「ま、待て!」
「待ってください」
二人そろって私を引き留める。
その場で立ち止まった私は振り返り、何食わぬ顔で尋ねる。
「なんですか?」
「な、なんだその態度は……? 君は自分がどういう状況に置かれたかわかっているのか?」
「王都から、この国から追放されるのですよ?」
「はい。だから早く身支度をしようと思っているんですよ?」
二人とも唖然として、目を大きく見開きながら私を見つめる。
自分たちで仕組んでおいて何を驚いているのだろう?
婚約破棄を言い出したのはレイブン様だし、彼の新しい婚約者になったのはロシェルさんでしょ?
「二人ともどうしたんですか? もしかしてまだ何かあるんですか?」
「何かもないだろう。君は職を失ったんだ。もっと落ち込んだり、取り乱すはずだろう」
「あー……普通はそうかもしれませんね」
私は小さくため息をこぼす。
職を失う。
確かに辛いことだけど、私にとっては違う感覚がある。
失ったんじゃない。
私はやっと、解放されたんだ。
「レイブン様は知っていますか? 私だって人間なんですよ?」
「そ、それがどうした? 当り前のことを言って」
当り前だと思っているの?
「ロシェルさん知ってますか? ビーストマスターだからって、なんでもできるわけじゃないんですよ」
「もちろん理解しています。だから他にも宮廷調教師はいるのです」
本当に理解している?
二人とも知らないし、理解していない。
一日一時間睡眠。
一週間ずっと働き続けて、休日はあってないようなもの。
これが人間らしい生活?
人間に対する仕打ちだと言える?
ビーストマスターだって万能じゃない。
私は一人分の力しかないのだから、私が抱え込めるお仕事の量には限りがある。
でも、与えられる仕事は無尽蔵に増え続ける。
やってもやっても、前が見えないほどに。
肩書、地位、居場所、お金。
私はいろんなものに縛られてきた。
もうこりごりなんだ。
こんな場所でいくら必死に働いても、私は幸せにはなれない。
だから、出て行けと言ってもらえるなら、堂々とここを出よう。
「お二人とも頑張ってくださいね? これから、とても大変になると思います」
私が請け負っていた仕事が一気になだれ込む。
自分でもよく一人で回していたと思える量だ。
新しい人たちが潰れてしまわないか少し心配だけど、私にはもう関係ない。
私はもう、宮廷調教師じゃない。
この国の人間ですらなくなったんだから。
「さぁ、どこへ行こうかな」
新しい居場所を見つけよう。
この国を出て、新天地へ旅立とう。
そう思うと、少しワクワクしてくる。
◇◇◇
私は国を出た。
生まれ育った王国を、自分の足で旅立った。
名目は国外追放。
もう二度と、あの国に戻ることはない。
悲しい出来事のはずなのに、心と身体は軽やかだった。
「とりあえずお隣の国に行こうかな」
今まで仕事ばかりに縛られていた生活が、一気に開放的になった。
誰かに決められていた一日の予定。
今は私が好きにできる。
どこで何をするか。
何をしていたって怒られたりしない。
宮廷で働いていた頃の貯金もあるから、お金にも当分は困らないだろう。
追放されるから財産も没収されてしまうかと思ったら、案外そこは優しかった。
退職金だと思って有難く使わせてもらおう。
歩き出そうとした時、心地いい風が吹く。
と、最初は意気揚々と旅を楽しんだ。
次へ、次へと新しい街へ行き、のんびりとした時間を過ごす。
悪くはない。
仕事に追われる日々からも解放された。
ただ……。
「お金がなくなってきたなぁ……」
お金は働かないと増えない。
使えば減るばかりだ。
一か月も遊んで暮らしていたら、当然貯金もなくなってくる。
長らく抑圧されていた分、あまり先を気にせず遊び過ぎてしまった。
美味しいものをたくさん食べられて満足はしたけど、その分お金は心もとなくなった。
私がいま訪れているのは、生まれ故郷から北にある小さな国だ。
名前はノーストリア王国。
私が生まれたセントレイク王国に比べてば、国土も国力も半分以下。
世界的に見ても弱い国ではある。
ただ自然は豊かで、人々も伸び伸び暮らしているし、私は嫌いじゃない。
そろそろどこかで落ち着いて拠点を構えようと思っていた。
気に入ったし、この国でもいいかもしれない。
となれば……。
「お仕事探さなきゃ……」
私は街の中心にある噴水の横で腰を下ろす。
正直あまり気乗りしない。
働きたくない……というわけじゃなくて、どうしても脳裏に過るんだ。
また同じことにならないかな?
仕事をするなら得意なことがいい。
せっかく私はビーストマスターと呼ばれるだけの力があるんだし、やるなら調教師だろう。
いざ探すと、意外と働き口が少ないんだ。
魔物や聖霊、天使や悪魔。
人とは異なる存在を使役することで、国は強さを示している。
必然、仕事場も限られる。
やっぱり宮廷……もしくは冒険者かな。
宮廷はいわずもがな。
冒険者も噂で聞く限り、危険がいっぱいでとても大変だという。
できれば安全に、のんびり暮らしながら仕事がしたい。
それは……。
「贅沢、なのかな」
静かな時間が流れる。
夕暮れ時、お仕事帰りの人たちが歩いている。
誰も私には目もくれない。
知り合いなんていないから当然だけど、私は勝手に孤独感に苛まれる。
「ああ……私って……」
本当に今、独りぼっちなんだ。
気づいてしまった。
いいや、気づいていたけど考えてこなかった。
孤児院にいた頃も、周りに仲間がいた。
宮廷で引き取られ教育を受けている時も、周りには怖い大人の人たちがいた。
働き始めてからもそうだ。
だけど今、私は本当の意味で一人きりになった。
この街にいる人は誰も、私のことなんて知らないだろう。
街の人たちをぼーっと眺める。
なんだか別世界の住人みたいな気分だ。
私一人だけ、世界から取り残されているような……。
このままじゃ本当に、私は孤独に押しつぶされて消えてしまいそうになる。
ちゃんと働いて、人と交流を持たないと。
本格的にどうするのか考えよう。
「やっぱり宮廷……うーん……」
「そこのお嬢さん、一人かい?」
「冒険者もやってみたら意外と……? でも知らない仕事にいきなりはきついよね」
「暇なら俺たちと遊ぼうぜ~」
なんだが外野がうるさいな。
今真剣に考えているんだから邪魔しないでほしい。
私は無視していた。
すると突然、男の一人が私の腕をつかむ。
「おい、無視してんじゃねーよ」
手首を力いっぱいに握られる。
痛みでようやく顔をあげ、囲まれていることに気が付いた。
ガラの悪そうな男たちが三人もいる。
「なんですか?」
「さっきから声かけてんだろうが」
「舐めてんのか? 無視しやがって」
「すみません。今考え事で忙しいんで邪魔しないでもらえませんか?」
私は手を振り解こうとする。
けど力強く掴まれていて離れない。
私は苛立つ。
「離してください」
「嫌だな。俺たちを無視した罰だ。痛い目みたくなけりゃいうこと聞いてもらうぜ」
「……はぁ」
もう面倒くさい。
見た目が非力な女だから侮っている?
残念だけど私は一般人じゃない。
知らないでしょ?
私がとある国で、なんと呼ばれていたか。
「【サモン】、シルフィー――」
「そこまでだ」
「な、ぐえ!」
私の手を掴んでいた男が吹き飛んだ。
顔を真っ赤に腫らして尻もちをつく。
どうやら殴られたらしい。
私の傍らに、白髪の男性が立つ。
ふと、どこか懐かしい空気を感じた。
「何しやがるて……あ……」
「まったく困った奴らだな。女性相手に手を上げるとは」
「あ、あんたは……」
男たちが怯えている?
彼の顔を見て。
とてもきれいな顔立ちで、私と変わらないくらい若い青年だった。
見た目は怖くないと思うけど……。
「これ以上やるなら、覚悟しろよ?」
「す、すみませんでしたぁ!」
男たちは逃げ出した。
よくわからないけど、助けてもらった?
「ありがとうございます」
「別に、俺が助けたのはお前じゃなくて、あいつらだよ」
「え?」
「召喚が使えるんだな。放っておいたら大惨事になっていただろ?」
気づいていたんだ。
私が召喚術を使おうとしたことに。
この声、どこかで聞いたような……。
「希少な才能を持ってるんだ。あんな奴ら相手に使うのは勿体……セルビア?」
「――?」
彼が口にしたのは、紛れもなく私の名前だった。
どうして?
この国は一度も訪れたことがない。
セントレイク王国からも二つ離れているから、知り合いなんていないはずなのに。
でも、やっぱり懐かしい。
声も、その綺麗な白い髪も……。
幼い日の記憶が蘇る。
「……リクル君?」
「やっぱり、セルビアじゃないか! どうしてこんな場所に……って、おい。何で泣いてるんだよ」
「へ? あ……あれ?」
無意識だった。
私の瞳からは涙が零れ落ちる。
独りぼっちになったことを理解した直後だったからだろう。
私を知っている、私が知っている人に出会えて、安心したんだ。
◇◇◇
リクル君と初めて出会ってのは、私が宮廷でお勉強を受けている合間だった。
まだ始めたばかりで先生も厳しくて、休憩時間は逃げ出すように一人で庭に駆け込んだ。
そこに彼はいた。
白い髪が綺麗で、とても印象的だった。
「誰?」
「お前こそ誰だよ」
「私、セルビア」
「俺はリクルって言うんだ。ここで何してるんだよ」
「お勉強だよ」
「お勉強?」
話をするようになって、自然と仲良くなった。
彼とはいつでも会えたわけじゃない。
何か月かに一度、彼は宮廷の庭へ来ていた。
どうやら外の国から来ているらしい。
どうして宮廷にいたのかは教えてくれなかったけど、彼と話している時間は楽しくて、辛いお勉強も忘れられた。
「凄いなセルビア! 将来はビーストマスターか」
「うん……でも、私にできるかな」
「やれるって! セルビアは真面目だし、きっと凄いビーストマスターになる!」
「本当?」
「ああ! 俺が保証してやる!」
彼は私の背中を押してくれた。
孤児院を出たばかりで不安だった私は、彼のお陰で頑張れた。
「俺にも将来なりたいものがあるんだ! お前に負けないくらいでっかい夢だぞ!」
「リクル君の夢? なに?」
「内緒! もう少し大きくなったら教えてやるよ」
「約束だよ!」
けど、その約束は果たされることはなかった。
その日を最後に、彼は一度も現れなかった。
あれから実に十年ぶりの再会だ。
泣いてしまうのも当然だろう。
私はリクル君と一緒に噴水を背にして座り、今日までのことを話した。
「なるほどな……お前も大変だったんだな」
「うん……ビーストマスターにはなれたんだけど、中々上手くいかないね」
「周りが悪いな。ハッキリ言って、そいつらは馬鹿だ。頑張ってたお前を追放するなんて考えられない」
「あははは……そうだね」
誤魔化すように笑う私を、リクル君は訝しむ。
「怒らないのか?」
「……怒っても仕方がないからね。もう終わったことだから。今はそれより、これからどうするかを考えないと……」
「これからか」
「うん。そうだ。リクル君は今までどうしてたの? あれから会えなくなって心配してたんだよ!」
パッと見た感じ、とても元気そうで安心した。
あの頃は身長も同じくらいだったのに、今じゃ彼のほうがずっと高い。
改めて見ると、格好いいよね。
服装も地味に見えて整っていて、どこか高級感が漂う。
「いろいろあったんだよ。お前のいた国とは関係が悪くなって、外交すら難しくなった。だから会う機会も作れなかった……本当は、早く会いたいと思っていたんだけどな」
外交?
関係が悪化した国……そういえば私が今いるこの国がそうだった。
一時期話題になっていたことを思い出す。
彼はこの国の出身だったのか。
「お前がビーストマスターになったことは噂で聞いてたんだよ。ちゃんと言ってた通りなれたんだって嬉しかった。おめでとうとも言いたかった」
「そうなんだ……」
しんみりした空気が流れる。
私はビーストマスターになって、その地位を失った。
後悔はしていない。
けど、今となっては申しわけない。
リクル君に、立派に働いている姿を見せたかったなぁ。
「でも、辞めたんなら逆に好都合だ」
「え?」
「これから先どうするか悩んでるんだろ? だったらここで、俺の国のビーストマスターになってくれないか?」
目と目が合う。
夕日に照らされて、オレンジ色に光る髪がなびく。
彼は真剣だった。
「ありがとう。嬉しいけど、そういうのを決めるのは国の偉い人だから」
「だから問題ないんだって。俺がそうだから」
「……へ?」
「言ってなかったか? 俺の名前はリクル・イシュワルタ。この国の第一王子だ」
「だ……」
第一王子!?
「王子様だったの?」
「ああ。あの頃は父上について行ってたんだよ。じゃなきゃ他国の子供が宮廷に入れるわけないだろ?」
「た、確かに……?」
言われてみればそうだ。
相応の地位にいる人じゃないと不自然だったかもしれない。
驚きのあまり納得してしまった。
「え、ほ、本当に?」
「そうだよ。だから決める権利は俺にある。本音を言えば、ずっと前からそうなればいいなーとか、勝手に想像していたんだ」
彼は語る。
瞳を閉じて。
「この国は弱小だ。けどいつか、世界一の国って呼ばれるようにしたい。それが俺の夢……あの日、果たせなかった約束の答えだ」
「リクル君の夢……大きな夢!」
彼は頷く。
私たちは大人になった。
十年越しに、約束は果たされた。
「俺の夢には力がいる。もしよかったら、俺にお前の力を貸してほしい」
彼は立ち上がり、手を差し伸べる。
力強く、まっすぐに見つめて。
「その代わり、お前の居場所は俺が作る。不自由も、嫌な思いもさせない。俺がお前を幸せにすると誓おう!」
「リクル君……」
それはまるでプロポーズみたいな言葉だった。
私は、彼の瞳を見ながら思う。
この手を取ったら、私はまた宮廷で働く人間に戻る。
不安がないかと言われたら嘘になるだろう。
それでも――
「うん。よろしくお願いします」
彼の手を取った。
直感でしかないのだけど、彼と一緒にいることが幸せに繋がる。
そんな気がしたから。
◇◇◇
セルビアが追放された宮廷では、新体制による仕事が始まっていた。
ロシェルが指揮をとり、新人たちが王国で飼っている魔物の世話をする。
いつでも戦えるように訓練させることも仕事の一つだ。
宮廷調教師の仕事は決して楽ではない。
名誉ある仕事ゆえに、その重圧も計り知れなかった。
「皆さんしっかり働いてください。私たちの手に、この国の未来はかかっています」
彼らはいいチームだった。
集まって間もないのに、統率も取れていた。
ほころびはなかった。
「……ふっ、やっぱり私たちだけで問題ないわね」
「ロシェル」
「レイブン様!」
働いている彼女の様子を見に、レイブンがやってくる。
「順調かい?」
「はい!」
「そうかそうか。君は真面目で綺麗だし、彼女とは大違いだね。さーて、今頃どうしているかな?」
「心配ですね。どこかで倒れていたら、私たちの責任になってしまいそうで」
当然、二人は心配などしていない。
心の奥底では、どこかで野垂れ死んでいるのも悪くないと思っている。
だが決して下に見ているわけではなかった。
彼女が選ばれた者だからこその嫉妬、劣等感ゆえ。
だが……。
「た、大変ですロシェル様!」
「どうしたの?」
「魔物たちが急に暴れ出して、一斉に逃げ出してしまいました!」
「なんですって!」
その後、次々と連絡が届く。
魔物だけではない。
宮廷で管理している生き物たちが一斉に騒ぎ出し、同じ方角へ走り出した。
なんと半数が。
「は、半分……? まさか……」
そう。
逃げ出したのは、セルビアがテイムした生き物たち。
調教、召喚、憑依。
これらには魔力の総量や熟練度、才能によって大きく差が生まれる。
同じ力であっても、体現できる結果は異なる。
彼らは理解していなかった。
王国に飼われていた猛獣たちがなぜ大人しかったのか。
セルビアがいたからだ。
彼女の力が、凶暴かつ凶悪な存在を抑え込んでいたから。
本来、調教済みの生き物は人間に対して服従する。
しかし稀に、特定の人物の命令しか聞かない場合もある。
この結果が物語るもの。
それはすなわち、彼らが従っていたのはセルビア一人だけだったということ。
彼らが向かったのは、セルビアの痕跡が残る方角。
旅立った彼女の元へ帰るために。
「収拾がつきません!」
「そんな……」
「どうなっているんだ!」
これより、彼らは思い知らされることになる。
この国が……。
たった一人の大天才によって支えられていたという事実を。
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