養女
「息子がミリア嬢を連れて来た時は驚いたよ。だが、さすが私の子だ。
政略より愛を望むとは。
いや、すまないな、宰相。そしてクリスティン」
国王陛下のお声。弾んでいます。
お父様の後ろにぽつんと座る私に気づいたのでしょう。
「ごめんなさいね、クリスティン」
ミリア嬢がこちらを見て微笑み言いました。
そっとお腹を撫でながら。
私はドレスを握りしめてしまいそうになったのを何とかこらえました。
ですが
「すまない……クリスティン」
彼に言われてはっとしました。
――「すまない」――
ああ
そうなの。
それが
あなたの答えなのね。
私は―――
思わずふふ、と笑ってしまいました。
そうよ。
もう
いいんだわ。
もう
いらない想いなんか捨てていいの。
終わったのよ―――――
私の前に座るお父様が言いました。
「いえ。謝罪は結構ですよ、国王陛下。王太子殿下、そしてミリア嬢。
私も王太子殿下と我が娘クリスティンの婚姻には無理があると思っておりましたので。
どうぞ、お気になさらず。
王太子殿下とミリア嬢の婚約を祝福いたしましょう」
「ははは。そうかそうか。
いや、そう言ってもらえると助かるよ」
会議室が居並ぶ大臣、主要貴族の皆様の拍手で包まれました。
彼とミリア嬢。
そして国王陛下は嬉しそうに笑顔で応えておられます。
「ありがとう。それでだな。
皆に集まってもらったのは他でもない。ミリア嬢のことなのだが。
さすがにミリア嬢を平民のまま王太子妃にすることは出来まい」
そこまで言うと、国王陛下はこほん、と咳払いをされました。
「―――そこでだ、宰相。
ミリア嬢をお前の養女として貰えないだろうか。
そうすれば王太子に嫁ぐのが《娘》から《義理の娘》になるだけだ。
クリスティンとて自分が繋げなかった王家との縁を、ミリア嬢が《義姉》となって繋いでくれれば責任を感じずに済むだろう。
王家としても予定通り《公爵家の娘》が嫁いでくれればありがたい。
誰にとっても悪い話ではないのではないか?」
にやりと笑い言い切った国王陛下。
お父様は、ぽんと手を叩かれました。
「なるほど。そうすれば私に慰謝料を支払わずに済みますしね」
「いや、そんなことは思っていなかったが。そうだな、面倒な手続きも要らなくなるな。―――で?どうかな?宰相」
国王陛下は満面の笑みでお父様を見つめています。
ミリア嬢は座ったまま、お父様に向けてペコリと頭を下げました。
お父様は――くすりと笑われました。
「ご冗談を。我が家は辞退させていただきます」
「なに?!」
まさかお父様が断るとは思っていなかったのでしょう。
国王陛下はお父様を睨みつけました。
そして
「……そうか。残念だよ、宰相。
よろしい。――では皆の中で、誰かミリア嬢を養女としてくれる者はないか。
未来の王妃の義実家だぞ。悪い話ではないだろう?」
と、居並ぶ大臣、主要貴族の皆様に向けおっしゃいました。
―――ですが。
「ははは。おい、誰か引き受ける者はいるか?」
「ご冗談でしょう。私も辞退申し上げます」
「もちろん、私も」
「当然、私も」
「私も」
まるで波のように「私も」の声が続きます。
これにはミリア嬢も、そして彼も驚きを隠せないようでした。
国王陛下もぽかんとただ見ているだけです。
ですが、はた、と気づかれたように叫ばれました。
「なんだ、お前たち!信じられん!
誰も引き受けてくれる者はおらんのか!
ああ、わかったぞ。宰相を気にしているのだな?
なら、遠慮することはない!
国王の私が許すのだ!
誰か手を上げよ!王家と縁ができるのだぞ!」
「「「「「「いえ、ご遠慮させていただきます」」」」」」
居並ぶ大臣、主要貴族の皆様全員の声が揃いました。