強く
「遅い!」
扉をばん、と開けて。
入ってこられたのは王妃様でした。
全員総立ちし、頭を下げてお迎えします。
「随分と時間がかかったのね、宰相。
こっちはとっくに妾妃と娘と護衛を馬車に入れて待っていたのよ。
夜になるかと思ったわ」
王妃様は歩きながら皆に顔を上げるように言うと、最奥の玉座の横。
彼が座っていた席にどかりと腰を下ろされました。
お父様が代表して謝罪しました。
「申し訳ございません。
しかしさすがにまだ夜にはだいぶ時間があるかと……あれ?
護衛?護衛が馬車の中?」
「酒屋から攫ってきて突っ込んでおいたの」
平然と言われた王妃様。
お父様の不敬な声が部屋に響きました。
「はあぁ?!」
「家族で《追放》なら《父親》も必要でしょう?」
「――いつの間にそんな?!」
「ついでよ。あの護衛、《同罪》でしょう?
それに他に家族もいなかったし、腕も立つようだし、馬車も操れる。
《身分証》を作るのにも父親がいた方が楽だったし、ちょうど良かったの」
「……《追放》のはずですが」
「あら、《あの子》は息子の《影武者》を長年務めてくれていたんだもの。
そのくらいのご褒美があっても良いでしょう。
あとのことも《あの子》に任せてきた。
妾妃と護衛が目を覚ましたら状況を説明してくれるはずよ」
「はあああああぁ?目を覚ましたら?」
またしてもお父様の声が部屋に響きます。
「盛ったんですね?二人に睡眠薬を飲ませた!そうでしょう?
話すのが面倒くさくなって一服盛ったんでしょう?それで早く片付いたんだ!」
「違うわよ。
護衛は抵抗されると厄介だから。
妾妃の方には、ちゃんと話した。けれど、泣き喚くだけだったから――」
「――盛ったんだ!だから薬を盛ったんだ!
何してるんですか!
牢に入れたアホ娘と同じじゃないですか!
貴女はこの国の王妃なんですよ?!自覚がないんですか!」
「ああ、うるさい。相変わらず無駄に声だけ大きいわね、
剣より声の方が強いんじゃないの?
元、近衛騎士どの。
でも良く務まったわね。
ランドールに一度も勝てたことないのに」
「……ランドールが異常なんです。
未だに自ら近衛騎士の訓練を引き受けるなど。バケモノですか」
「あら、この国の騎士が弱すぎたのよ。
《魔石》が守ってくれると油断しすぎでしょう。
今はだいぶマシになったみたいだけど。ランドールのおかげで」
うぐ、とお父様が言葉に詰まりました。
皆様は、いつものことなので微動だにしません。
私も黙って聞いておりました。
ですが、次に
「クリスティン」と。
王妃様は私を呼ばれました。
強張る全身を叱咤し、なんとか膝を折り返事をします。
「はい」
「見事に転んだわねえ。こうなるだろうとは思っていたけど」
「ご迷惑をおかけして……申し訳ございません」
「―――そうね」
当然のお言葉です。
ぐっと、お腹に力を入れ、続くであろう叱責のお言葉を待ちました。
けれど。
王妃様のお言葉は―――
「でも子どもは失敗するものよ。
それに貴女だけを責められない。
《私たち》は国王陛下の《幽閉》や、仮の王太子の《追放》を躊躇った。
国王陛下は、あれで憎めないところがあってね。
子どもっぽいというか。
《あの子》が生まれた時なんて。よほど嬉しかったんでしょう。
赤子の《あの子》を抱いて泣きながら皆に見せに来た。
《あの子》の方もね。
生まれた時から成長を見てたわ。
《私たち》は誰もが《あの子》を抱っこしたことがある。
《あの子》を抱いていた宰相が粗相されて《皆》で笑ったこともあったし、
《あの子》は、私に花を摘んで届けてくれたこともあった。
……すぐに《決断》していた方が《あの子》には幸せだったのかもしれない。
けれど《私たち》は……非情にはなれなかったの。
貴女の《我儘》は《私たち》の、ちょうど良い言い訳でもあったのよ」
「王妃様……」
「ねえ、クリスティン。
私たちは誰も完璧じゃないのよ。
誰でも失敗する。
侯爵なんて若い頃、他国の外交官を殴ったの。
もう少しで相手国とは国交断絶になるところだった」
「アレは本当に危なかった」
皆様の中から声が聞こえました。
侯爵様は苦虫を噛み潰したようなお顔をなさっています。
「あの外交官は我が国を悪く言ったのだ。怒って当然だろう」
「だからって殴るなよ」
「若い頃の話だ。とっくに時効だろう」
王妃様は楽しそうに笑うと、次に言われました。
「《我儘》も言うわ。
私は王妃として嫁ぎながら、国王陛下を拒みランドールを夫とした。
そこの元、近衛騎士は公爵令嬢セレリアに手を出した」
お父様がぎょっとしました。
「出してません!そこは結婚したと言ってくださいよ!
なんて言い方するんですか!」
王妃様はころころと笑うと―――
「いいじゃないの。
ね?
皆、失敗はするし、我儘も言う。
でも、その責任は負わなければならない
―――強くなって頂戴、クリスティン。
この国には《魔石》がある。
そのせいで王家の血を引く者は、《王》と言う名の《駒》にもなれてしまう。
王家の血を引く者は、弱くはいられない。
自分が自分である為には強くなるしかないの。
静養に逃げることは許さない。
《彼ら》の管理をしていたのは貴女。ちゃんと最後までやり遂げなさい。
地に落ちた自分の評判を変えて見せなさい。
大丈夫。みんな知っているわ。
人を育てるのにはお金と時間と、そして手間がかかるってね」




