婚約破棄宣言
「私は自分の妃には愛する者を望む!だから君との婚約は破棄する!
そして、ここにいるミリアを新たな婚約者とする!」
それが私、クリスティンが久しぶりに婚約者からかけられた言葉でした。
学園の卒業式の日です。
今は卒業記念パーティーが催されております。
私の目の前には、私の婚約者――この国の王太子殿下のお姿があります。
学園などとうに卒業した王太子殿下のお姿が。
私に婚約破棄を伝える為に来られたようです。
新たな婚約者に、と望まれたミリア嬢をエスコートして。
……目が離せませんでした。
入場されたところから、ずっと。
貴方はそんなふうに女性をエスコートされるのですね。
歩幅を女性に合わせ
常に視線を送り
にこやかな笑顔で。
……良い笑顔ですね。
ミリア嬢も。
そして会場にいる皆様も。
そう。
会場は今、割れんばかりの歓声と、拍手に包まれています。
……そうですか。
皆さん、嬉しいのですね。この状況が。
誰一人。
私の味方はいないようです。
残念ですが。
私に言えるのは一言だけでした。
涙をこぼしてしまわないように
声が震えてしまわないように気をつけて
私は……決して言いたくはなかったその一言を口にしました。
「婚約破棄、承りました」
居た堪れず会場を後にしました。
パーティーが始まるかどうかの時間での退場です。
私を見て怪訝な顔をした御者を急かして馬車を出させます。
馬車がしばらく走ったところで、私はようやく堪えていた涙をこぼしました。
ドレスに涙が滲みます。
美しい、私のお気に入りのドレスです。
色はいつもの翡翠色。
彼の瞳の色です。
ですが――気づいてはくださらなかったでしょう。
一度もエスコートしたことのない婚約者のドレスの色など。
ろくに見ることもなかった名ばかりの婚約者の気持ちなど―――
屋敷に帰ると、私は部屋に籠りました。
こんな時、お母様がいたら慰めてもらえるのかもしれません。
ですが、あいにく私のお母様はもうおられません。
もともと身体の弱かったお母様は私が五歳の頃、お亡くなりになってしまわれたのです。
代わりにお父様が見えました。
いつもお仕事で遅いのに、今日は早く帰って来られたようです。
《報告》を受けたのでしょう。
「辛かったね、クリスティン」
やはりお父様は卒業記念パーティーでのことをご存知でした。
お父様はそっと私を抱きしめて下さいました。
私の目からはまた涙が溢れます。
ですが
「……もう良いだろう?諦めなさい」
次にお父様はそう仰いました。
――― あきらめなさい ―――
ああ、お父様までも……
物心がつく前からずっと、婚約者だった方への私の想い。
彼を支えられるようになろうと必死に頑張った私の努力。
それを
私はその日、誰からも《もういらない》と言われてしまったのでした。