episode08 惑わす力
「貰えるもんさえ貰えれば、あんた達の窮地を救ってやるぜ」
そう嘯くホビトの男。
見た目だけで断言はできないが、僕たちより少し歳上くらいだろうか。
僕とシャルティは、馴れ馴れしく話し掛けてくるホビトに、冷ややかな視線を送った。
それはそうだろう。
知らない男にいきなり声を掛けられて、明らかに金銭を要求されているわけで。
これを信用しろ、という方がムチャだ。
「……あなた、誰?」
シャルティの声が恐ろしく平坦だ。
無表情なシャルティから、明らかな苛立ちを感じる。
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はホビトのゲイン。困っている人を助けて御礼を頂くことで生きている何でも屋だ。俺なら、あんたを安全かつ穏便に逃がしてやれるが、どうだ?」
「……信用、出来ない」
「んー、ハッキリ言うお姉ちゃんだ。俺、君みたいな子、嫌いじゃない」
ゲインの軽薄な態度に、怒りからか、不快感からか、無表情なシャルティの眉間に少しずつシワが出来てきた。
「……もういい、どっか行って」
「へえ、いいのかい? 外はそろそろ包囲されちゃうみたいだぜ」
「……なんとか、する」
「なんとか、ね。まあ、じゃあ、強行突破でなんとかなったとしよう。そこから先はどうするのさ」
「…………」
「ふっふっふ。ちゃんと分かってるじゃん。お姉ちゃん賢いねぇ。俺、君みたいな子、結構好き」
そこから先?
逃げる以外の選択肢は無いし、それはこれまでと変わらないはずだ。
「あれ? もしかしてお兄ちゃんは、どういうことか分かってない? つまりさ、ここを実力で突破するってことは、一度見つかるってことなんだぜ。足取りが掴めない犯人を追うのと、逃げた方向が分かっている犯人を追うの、どっちが楽か、って言ったら分かるかい?」
それは、どう考えても後者だ。
ここを安全かつ、穏便に逃げられるメリットは大きいぞ、と言っているわけか。
問題は、ゲインを信用できるか、という点にかかっている。
――バタン、と扉が開き、40代くらいの男が飛び込んできた。
「おいおい、ヤバいぞ。王国軍のヤツ、村を出ようとした商人をその場で殺しやがった」
「そりゃ、あんた。国王陛下を殺されたうえに、犯人に逃げられたまんまじゃ面子が丸潰れだからね。王国軍も必死なのさ。ここは黙って言うこと聞いといた方がいいわ」
エプロン姿の女店主が、外に出る準備を始めると同時に、店に兵士が1人、入ってきた。
「この店にいる者も全員、外に出よ」
「はいはい、すぐに出ます。殺さないで」
さっき、店に入ってきたばかりの男が、ビクビクしながら店を出る。
ホビトがニヤニヤと笑いながら、僕の顔を覗き込んだ。
「そろそろ時間切れみたいだぜ、どうする?」
お金の交渉はシャルティの役目だ。
自慢じゃないが王城で温室暮らしだった僕は、貨幣というものを使ったことが無い。
知識として金属貨幣が流通していることは知っているが、相場が分からない。
僕は黙ってシャルティの方を見る。
「……分かった、いくら?」
「金貨1,000枚」
「……!?」
シャルティの顔が引きつっている。
僕は、あまり売買というものに携わったことが無いのだが、金貨1,000枚が相当に高額なのであろうことはよく分かった。
「もしくは、お兄ちゃんの腕にある、それ」
ゲインは僕の左腕にある腕輪を指差した。
「それミスリルだろ。希少すぎて金属貨幣に出来ないレアメタル。そのサイズでも家の1軒2軒は建つんじゃねえか」
そうだったのか。全く知らなかった。
なんかキラキラしてて格好いいなあ、くらいの感覚で着けてたんだけど。
僕はシャルティの方を見て、頷いた。
こんな腕輪で安全に逃げられるのなら、安いものだ。
「……分かった、仕方ない。……でも、条件がある」
「へえ、なんだい? 言ってみな」
「……逃げられたら、渡す。……つまり、後払い」
「しっかりしてるじゃん。オーケー、商談成立だな」
僕らは席を立つと、3人で店の外へと出た。
ゲインから指示されたことはたった1つ。
「一言も喋るな」
外には見知った顔が、馬に乗って偉そうにしていた。
くるりと外巻きにした長い髪。全く似合っていないカイゼル髭。
こいつの名はナホロス。僕の2つ上の従兄弟だ。
小さい頃は「殿下、殿下」とご機嫌取りに来ていたのに、1年前からピタリと現れなくなった。
陰で僕のことを「ゼロスキルの無能」って呼んでること、知ってるぞ。
「そこの二人、こっちへ来るのである」
ナホロスが、僕とシャルティの方を指差した。
心臓がバクバクと波打っている。
ゲインのことを本当に信用してもいいのだろうか。
実は、ナホロス達と繋がっている、とか。
ゲインの方を見るが、何食わぬ顔で素知らぬふりをしている。
シャルティの方を見ると、何やら覚悟を決めたような顔をしている。……無表情なのに怖い。
僕もある意味、覚悟を決めて、ナホロスに近寄った。
「フードを外して、顔を上げるのである」
ナホロスの細長い蛇のような目と、しっかり目が合った。
1年会っていないとはいえ、この距離で僕とシャルティを見れば、普通は気付く。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン――。
フードを外してから、まだ数秒しか経っていないはずだが、心臓は100回以上脈打ったような気がする。絶対に気のせいだけど。
「もうよいのである。戻れ」
ナホロスは興味を失った顔をして、お供のセバスサンと一緒に、次の建物へと移動していく。
ゲインが「どうだ参ったか」と言わんばかりの、渾身のドヤ顔でこちらを見ていた。
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※読まなくてもいいオマケです。
トリスワーズ国 Tips <各種族の特徴④ オルガとハピラ>
☆オルガ
大柄で太く大きい筋肉を持ち、頭部に小さな角が生えた種。大戦で種の多くが戦死しており、生き残りがどこにいるかは不明。力が異常に強く、オルガ1人でヒュム10人分の力に匹敵すると言われている。
スキルは「変化型」と呼ばれ、自身の身体を別の物質に変える能力であることが特徴。
☆ハピラ
背部に大きな翼が生えた種。自力で飛ぶことは出来ないが、高いところから滑空したり、強風に乗って浮くことは出来る。見た目とスキルの特性が相まって、神の御使いとして崇められていた歴史もある。
スキルは「神聖型」と呼ばれ、治療や蘇生など生命や魂に作用する能力であることが特徴。
★次回予告★
ピンチを凌ぎました!エヴァルトです!!
と言っても、僕は何もしてないんだけどね。
どうしてバレなかったのか、はゲインが教えてくれるハズ。
次回、あにコロ『episode09 野盗急襲』
ちょっとだけでも読んでみて!
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