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episode79 奪うもの

「そこまでだ! 我が国はヴァルデマル殿の亡命の申し出を受け、これを受諾した。そして彼の身柄は既に我が国内にある。これ以上の手出しはご無用に願いたいな」


 ヴァルデマルがグランドダラム教国の領内まで逃げ切った以上、騎士の言い分は最もである。


 彼の警告を無視して、僕たちが国境を一歩でも越えたなら、すぐさま戦闘が始まるだろう。


「しかし、なるほど。そうか。貴殿が《《ゼロスキル》》のエヴァルト殿……ふふふっ」


 騎士が下卑た笑みをエヴァルトに向けた。

 特に『《《ゼロスキル》》』を強調しているあたりに、これまでも幾度となく浴びてきた侮蔑を越えた昏い感情を感じる。


「いや、失敬。神の寵愛を受けられずに生まれた“持たざる者”が王族に逆らうなど我が国では考えられぬことでな」


 それはそうだろう。

 あなた達の国で“持たざる者(ゼロスキル)”がどんな扱いを受けているのか、僕たちは知っている。


 だから僕たちは、ヴァルデマルを殺さないことにしたんだ。


 死ぬよりツラい苦しみの中で生きていけ。


「くっくっくっく、はあーーっはっはっはっはっはっは!! 結局は俺が勝つように出来ているのだ、エヴァルトよ。やはりお前は無能だったな」


 勝利を確信して高笑いするヴァルデマルがイラ立たしい。


 まだ気づかないのか。

 自分の大切なものが欠けていることに。


「無能はお前だよ、ヴァルデマル」

「なに? 今なんと言った!?」

持たざる者(ゼロスキル)はお前だ」

「なにを言って……!!??」


 そこまで言われて、無能な兄(ヴァルデマル)もようやく気づいたようだ。


「スキルが発動しない……?」


      ★


「大丈夫だ。覚悟は……出来ている」

「……殿下の全てを、懸けられる?」

「もちろんだ。僕の全てを懸けて、あいつを、ヴァルデマルを討つ!!」

「…………」


 これは、ほんの少し前にした僕とシャルティの会話。


 このあと、シャルティは言った。


「……殿下、お願いがあるの。……ヴァルデマルを、殺さないで」


 僕は自分の耳を疑った。


 ヴァルデマルは僕にとって父王を弑逆しいぎゃくした王位の簒奪者さんだつしゃであると同時に、僕の後見人でありシャルティの父でもあるグロン将軍の仇だ。


 ヴァルデマル憎し、という気持ちはシャルティも同じはず。


「シャルティ、理由を聞いてもいい?」

「……ただ殺すだけじゃ、許せないから。……死に逃げたくなるほどの、苦痛と屈辱を」


 レッドドラゴンの姿のままでもシャルティの静かな怒りが伝わってくる。


「……ヴァルデマルの目的地は、グランドダラム教国。……亡命の手筈も、きっと整っているはず」

「うん、そうだろうね。だから僕らは、その前にヴァルデマルを討ち取らなきゃならない。そう思ってだんだけど」


「……持たざる者、知ってる?」

「持たざる者?」

「……スキルを持たない、人のこと。……教国では、そう呼ぶ」


 つまりゼロスキルのことだ。

 ほんの数カ月前までは『ゼロスキルの無能な第二王子』と揶揄されていた僕としては、今でもちょっとセンシティブな話題だったりする。


「それがどうしたの?」

「……持たざる者に、人権はない」


 シャルティはグランドダラム教国において持たざる者(ゼロスキル)が虐げられている現状を教えてくれた。


 スキルは神から与えられた贈り物と教義に定めている教国において、スキルを持たない“持たざる者(ゼロスキル)”はすなわち神の寵愛を受けられなかった者、前世で大きな罪を犯した者とされる。


 つまるところ持たざる者(ゼロスキル)とは国家が認めた被差別層だ。

 トリスワーズで感じた侮蔑的な扱いなど比べ物にならない。


 誰に咎められることもなく、誰の目を気にする必要もなく、心が望むままに虐げて良い存在は、他の人民の不満のはけ口となり国を安定させるシステムとして組み込まれているそうだ。


 そこまで聞いて、僕はシャルティの望みを理解した。


「ヴァルデマルのスキルを奪った上で、グランドダラム教国に亡命させてしまおうってこと?」

「……ダメ、かな?」


「ふふっ、ふふふふふっ」

「……殿下、どうしたの?」


 気づかないうちに笑いが込み上げていた。

 まさかそんな方法があったとは。


 ヴァルデマルが持たざる者(ゼロスキル)であることが分かれば、教国もトリスワーズの正統な王位継承者として支援することが難しくなるはずだ。


 持たざる者――神の寵愛を受けられなかった前世の大罪人――を、他国の王家とはいえど王位継承者として支援したことが知られては人心掌握に大きな影響が出てしまう。


 トリスワーズは所詮小国。

 大きなリスクを取ってまで内政干渉を優先しなくてはならない国ではないだろう。


 ならば、内政干渉のための道具として役に立たないと判断されたヴァルデマルはどうなるのだろうか。


 教国の庇護を失って見知らぬ土地で放り出されるのか、それともスキルを持ったトリスワーズの正当な後継者を産み出すための種として扱われるのか、いずれにしても人としての尊厳が認められることはないだろう。


「シャルティ、君は最高だよ」

「……殿下、それじゃあ」

「ああ、そのプランでいこう」

「……良かった、ありがとう。……それじゃあ、殿下。……私のスキルも、使って」


 それは【時間操作】を強奪しろ、ということか。

 僕は思わず言葉を失ってしまった。


「……100%確実に、あいつのスキルを奪うため。……私のことは、殿下が守ってくれる。……だから、ゼロスキルでも平気」


 シャルティの強い意思を感じた。

 ヴァルデマルに死よりもツラい未来を与えるために、彼女は発現したばかりのスキルを対価として差し出すと言う。


「シャルティ。本気なのか……?」

「……ヴァルデマルは、父の仇。……私も、全てを懸ける」


 まずはヴァルデマルを国境まで逃がした。

 圧倒的な力を見せつつも、国境まで誘導していることが悟られないように、絶妙な力加減でヴァルデマルを追い詰めた。


 ヤツが転がりながらも、無事に国境標石までたどり着いてくれたときは、ホッと胸を撫でおろした。


 間髪を入れずに、グランドダラム教国の騎士が現れたのは流石の手際だったが、止まった時間の中でヴァルデマルのスキルを奪うことは、赤子の手をひねるよりも他愛もない作業だった。



 教国の騎士は抜け殻のようになったヴァルデマルを担いで去っていった。

 そこには隣国の王族に対する敬意など、微粒子レベルも存在していなかった。


※読まなくてもいいオマケです。


★次回予告★

 どうも、エヴァルトです。

 最後の戦いも終わり、ヴァルデマルへの復讐も果たした。

 あとは、その後のトリスワーズについて少しだけ。

 次回、あにコロ『episode80 終章閉幕』

 ちょっとだけでも読んでみて!

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