episode78 兄と弟と
「ふっ……ふっ……ふっ……ふ、ざけるなああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
シトロン山脈に反響した声の主は、間違いなく兄ヴァルデマルのものだ。
「シャルティ!」
「……殿下、お覚悟を」
いつもより仰々しいシャルティの言葉。
そうだ。僕はこれから実の兄と命の獲り合いをすることになる。
「大丈夫だ。覚悟は……出来ている」
「……殿下の全てを、懸けられる?」
「もちろんだ。僕の全てを懸けて、あいつを、ヴァルデマルを討つ!!」
「…………」
押し黙ったシャルティが再び口を開いたとき、
僕は彼女が発した言葉に声を失った。
「シャルティ。本気なのか……?」
「……ヴァルデマルは、父の仇。……私も、全てを懸ける」
シャルティの決意は揺るがない。
僕たちは全てを懸けて、ヴァルデマルを――。
「……ヴァルデマル、見つけた」
シャルティが目標を定め、一気に降下を始めた。
「殺す! 殺す! 殺してやるぞ! エヴァルトオオオォォォォォォ!!!」
再び、ヴァルデマルの声がシトロン山脈に響く。
僕はその声に応えた。
「みつけたぞ。ヴァルデマル!」
ヴァルデマルにもこちらの声は届いたらしく、必死で周囲を見回しているが上空にまでは気が回っていない。
「エヴァルト、貴様ァ! 兄を! 王を! 呼び捨てにするとは不敬であるぞ!! 姿を見せろ!!」
このような状況になって尚、兄を名乗り、王を名乗るヴァルデマルに思わず笑みがこぼれてくる。
彼は王城で別れた頃となにも変わっていない。
彼に刃を向けることに一切の迷いは無くなった。
「正々堂々、出てくるのだ! この無能がああぁぁぁ!!!!」
ヴァルデマルが吼える。
その声に合わせて、僕はレッドドラゴンとなっているシャルティの背から飛び降りた。
――キイイィィィン!!!
剣と剣がぶつかる音。
レッドドラゴンの影に気づいたヴァルデマルが、飛び降りざまに斬りかかった僕の剣を受け止めた。
「ようやく姿を見せたか。無能のエヴァルト!!」
「ヴァルデマル。あんたの首を貰いに来た」
「!? くっくっく、はぁーっはっはっはっは! エヴァルトよ、しばらく見ないうちに冗談を言えるようになったのか!?」
我が兄ながら、このいちいち煽ってくるスタイル。
さすがにイラっとするな。
「うるさいな、黙れよ」
僕は掌に生み出した火球を、ヴァルデマルに向かって放った。
「!?!?!?!?!?」
火球を紙一重で躱したヴァルデマルは目を白黒させながら叫ぶ。
「なんだ、これは? なんなんだよ!? お前、ゼロスキルの無能だったじゃないか!? なんだよ、このスキルは!?」
「あんたに教えてやる義理はない」
再び放った火球をヴァルデマルは難なく躱す。
だが、今回は【追尾】のスキルも仕込んでおいた。
クイッと向きを変えた火球は、ヴァルデマルの背負っている荷物に直撃した。
「ひぃ!! 火が!! 火がああぁぁぁ!!!」
ヴァルデマルが燃え上がる荷物を背から下ろすと、荷物は傾斜に耐えらずに崖下へと転落していく。
「そうか、分かったぞ!! まだ誰か隠れてるんだな!? ああ、あいつだな。グロンの娘! たしか、あいつも成人したはずだ。ハピラとの混ざりものは、スキルもヒュムとは違ってたっておかしくない。そうだ。そうに決まってる!!」
鬼の首を取ったようなドヤ顔で、全部全てまるっとお見通しと言わんばかりのヴァルデマルの前に、レッドドラゴンが降り立ちシャルティが姿を現した。
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
「……覚悟しろ、ヴァルデマル。……父さまの、仇」
「くっ。クソッ! クソッ! クッソオオォォォ!!」
僕とシャルティが詰め寄ると、ヴァルデマルは背を向けて逃走を始めた。
「待て! ヴァルデマル!! 逃がすものか!!」
「……ヴァルデマル、逃がさない」
僕は革袋からベントットチョイスの石を取り出すと、【追尾】と【重力操作】を仕込んでヴァルデマルへと投げる。
逃げるヴァルデマルを正確に追っていった石は、彼の持つ剣によって薙ぎ払われる。
その場で過重力を発生させたことで、ヴァルデマルの身体は剣に引っ張られ、態勢を崩して転げるように山道を下っていく。
すぐに【植物操作】のスキルを使って足止めを試みる。
力任せに前へと進もうとするヴァルデマルだったが、さらに2,3歩進んだところで歩みを止めた。
「観念しろ。ヴァルデマル」
「ふふっ、ふはははははは。はははははははは」
追い詰められて気が触れたのか、ヴァルデマルはただ高笑いを続けていた。
「なにがおかしい!?」
「はっはっはっは。ははははははははは」
しかし、ヴァルデマルは笑うばかりで何も説明してはくれない。
すぐさま【自白】のスキルを使ってヴァルデマルに問いかける。
「なぜ笑う!?」
「狙いがハマりすぎておかしいからだ」
「狙いとはなんだ?」
「時間稼ぎに決まっている」
時間稼ぎ――ヴァルデマルが時間を稼いでいるということは、裏で動いている誰かがいるということだ。
見つけたときからずっと、ヴァルデマルひとりしか見えなかったから意識の枠から外していたが、マーレの姿が無い理由がハッキリした。
「……そうか。マーレはどこだ?」
「そんなことを聞いてどうする。――俺は国境線を越えたぞ、無能のエヴァルト」
ヴァルデマルは嫌らしい笑みを浮かべて勝ち誇る。
その隣には国境標石(国境の目印として設置されている石製のオブジェクト)が立っていた。
「そこまでだ! 我が国はヴァルデマル殿の亡命の申し出を受け、これを受諾した。そして彼の身柄は既に我が国内にある。これ以上の手出しはご無用に願いたいな。――エヴァルト殿」
突如姿を現した、白装束の中に鎧兜を着込んだ男が高らかに宣言する。
その隣にはマーレの姿もあった。
※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
シャルティは全てを懸けてくれた。
僕も全てを懸けてヴァルデマルを――。
次回、あにコロ『episode79 奪うもの』
ちょっとだけでも読んでみて!




