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episode77 山越えて

(ヴァルデマル視点)

 シトロン山脈に入ってから四度よたび夜空を眺めた。


 俺は王だ。

 このトリスワーズの、ヴィスタネル王家の現国王だ。


 なぜ、王がこのような山道を自ら歩かねばならないのか。

 しかも大量の荷物を自ら背負って。


「ええぃ、もう疲れた!」

「ヴァルデマル、王が弱音を吐いてはなりません。この山脈を越えればグランドダラム教国です。そこまで行けば、あなたはまた王座に戻れるのですから」

「……申し訳ありません。母上」


 こんなときでも母は厳しい。

 だが、母は常に正しい。


 俺の人生を導いてきたのは全て母だ。


 5日前の明け方。

 俺は母と共に城を出た。


 ザゴンネス将軍と王国兵の大半を失ったときから、母はグランドダラム教国へ亡命の打診をしてくれていた。


 その結果、教国が俺を受け入れてくれるだけでなく、反逆者共も全て討ち取ると約束してくれたのだ。

 シュルヴァン教はさすがに道理を分かっている。


 母になぜそのような伝手ツテがあるのか、と不思議にも思ったが母が訊かれたくなさそうだったので触れないことにした。


 結果的に良い方向に進んでいるのだから、理由など気にするだけ無駄だ。


 歯を食いしばって、一歩、一歩と前へ進む。

 この山を越えさえすれば、俺は……。


 山の頂上まできたところで景色が開けた。


 ここまで、かなり高い山を登ってきた。

 その頂上であれば、遠くまで見渡すことができるはずだ。


 そう――きっと、グランドダラム教国(ゴール)だって……。


「母上……グランドダラム教国はどこでしょうか?」


 目の前に広がっているのは、山、山、山、山。

 どこまでにも広がる連峰だった。


「まだまだ先ですよ。このペースだと……あとひと月といったところでしょうか」

「ひ……ひと月、ですか?」

「ええ。そのためにこれだけの旅支度をしてきたのですから」


 俺は背負っている荷物を見る。

 母の背にも同じくらい大きな荷物がある。


 そう言えば……荷物の中身を確認していない。

 母が持てというからここまで持ってきただけだ。


 この5日間、食料は全て母から貰っていた。


「安心なさい。もう半月もすれば食べただけ荷物が軽くなりますから」


 この荷物は全て食料なのか。

 そしてこれだけの量の食料を用意しなくては越えられないのがシトロン山脈。


 隣国でありながら遠国。

 グランドダラム教国とトリスワーズとで外交も戦争も発生しない理由を、俺は今さらながら痛感した。


「母上は詳しいのですね」

「30年前にも越えた道ですから」


 30年前というと大戦が終わった頃だろうか。

 しかし、やはりというべきか。

 母の出自はグランドダラム教国にあるらしい。


 だが、それ以上詳しいことは教えてくれなかった。



 母の様子が変わったのは、それから3日後のことだ。


「ヴァルデマル、少し急ぎますよ」


 前を歩いている母のスピードが上がる。

 齢40を迎えた身とは到底思えない健脚だ。

 

 俺は、ここまでも十分に急いで歩いてきたつもりだ。


 なにしろ重い荷物を背負っている。

 あまり慌ただしく動けば、滑落してしまう危険だってあるのだ。


「母上。あまりいては危ないですよ」


 母の背中に声を掛けるが、その脚は一向に動きを緩めない。


「くっ! ……想定よりだいぶ早いな。なにがあった?」


 前方では、母がひとりでブツブツと呟いている。


「なに? エヴァルト? なぜここにあの女の子供の名が出てくる!!」

「は、母上? 誰かと話していらっしゃるのですか?」


 しかし、母は俺の問いを無視して、虚空に向かってしゃべり続けている。


「イザリアも……、ノーズライグも……。そうか。分かった」


 母はそれっきり黙ってしまった。


「母上?」

「ヴァルデマル、よく聞きなさい」


 母はこちらを振り向くことなく、一方的に話し掛けてきた。


「王城が落ちました」

「へ?」

「エヴァルト率いる数名の潜入者が、イザリアとノーズライグを殺害。その際、ノーズライグの人形もほぼ全滅、城はいま燃えているそうです」

「なにを……言って?」


 母が言っていることが何ひとつ理解できない。


 俺は万に近い数の人形を外にはなった。

 死を恐れず、ただヒュム以外の人を殺すだけの人形を。


 普通に考えれば、それだけでヒュム以外の人種が全滅しても不思議ではない数だ。


 万が一に備えて、王城にも千体以上の人形を置いておいた。

 さらにノーズライグが人形を増産していたはずだ。


 反乱分子が多少集まったところで覆せない戦力。

 そんな城がどうして落ちることがある?


 それよりもなによりも、聞き捨てならない名前が聞こえた。


 エヴァルト?

 いま、母はエヴァルトと言ったのか?


 王家の名を汚す、無能な愚弟の名だ。

 賞金まで懸けたのに捕らえることが出来なかった忌々しい名だ。


 そんな奴が城を落としただと?

 この俺の城を落としたというのか。


 ならば、ザゴンネス将軍を討ち取ったのもアイツの仕業か?

 王国軍を壊滅させたのも?


 王であるこの俺が大荷物を背負って山を越えているのも。

 城の捨てて隣国の庇護を頼らなくてはならないのも。


 全てあの愚弟のせいということか……。



「ふっ……ふっ……ふっ……ふ、ざけるなああああぁぁぁぁぁ!!!!!」


 腹の底から怨嗟の声が飛び出した。

 それだけでは飽き足らず、ドシドシと文字通り地団駄を踏んだ。


 だが、いくら暴れたところで怒りが収まる気配はない。


「殺す! 殺す! 殺してやるぞ! エヴァルトオオオォォォォォォ!!!」


「みつけたぞ。暴虐の王、ヴァルデマル!」


 愚弟の声がした。

 前を、後ろを、右を、左を、見回すが姿が見えない。


「エヴァルト、貴様ァ! 兄を! 王を! 呼び捨てにするとは不敬であるぞ!! 姿を見せろ!!」


 なぜエヴァルトがここにいるのか、そんなことはどうでも良い。


 ヤツがここにいる。

 それはヤツを殺せるということだ。


「正々堂々、出てくるのだ! この無能がああぁぁぁ!!!!」


 次の瞬間、辺りが暗くなった。

 いや、これは影だ。


 上を見上げると、赤い竜が頭上を越えて行った。




★次回予告★

 俺こそが、この国の王、ヴァルデマルだ。

 エヴァルトなどに舐められてたまるものか。

 兄は弟より偉い。それは生まれたときに定められている。

 次回、あにコロ『episode78 兄と弟と』

 いいから読め、読まねば殺す!

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