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episode76 兄を追え


「兄上はとっくにこの城から出て行ったわよ」


 イザリアの言葉に僕は目を剥いた。

 戦に負けて落城しそうだから王を逃がす、というのならばわかる。


 しかし、僕たちがこの城に潜入してからまだ30分も経っていない。

 とっくに脱出しているということは、僕たちが攻め込んでくることを見越して、この王城を囮に逃げ出したということだ。



「そんなものが王であってたまるか――ッ!!」


 僕は思わず叫んでいた。

 

 王とはなんだ?

 国を守り、民を慈しみ、輝かしい未来へと導くのが王の役目ではないのか?


「……殿下、早く追わないと」


 シャルティの言葉で少しだけ冷静さを取り戻した僕は、イザリアに質問を重ねる。


「どこだ? ヴァルデマルはどこに逃げた?」


「知らないわ」


 そうだろう。そうだろうとも。

 ヴァルデマルはイザリアと仲が良かった。だが仲が良いことと信頼は別の話だ。


 ヴァルデマルが信頼している者などこの世の中にいるのだろうか……。


 いや、いたな。


義母ははは……、マーレはどこにいる?」

「さあ。ずっと見てないわ」

「ヴァルデマルと一緒か?」

「知らない。一緒かもしれないし、別々かもしれない」

 

 ダメだ。

 いかに【自白】のスキルといえど、知らないことを答えさせることは出来ない。


 可能性は色々とあるが、いたずらに選択肢を増やすのは得策ではない。

 もう時間が無い以上、ヴァルデマルとマーレは一緒に逃げていると決め打ちした方が良いだろう。


 このまま時間を取られていてはチートタイムも終わってしまう。

 ゲイン達が地下を制圧してくれていれば、王城は抑えられるかもしれないが、ヴァルデマルを取り逃がしては片手落ちだ。


 ヴァルデマルを追うしかない。

 だが、どこに向かう?


 追われている立場だったときは、王国軍の追手がいつ我が身に迫るかと不安に駆られていた。

 追う立場となった今は、足跡が分からないだけで打つ手が見えなくなっている。


(考えろ。……考えるんだ)


 ヴァルデマルとマーレが一緒に逃げているとしたら、どこへ逃げる?


 普通に考えれば伝手つてを頼って落ち延びる。

 だが、後見人であったザゴンネス将軍を失ったヴァルデマルに伝手などあるのか?


(まず考えられるのは有力貴族)


 いや、論外だ。

 自分達の利権にしか興味が無く、僕でさえ信用できない者達を、ヴァルデマルが頼るとは思えない。


(マーレの伝手は?)


 よくよく考えてみるとマーレの出自は聞いたことが無い。

 王の妃となるものは有力貴族の娘と結婚することが多い。


 王家は有力貴族の後ろ盾を得て世間を盤石にし、有力貴族は王家との繋がりを利用して権力を拡大する目的からだ。


 エヴァルトとイザリアの母であるルナリオは貴族の出身だった。

 と言っても、王位継承権1位を側室マーレの子であるヴァルデマルに持っていかれ、ルナリオはエヴァルトを生んだ後に亡くなってしまったため、期待していた権力の拡大とはならなかったようだ。


 ちなみに、エヴァルトが『無能な第二王子』となって以降はなんの音沙汰もない。


 すこし脇道に反れてしまった。

 マーレには特定の貴族との繋がりが見えない。

 そして側室として王家に入ったことを考えると……。


(平民、もしくは……流れ者)


 父王が見初めて、王家に輿入れさせたか。

 そうだとしたらお手上げだ。


「ダメだ……ヴァルデマルが逃げているルートが見えない。……イザリア、ヴァルデマルかマーレが頼りそうなヤツを知っているか?」


 もう一度、イザリアに【自白】のスキルで質問する。

 なんでもいいからヒントが欲しかった。


 しかし、イザリアから返事が返ってこない。


「……? イザリア?」


 イザリアの顔は床に伏したまま、舌を噛み切って死んでいた。

 これ以上、情報を漏らさないために自ら命を絶ったのだ。


「くっ! なんであんな奴のためにそこまで!!」


 ヴァルデマルはマーレだけを連れて逃げた。

 イザリアは見捨てられた。

 にも関わらず、彼女はヴァルデマルとマーレを庇って自死を選んだ。


「これはもう、洗脳だな」


 幼い頃に母を失ったイザリアにとって、マーレは実の母のような存在だった。

 マーレ、ヴァルデマル、イザリアの3人の仲睦まじい様子を、僕はいつも遠くから見ていた。


 幼い頃から刷り込まれた『愛情』による洗脳。



 ……洗脳。


 そうだ。

 大事なことを見落としていた。


 ヴァルデマルは、

 いつから純血派になった?

 どうして純血派になった?


 少なくとも父王であるランヴァルスは純血派ではなかった。

 僕が知っている限りでは、ザゴンネス将軍もそうだ。


 ヒュム優生思想くらいは持っていただろうが、どちらかと言えば穏健派だ。


 そんな中でヴァルデマルが純血派となったキッカケはどこにある?



 トリスワーズの次代の王を純血派にすることで最も得をする国。

 トリスワーズの為政者をヒュムにするために大戦にまで介入してきた国。

 

 ――ヴァルデマルの身柄を手に入れることで大義名分を手に入れる国。


 そうだ。

 全て『グランドダラム教国』が裏で糸を引いていたと考えると得心がいく。


 マーレもグランドダラム強国と繋がりがあったのだとすれば……。


「シャルティ、行こう。目的地は……シトロン山脈だ」

「……殿下、乗って」


 僕が声を掛けたときには、既にシャルティがレッドドラゴンに変化していた。

 ヴァルデマルとマーレがいつ頃この城を出たのか分からない。

 だがシトロン山脈に入ったのであれば、かなり足は鈍るはずだ。


 僕たちは城を飛び立ち、シトロン山脈の上空へと向かう。

※読まなくてもいいオマケです。


★次回予告★

 どうも、エヴァルトです。

 ヴァルデマルいないし! 逃げてるし!!

 飛んでいくから、覚悟しろよ!!

 次回、あにコロ『episode77 山越えて』

 ちょっとだけでも読んでみて!

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