episode72 潜入作戦
アヴェールの古城に戻った僕たちを待っていたのは、城を取り囲むおびただしい数の恐兵だった。
エルフの森まで恐兵が来た以上、覚悟はしていたものの……気持ち悪い数だった。
おそらくトリスワーズ中の恐兵がここに集まっている。
城に集まっていた人達のおかげで落城とまではいっていないが、防衛設備はボロボロになっていた。
「ワシの、ワシの城があああぁぁぁぁ」
惨状を目の当たりにしたモンセノーが悲鳴を上げている。
いや、あんたの城ではないけどな。
いつものように僕が眠らせて、シャルティ達が縛り上げていく。
いかんせん数が多いので、それだけで丸2日かかった。
だが、これでかなりの数の恐兵を無力化出来たはずだ。
とはいえ、王城で今も量産されているであろう状況を打破しない限り、被害は無くなることはない。
ユベルから聞いた神器の効果と条件は――。
神器の効果発動は8つの珠を持つ者達の総意によって発動する。
8つの珠を持つ者は8つの人種が揃っていなくてはならない。
神器である8つの珠を持つ者達はスキルを共有する。
神器である8つの珠を持つ者達は敵対的スキルの影響を受けない。
神器の効果は発動から1時間。
連続使用はできず、次に使えるようになるまで100年かかる。
つまり、時間制限付きのチートモードだ。
ただし、チャンスは1回限り。
この1時間の間にヴァルデマルを捕らえ、同時に恐兵が量産されていると思われる王城の地下を制圧しなくてはならない。
潜入メンバーは僕、シャルティ、ベントット、モーカレラ、ダイサツ(サラーマ)、モンセノー、ルチア、ゲイン、ユベルの9人。
マタリ長老やファニー女王には、古城の防衛をお願いしてある。
「さすがに9人も入ると狭いね」
すでに僕たち9人は街道のそばの小屋まで来ている。
僕とシャルティが、王都を脱出してすぐにクロ姉と会った、あの小屋だ。
「……なんだか、懐かしい」
ここで僕は一度エヴァルトの名を捨てた。
ベントットやモカと会った時にはジョーカーと名乗っていたことを思い出す。
「みんな。明日は王城だ。今日はゆっくり……するほどの広さはないけど、心の準備をしておいてほしい」
僕は8人の顔を見回した。
「……父さまの、仇を取る」
「ゴンゾーラ、ちょっと遅くなったが……オレ達が王家を潰してやるからな」
「モカはぁ、難しいことはわからないけどぉ、シャルのお手伝いをしたいなぁ」
「王家は我の敵ダ」 「ふん、心の準備なんか生まれた時からできてるよ」
「ワシのかわいい城を破壊した恨みを晴らしてやるのじゃ」
「全ての人たちが手を繋ぎ合える世界のために」
「最低な弟だったけどよ、俺に取っちゃたったひとりの可愛い弟だったんだぜ。地下で弟をいじってやがったローブの男、絶対に許さねぇ」
「エルフを代表して、私たちの祖先の想いを繋ぐために」
「我が兄、ヴァルデマルの暴虐を止めるために」
それぞれの想いを言葉にし、僕たちは決戦の日を迎える。
★
まだ陽も登らない早朝。
あたりには生温かい風が吹いている。
僕たちは農村のそばを抜けて王都の横にある森へと入る。
王都脱出のときに使った抜け道は、さすがに綺麗に潰され整地されていた。
「そりゃ、バカでもない限り気づくよね」
「……抜け道は、使い捨て」
僕もあの頃とは違う。
抜け道が無くとも王都に入り込むのに問題はない。
「お、あれじゃねぇか?」
ゲインが指差した方向には人工的な壁が見えた。
森は王都の西側に隣接している。
この壁は王都を囲む壁、ということだ。
王都は北門と南門しかないため、東西の警備は甘い。
そしてこの程度の壁なら
――無音
――穿孔
音で気づかれることのないよう、【無音】のスキルで音を遮断する。
さらに壁に掌で触れて【穿孔】のスキルを使うことで、壁にはまさに掌サイズの穴が空いた。
これを繰り返して大きめの円を描いていく。
最後に切り離した箇所を蹴り飛ばせば、王都の壁に新トンネルが開通だ。
僕たちは王都へと潜入した。【無音】のスキルは使っていない。
便利なスキルだが、こちらも音が聞こえなくなるデメリットは大きい。
王城までは約500メートル。
見張りの兵にだけ気をつければ、特に問題無く王城へ入ることができるだろう。
周囲を見回して警戒する。
早朝の王都はこれほどに静かなものだっただろうか。
だが、すぐにこの静けさの原因が「早朝だから」ではないことに気づいた。
全てでは無いが……、この辺りの家には人が生活している痕跡が無いのだ。
もっと正確を期すならば、長期間留守にしている家、といった雰囲気だ。
家の前にも、屋根にも、倉庫にも、いたるところに落ち葉がたまっていて、ろくに掃除がなされていないことが分かる。
これが1軒、2軒ということなら、掃除が苦手な家もあろう、と納得できなくもないが、区画にあるほとんどの家が同じ状態だった。
これが続くと廃墟になっていくのだろう、と肌で感じた。
「ここらの家の奴ら、ぜんぶ恐兵にされたってことかよ。あのクソ野郎が……ッ!」
ゲインが吐き捨てるように言った。
僕も同じ気持ちだ。
恐兵が兵士ではない、と気づいたときから、僕が出来る範囲で彼らを殺さないようにしてきた。
それも手が届く範囲だけの話。
僕がヒュムで、恐兵に襲われる心配がないから出来ることだ。
命懸けで恐兵と向き合っている仲間たちに同じことを強いることは出来ないし、エルフの森で炎に飛び込んだ恐兵がいたように、ほかの場所で殺された恐兵もいただろう。
そんな彼らは、元々この王都の住民だ。
「なんか、やるせねぇよな」
ベントットの呟きに、僕はただ頷くことしかできなかった。
僕がヴィスタネル王家の人間であり元第二王子であるという事実が、兄と王家が犯したこの大罪を背負う立場であることを突き付けてくる。
※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
人が居なくなった王都はとても静かで、とても寂しい。
だけど感傷に浸っているヒマはない。
次回、あにコロ『episode73 姉と弟と』
ちょっとだけでも読んでみて!




