episode69 王の遺志
「それでは、我々はここで」
ファニーの指示でトーベンが手配してくれた案内役のエルフ達は、そそくさと手書きの地図を手渡すと、颯爽と僕たちに背を向けた。
こんなところにいつまでもいれるか、早く家に帰らせろ! と口には出さないが態度にはしっかり出ている。
「ありゃ、マジでビビッてんな」
「間違いねぇや。さっさとこんなところから離れたいって顔してやがった」
ベントットとゲインが言う通り、エルフ達が我先にと走っていく背中はあっという間に小さくなっていった。
地図を見た感じ、ここから禁域までは、まだかなりの距離がある。
しかし、エルフの中では禁域に近づこうとするという行為そのものが、邪神の怒りに触れると考えられているようだ。
少なくとも僕からは、彼らが本心から『邪神のねぐら』を恐れているように見えた。
ウワサだとか、伝説だとか、そんな不確かな伝聞レベルの反応ではない。
この『邪神のねぐら』はもはや、エルフの森に住む人々が信仰しているひとつの宗教だ。
宗教とは人が生み出すもの。
やはり『邪神のねぐら』には人為的な人心誘導を感じる。
森の中はとても静かだった。
僕ら人の何倍も背が高い木がところ狭しと並んでいる。
その葉は、空を覆い尽くすかのように茂っていた。
風が吹くと木の葉が擦れ合い、ザァーっと音がした。
エルフ達が『邪神のねぐら』と呼び、恐れている場所は目の鼻の先だ。
「モカはぁ、この場所けっこう好きだなぁ」
「……うん、私も好き」
「まあ、悪くはないわね。でもヨンリンドマウンテンもいいトコロよ。モカもこんど遊びに来てよ」
「いいのぉ? ルチアのおうちぃ、楽しみだなぁ♪」
「……私も一緒に、行っていい?」
「あったりまえでしょ! あんたは私の従姉妹なんだから。変なこと言わないでよね」
女子3人は仲良しだなぁ。ルチアもいつの間にか溶け込んでいる。
やっぱり歳が近いのが良いのかなぁ。
男連中は歳の差があるから『友達』って感じじゃないんだよな。
まず僕が一番下でしょ。
一番歳が近いベントットでも5歳離れてる。
ゲインはさらに2歳上だし、会った時からお金の関係みたいなところがある。
モンセノーは正確な歳を知らないけど、おじいちゃんなのは間違いない。
……あれ? そういえばダイサツはいくつなんだ?
「ねえ、ダイサツって何歳なの?」
「ム? 我は16ダ」
「うおっ。まさかの同い年」
なんとなくのイメージだけど、もっと上だと思ってた。
「ってことは、サラーマも?」
「もちろん16だ」
じゃあ、シャルティ達ともほとんど一緒じゃん。
同世代女子4人組になるってことか。
「おい、アレ見ろよ」
ベントットが指差した先には、木陰に寄りかかって座る人の姿があった。
ただし、魂はすでにここになく、白骨化したその身体にはいくつもの矢が刺さっていた。
「これが邪神の呪いか」
「どう見ても人の手で殺されてるだろ」
この白骨化した死体が、いまだ形を保ってこの場に遺っていることから、ここ数十年のあいだに襲われ、息絶えたものと考えられる。
これはもう確定でいいだろう。
この『邪神のねぐら』は古の王によって人為的に呪われた禁足地とされ、300年経った今でも侵入者からこの場所を守っている。
骨になった彼が何を求めてこの場所を訪れたのかは分からない。
しかし、生前の彼が『邪神のねぐら』を心から恐れていなかったことは明白だ。
どのような集団にも、こういった存在は必ずいる。
この300年間の間にも、そういった跳ねっ返りが『邪神のねぐら』を訪れることは度々あったと考えられる。
それは度胸試しだったかもしれないし、邪神に会おうとしたのかもしれない。
なにか宝が眠っていると考えた者がいたとすれば、『邪神のねぐら』の真実を解き明かすまで、あと一歩だった。
そんな彼ら――侵入者がこの『邪神のねぐら』で消息を絶てば、エルフの人々は再び思い出すことになる。この場所に踏み入ってはならないという恐怖を。
――ストンッ
不意に、足元の地面に矢が刺さった。
「止まれ」
そう言って木陰から現れたのは小柄なエルフだった。
「この森に来てから、こんなんばっかだ」
「今回は威嚇で済んでるぶん、かなりマシだけどな」
「……スキルも、使わないでくれてる」
「出てくるのを待っとったしのぉ」
「モカはぁ、分かっててもぉ、襲われるの怖いよぉ」
矢を射かけられて、けん制されているにも関わらず、ビビることもなく談笑している僕たちを見て、目の前のエルフはちょっと引いていた。
「なんなんだ……。森の外の奴らってのは、こんなに緊張感が無いものなのか?」
おっと、いけない。
300年の時を経て、僕たちを迎えてくれた王の遣いに向かって、敬意が足りなかったな。
まずは片膝をついて拝謁の姿勢を取り、仰々しく口上を述べる。
「申し遅れました。僕の名前はエヴァルト。このトリスワーズを襲う未曽有の危機を打破するため、あなた方にお守り頂いている神器を借り受けに参りました」
「…………」
あれ? 反応が無い。
ここで空振りはマジでやってないからな。
僕はエルフの様子を見ようと、チラリと目を開けて相手の顔を伺った。
小柄なエルフの目から大粒の涙がボロボロとこぼれだしていた。
え? なんで泣くの?
僕、なんか泣かせるようなこと言っちゃった?
「……そうか。ようやく我々は解放されるのだな」
エルフは涙を腕で拭うと、一度姿勢をただした。
そのまま胸に手を当てて、少しだけ首を垂らす。
「エヴァルト殿。お待ちしておりました。神器の元へご案内致します」
※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
ついに僕たちは神器と対面する
これがトリスワーズを救う切り札となるのか
次回、あにコロ『episode70 守り人よ』
ちょっとだけでも読んでみて!




