episode68 フル回転
「ほほぉ、神器ときたか……。なるほどのぉ。…………で、神器とはなんじゃ?」
ファニーはニコニコしながら魚料理を頬張り、僕の答えを待っている。
「あー、うん。なるほど。神器をご存じない。では、エルフ以外の人種が全て揃っていたら歓待するという言い伝えはどうしてか、とか何か聞いていませんか?」
なにか少しでも伝わっていないか、と一縷の望みを託して聞いてみた。
口いっぱいに入れた魚肉を、ゴクリと音を立てて飲み込んだファニーは事も無げに言った。
「それはもちろん、みんな仲良しになれるようにじゃ。全ての人種が揃って美味しいものを食べれば、きっと世界は平和になるのじゃ」
ファニーは満面の笑み。
僕もつられて愛想笑い。
まず状況を整理してみよう。
言い伝えは神器を守る目的であることは明白だ。
それは『外敵の排除』『神器の使用条件を満たす存在への特例』が示している。
この中で神器の存在だけは伝わっていない理由はとはなにか。
もちろん、神器を狙う者が出てくるから、だろう。
そうなると別の形で王家によって守られている可能性がある。
ここは聞き方を変えて聞いてみるしかない。
「殿下が先祖代々受け継いでいるものとか、ご両親から預かったものとかありますか?」
「あるぞ! この指輪じゃ!!」
ファニーの胸でキラリと光る指輪。
もしかしてこれこそが神器では?
「妾の曽祖父さまが手ずから作ったものと聞いておる」
曽祖父ということは、多少長生きだったとしても100年ちょっと前だ。それに、本人が作ったというのが事実ならそもそも神器ではないことになる。
代々受け継いできた神器が指輪だったとしたら、曽祖父の代で急に自分が作ったと言いだしたりするものだろうか。
「素敵な指輪ですね。陛下にもよくお似合いです」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
僕は笑顔を貼り付けて、指輪を褒めつつ頭の中はフル回転させていた。
発想を転換してみよう。
神器を狙う者って誰のことだ?
外敵は森に侵入した時点で排除することになっている。
ということは、同族であるエルフから守る必要があるということ。
どれだけ厳重に守ったとしても、100%安全と言うことは無い。
警戒しなくてはならないのはならず者だけではないからだ。
王家に仕える者も、王家の人間も、誰が下心を抱くか分からない。
ならば、どうする?
そうだ。誰にも狙われないようにすればいいのだ。
「ときに陛下。このエルフの森には近寄ってはならない場所などがあるのではありませんか? たとえば入ったら呪われる場所とか、近づいたら不幸になる場所とか」
「おおお! よく知っておるな。誰かに聞いたのか?」
「ええ。実は僕、この手の話に目がありませんでして」
「ほほぉ。しかし、本当に危険な場所じゃからな。なにしろ、300年ほど前の王……いや、400年ほど前じゃったか? じゃから妾の曽曽曽曽曽曽祖父さま……いや、曽曽曽曽曽曽曽曽祖父じゃったかの。まあそれくらい前の王が本当に呪われておるのだ」
「なんと!? それは興味深いです。もう少し詳しく聞かせて頂いても?」
「もちろんじゃとも!!」
僕はこれだ、と確信した。
時期もモンセノーが語ってくれた話と大体合っている。
ファニーの話によると――
エルフの森の奥深くに『邪神のねぐら』と呼ばれている洞窟がある。
むかし、むかし、とある時代に「そこに近づいた者は誰であろうと邪神に消される」という噂が立ったことから、そう呼ばれるようになった。
そのような危険な場所があっては民が安心できない、と当代の王が立ち上がり『邪神のねぐら』を調査する部隊が結成された――だが、その王を含む調査部隊全員が姿を消したのだそうだ。
もちろん王が姿を消したのだからすぐに捜索部隊が派遣された。
しかし、その捜索部隊が再び姿を消す。
さらに、その捜索部隊が派遣されて姿を消す。
これが三度繰り返されたのちに、王家は『邪神のねぐら』を禁域とした。
――と、いうことらしい。
「王とその捜索部隊は、神器を禁域に秘匿するための礎になった」
ファニーの話は、僕にはそんなふうに聞こえた。
全ては僕の思い込みで、本当に禁域で人が消えているのかもしれない。
そこに神器は無いのかもしれない。
だが、もはやそんなことは言っていられない。
神器が存在する可能性が少しでもある限り。
「陛下。今夜の宴の御礼というわけではありませんが、僕たちに『邪神のねぐら』の捜索をさせて頂けませんか?」
「なんじゃと? エヴァルトよ、お前は妾の話を聞いておったのか? あの場所は禁域じゃぞ」
ファニーが渋い顔をしているところに、後ろから精悍な顔つきのエルフが現れた。
「良いではありませぬか。彼らはエルフが長年待ち望んだ外からの賓客。望みは可能な限り叶えて差し上げた方がよろしいかと」
「トーベンか。うむ、お主がそう言うならば――分かった。エヴァルトよ、お前たちに『邪神のねぐら』への立ち入りを許可しよう」
ファニーがそう言うと、トーベンは満足そうにその場を去っていった。
「あれなるトーベンは父の弟、つまり妾の叔父じゃ。妾が一人前になるまで後見人として支えてくれておる」
「後見人……ですか」
僕はふと、グロン将軍のことを思い出した。
「うむ。顔はちょっと恐いが、心根は優しい男じゃぞ」
「ええ。きっとそうなのでしょうね」
※読まなくてもいいオマケです。
★次回予告★
どうも、エヴァルトです。
僕たちは死神のねぐらに向かった
そこで古き王の強い遺志を知ることになる
次回、あにコロ『episode69 王の遺志』
ちょっとだけでも読んでみて!




