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episode64 蠢く恐怖

(三人称視点)


 アヴェールの古城防衛戦から1週間が経った。

 オルガのダイサツは古城から少し離れた山にある温泉に入っていた。


「ふぅ~~~。やはり温泉は良いナ」


 防衛線では火計で混乱した王国軍に対して、コボルと共に奇襲をかけた。

 相手に戦意が無かったこともさることながら、ダイサツのスキル【硬質化】によって傷ひとつついていない。


「フフフフフフ。やはりヒュムなど相手にならナイ」


 温泉の中で、ダイサツは満足そうに笑う。


 オルガの文化では強いものが偉い。強いものが正しい。

 身体に恵まれ、スキルも身体を戦闘向きに変化させるものが多いオルガにとって、ヒュムに負けることなどあってはならない――と言われてダイサツは育てられてきた。


 スキルをいくつも持っているとはいえ、ヒュムであるエヴァルトに打ち負かされたことで地味に傷ついていたプライドが、今回の戦争で大いに癒された。


 やっと身体が温まってきたか、というところで、いつものうるさい声が頭に響いた。


(いつまで入ってんだ!? 次はあたいの番だよ!)


 サラーマの声だ。


 ダイサツとサラーマは2人で1人。

 二重人格とは違い、入れ替わるときは身体まで変わる特異体質だ。


「待ってくれヨ。まだ入ったばかりダ」


(うるさい!)


 抵抗の意志を見せるダイサツだったが、残念ながら2人の力関係はサラーマの方が圧倒的に強い。

 山奥の温泉まで歩いてきたのは自分なのに……と理不尽さに歯噛みしながら、ダイサツの意識が少しずつ遠のいていく。


「はあぁぁぁ。本当にいい湯だ」


 サラーマが温泉を堪能していると、少し離れたところから悲鳴のようなものが聞こえた。


「人が良い気持ちで温泉につかってるっていうのに、無粋なやつがいるみたいだね」


 まだ温泉に入っていたいという気持ちもありつつ、落ち着かない状況でいるのはサラーマの性に合わず、悲鳴のした場所へ向かった。


 そこはリザドの小さな集落だった。

 集落で広げられている光景に、サラーマは自分の目を疑うことになる。


 武装らしい武装をしていない大勢のヒュムが、寄ってたかって無抵抗のリザドを襲っていた。


 金品を狙った野盗ではない。

 行われていたのは、ただ命を奪うことだけを目的とした虐殺。

 だが、襲っているヒュムの顔には感情が見られなかった。

 このような表情で他人の命を奪う人をサラーマは見たことが無い。 


 サラーマはスキル【透明化】で姿を消すと、ひとりのヒュムを背後から襲い持っていたクワを奪い取った。


 奪われた方には何が起こったか分からないはずだ。

 更にはクワが宙に浮いている状況。


 これまでサラーマが相手にしてきたヒュムは、この時点で幽霊だのお化けだのと騒いで逃げていったのだが、今回は勝手が違った。


 ヒュムは武器を奪われたことを意にも介さず、宙に浮いているクワも目に入らないかのように、再びリザドに襲い掛かったのだ。

 

 そのとき、サラーマは再び信じられない光景を目にすることになる。

 武器を奪われたヒュムは右腕をリザドの方へ突き出すと、掌から電撃を放った。


 炎や氷、電撃といったスキルは属性型と呼ばれ、主にエルフが使うスキルだ。

 ヒュムとエルフの違いは耳を見れば一目瞭然であり、見間違うとは考えられない。


 電撃に打たれたリザドは身体を痙攣させて地面に崩れ落ちた。

 

 倒れたリザドに馬乗りになり、執拗に殴り続けるヒュムを見て、サラーマは背筋が凍った。


(なんだ、なんなんだよ。コイツラは)


 恐怖。それは、サラーマが久しく感じたことのない感情だった。

 どんなに強い敵と戦ったときも、初めて戦争を経験したときも、ただワクワクしていた。

 エヴァルトと戦って負けたときも、悔しいとは感じたが怖いと感じたことは無かった。


 小一時間で、ヒュムの集団はリザドの集落を廃墟に変えた。

 サラーマは何も出来なかった。

 数人のヒュムを無力化したところで、焼け石に水だった。


 サラーマは奥歯を噛み締め、その場を後にした。

 まずは城に戻って、この事実を仲間に伝えなくてはならない。


 王国軍など比べ物にならない驚異が現れた事実を。


 

      ★


(エヴァルト視点)


 火計で損傷した防衛設備の復旧にも終わりが見え始めた頃、アヴェールの古城の人口は大きく増え始めた。

 これまで各地の村で生活していた人達が、どんどん城へ移住し始めたのだ。


「うーむ。このままだと居住区が足りなくなるぞ」


 この城の改修計画を一手に担うモンセノーが渋い顔をしている。

 多くの人を受け入れられるように、継続的に居住区の拡張は行っているものの、山を切り拓いているためどうしても時間が掛かってしまうからだ。


「原因はやっぱり――」

「……例の、恐兵きょうへいね」


 僕はシャルティと目を合わせて頷いた。

 突如、トリスワーズ全土に出現した感情を失った兵士。

 いや、それを兵士と呼んでいいのかどうかも分からない。


 恐兵は統率されていない。

 恐兵は武装していない。

 恐兵に作戦は無い。

 恐兵はただ人に襲い掛かる。


 彼らは兵と呼ぶにはあまりにもお粗末だった。

 しかし、大人数で群がるように襲い掛かってくる死を恐れない集団は、瞬く間に恐怖の対象となった。

 僕たちはそれらの集団を便宜上『恐兵』と名付けた。


 ダイサツとサラーマが目撃したあとも、さらにいくつかの村が恐兵によって滅ぼされたという情報が入ってきている。

 今、この城に流れ着いている人達の多くは、恐兵に村を滅ぼされた難民達だ。


 恐兵の数はどんどん増えている。

 確認されているだけでも1万人近くはいそうだ。

 もう王国軍の兵数もゆうに超えている。


 恐兵がこの城を取り囲むのも時間の問題だろう。


「チッ。ヴァルデマルのクソ野郎が」


 話を聞いたゲインが忌々しげに舌打ちをした。

 ゲインの弟は、この恐兵を作りだした実験の犠牲となった。

 いや、もしかしたら恐兵の中にゲインの弟もいるのかもしれない。


 僕たちには、これに対抗する手段がひとつだけある――と、マタリ長老とモンセノーが教えてくれた。

 本当かどうかは分からない。300年以上前からドワフに伝わる口伝。

 それでも僕たちは、そのおとぎ話のような伝説にすがるしかなかった。

 

―――――――――――――――――――――――

※読まなくてもいいオマケです。


★次回予告★

 どうも、エヴァルトです。

 最終章に入って早々にクライマックス状態だよ。

 最終回に向かって駆け抜けるよ。

 次回、あにコロ『episode65 救国伝説』

 ちょっとだけでも読んでみて!

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